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2017年8月27日 (日)

資本論を学びつつ感じたこと

 ここ数年、「資本論を読む会」という資本論学習会に参加しているが、いま第2巻の後半部分、有名な再生産表式の論述のある第3編「社会的総資本の再生産と流通」に入ったところである。資本論第2巻以降はマルクスが亡くなってしまったのでその遺稿をエンゲルスが託されて完成させたものである(そのために最近マルクスの残した遺稿が明らかになるにつれエンゲルスのそのまとめ方に疑問を生じる事態も起きている)。

  第1巻「資本の生産過程」でももちろんそうであるが、まず驚くのはマルクスの膨大な量の先行研究調査である。ロンドンの大英博物館図書館に通っていたマルクスはそこにあるあらゆる経済学関係の文献に目を通していたと思われる。
 経済学・哲学草稿で述べられた彼の思想の輪郭はその後、「哲学」という外観を払拭して「経済学批判」に向かった。この段階でおそらくマルクスは当時もっとも権威をもっていたヘーゲルの哲学の背景を成す弁証法的論理学を批判的に摂取し、それを「頭で立っていたものから足で立つものへ」と止揚していった。人間がどのような思想で歴史を解釈してきたかではなく、どのような生き方をしてきたか(誰が何をどう生み出しそれを誰がどう消費してきたか)をを知ることからその上に築かれた理論や思想をとらえようとするようになったといえるのではないだろうか?
 そこで彼自身のものとなった弁証法的論理が彼の思考方法から研究方法まで徹底的に再構成させることになったと思われる。いわゆる下向・上向という構造をもった眼前の客観的事実から出発してその背後にある論理の構成に向かう抽象の方法が、資本論の背景にある。
 マルクスはこの眼前にあるまぎれもない客観的事実から出発する分析を徹底的にやったのである。これが「足で立つ弁証法的態度」なのだと思う。それまでに自分が摂取した理論や思想を底辺に持ちながら、あくまで徹底的に眼前の客観的事実を知ることによってその理論や思想を検証しつつ批判的に発展させる、そしてさらにその批判的に発展させた理論で客観的現実を再び観察し分析するという繰り返しである。
 上流階級の出身でありながらこうした彼の生き方ゆえに、妻とも別離し、イギリスで亡命者として困窮生活に追いやられ、エンゲルスの支援を受けながらも無理が重なって病気と戦いながらこの資本論の第1巻を完成させただけで逝ってしまったマルクスの思いを察するにあまりある。研究者のはしくれとして我が身を省みると、そのいい加減な生き方ゆえに穴があったら入り込みたい気持ちになる。
 そこで自らに言い聞かせることとして、資本論を学ぶときは、マルクスの意図を自分なりにキチンと受け止め、それをあったがままの姿で理解することがまず絶対に必要であること。決して自分の思い込みや勝手な解釈あるいは勝手な政治的意図などで「理解」してはならないということ。少なくとも未完成のままである資本論がもしマルクスなりに完成したと思われるようになったとしたらどのような内容になっていたのかを考えることが必要であろう(宇野弘蔵は勇敢にもそれを「原理論」として完成させようと試みたがそれが成功したか失敗したかはやがて歴史が証明するだろう)。
 そして資本論はこうしたマルクスの生涯を掛けた研究者としての誠実な努力の結晶であると同時に、その誠実な努力を維持させ支えて続けていたのが彼の現実社会への強烈な批判と、それを新たな社会への変革の力にしようとする意志の強さだったことを忘れてはならないこと。つまりなによりもマルクスの理論的研究成果である資本論をわれわれなりにキチンと受け止めて、それを未だに外見的には「繁栄」を維持しつつ崩壊しきれずに内部から腐臭を発散している資本主義社会の現状をどのようにとらえ分析し、次世代社会構築に向けた変革への力にし得るのかが問われているのだと思う。
 というわけで、自分が置かれている現状(もう老い先が短い年金生活者)を客観的に受け止め、そこからいったい何が出来るのかを考えねばならない(決して「置かれた場所で咲きなさい」などとはいうまい)と思う今日この頃である。

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