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2017年10月 8日 (日)

社会主義理論学会第75回研究会「ロシア革命100年」に参加して

(修正版)

本日(8日)慶応大学三田キャンパスで開催された表記学会の研究会を聞きに行ってきた。最初の講師は、ジョレス/ロイ・メドベージェフ著「ロシア革命一世紀を生きぬく視覚」の訳者である佐々木洋氏で「ウラジミール・レーニンからウラジミール・プーチンまでー異論派R&Zh・メドベージェフ兄弟のロシア革命百年観ー」という演題、2番目は最近、佐藤優との対談で有名らしい山崎耕一郎氏の「ソ連崩壊をどう総括するか」であった。

 参加者は59人だったそうで、主催者は「新記録」といっていた。この学会について私は詳細を知らないが、社会主義協会派の人たちが中心かと推測しそう書いたが、これは私の勘違いであった様だ。この学会は特定の派閥に属するものではなく、広く一般の人たちに門戸が開かれた学会だそうである。このブログを読んだ学会メンバーの一人から注意を受けたのでここに訂正しておく。
 佐々木氏の話はソ連内部でスターリンを批判しようとしたメドベージェフ兄弟についての話と、かつてはスターリン崇拝者だったがその後ユーゴ共産党の「反スターリン派」指導部になったミロヴァン・ジラス(この人物はいまのユーロ・コミュニズムの源流の一つらしい)などの話が中心で、要するにレーニンの10月革命が当時置かれていた状況とそれによるロシア革命の勝利がもたらした内部矛盾、そしてその後のスターリンの独裁体制の成立と内実などについてのドキュメント風の話だった。私にはあまりなじみのない人物の話が出てきたり、あの数学者B.ラッセルが革命直後のソ連に行ってレーニンらと直接話をしてきたという話などはおもしろかった。
  要は、ロシア革命の姿を「社会主義の実現」というステレオタイプ的視点ではなく、当時のありのままの形でリアルに描き出そうというものであったが、問題はそのロシア革命がなぜスターリン主義へと変質し、戦後の資本主義社会に対抗できなくなり、崩壊したのかという本質的な問題にはほとんど触れられていなかったことだ。
 そこで次の山崎氏による「ロシア革命の崩壊をどう総括するか」に期待をかけた。ところが、その内容はまったくもって期待外れであって、無内容なものであった。山崎氏によればマルクスの理論には「計画経済」という概念はなかったが、革命直後経済政策をどうすれば分からない状況で「5カ年計画」などでいろいろな実験をやってときに成功した時期もあったが結局失敗し、「停滞の時代」を経て行き詰まり崩壊した、と指摘し、その中で、「停滞の時代」の総括が必要だとした。しかし、その「総括」の内容は、重工業などは計画的経済ではうまくいったが、生活消費財の「できばえ」がまずく、西側のそれに完全に負けていた、そして労働者の創意工夫をくみ上げることができる指導部がいなかったことが「負けた」原因だとしている。
 しかし、第2次大戦前後の時期、「社会主義経済」の前に崩壊寸前だった資本主義が、「ケインズ型資本主義」を取り入れ、戦後いわば「資本主義的計画経済」に転向しその中で中央銀行からの貨幣発行量や市中銀行金利をコントロールすることでいわゆる「クリーピング・インフレ」政策を取ることで労働賃金を徐々に高め、労働者の生活消費財の生産と消費の回転を速めることで過剰資本を処理しつつ、労働者の階級意識を鈍らせて行くことに成功したという事実が触れられなかった。 このことが結局スターリン型「社会主義経済」を追い詰めていったのであり、ソ連崩壊にまでつながったということはきわめて重要な事実である。
  そしてその後、この「ケインズ型」も行き詰まり、「新自由主義」が登場するがそれがソ連崩壊とともに「グローバル資本」として世界経済を支配する形となり、その矛盾が移民問題や自国第一主義の台頭などという形でいまや爆発寸前に達しているにも拘わらずスターリン批判から社民主義へと「リベラル化」したユーロ・コミュニズムの流れはそれに対して何ら有効な手を打ち出せないでいる、という事実、この認識とそれへの深い分析がなければ、資本主義崩壊後の社会主義経済の創出再生などあり得ないとさえいえるだろう。
 こうした重要な問題に全く触れず、山崎氏は何と「スターリンはいまでもロシアでもっとも人気がある人物で、実は少数民族問題などでは優れた宥和政策を取り、以外とやさしい面もあった」などと言い出すに及んで、私は唖然として開いた口がふさがらなかった。しかも「資本論を読まなくても革命はできる、レーニンもスターリンもおそらく資本論をちゃんとは読んでなかった」と言い切った。レーニンやトロツキーがその革命論や帝国主義論などの中で行っている喫緊の問題への取り組みが何であり、その中で彼らが何に苦しみ、何が解決されずに残された問題であったのか、などもっとも重要な問題に何一つ触れずに「総括」などとよくも大見得を切って言えたものだ!
 いったい山崎氏は「社会主義理論」というものをどう考えているのだろう?当然そんな講演者に対してスターリンの民族問題での非情な政策の事実の指摘など反論も出たが、一部を除いて多くが感情的な「反論」であって的外れで冷静さを欠いていた。中に、ある女性が、「資本論はよく分からないけど、社会主義にもいいところがあるし、資本主義にもいいところがあるのだから、両方の良いところを持ってくればいいんじゃないですか?」となどと言っていた。
 私は帰り道、なんとも悲しい気持ちになった。
 なお、いうまでもなく、佐々木氏と山崎氏の発表は「学会」としての公式見解ではなく、あくまで個人としての主張であったことも付記しておく

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