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2017年10月10日 (火)

マルクス経済学はノーベル経済学賞の対象から外されている

 毎年ノーベル賞の時期になると日本人が受賞するのではないかと期待が高まり、マスコミはそれに身構えている。今年は文学賞に日系イギリス人のカズオ・イシグロ氏が受賞したために、「日系」というだけで大々的に取り上げられた。いつも下馬評に上がる村上春樹氏は今年もダメだったので、出版社は大きく計画がずっこけて、慌てて村上氏の本を引っ込めてイシグロ氏の本を大増刷し始めた。出版業界とはこういうものなのだ。

 ところで、経済学賞にはアメリカの経済学者リチャード・セイラー氏が受賞した。心理学を応用した「行動経済学」という分野を築いた功績だそうだ。彼は受賞の記者会見で「「研究でもっとも重要なのは経済の主体は人間で、経済モデルはそれを組み込まねばならないという認識だ」と述べている。つまり、これまでの経済学は人間を主体として考えていなかったということである。そう、それが資本主義経済の本質だからである。
  資本主義経済学は、人間の存在や人間の社会的労働の意義を、資本の増殖や蓄積を基調とした「経済成長」の手段として位置づけそれを「社会全体の成長」と同意義に捉えているために、その理論がいくら人道的、自由主義的思想という外被をかぶっていても本質的に人間主体ではないのである。そして心理学的手法で経済学に貢献するということは、経済的効果におよぼす人間の心理を読み解き、それを経済モデル構築のために役立つ形で利用しようということであろう。
 実はマルクス経済学はこうした資本主義的経済学とは本質的に異なる立場であって、人間が人間本来の生き方や社会的役割を自らの主体的意志決定によって決めて行ける社会を生み出すために、経済学的理論をその手段として用いているのであって、それは深い哲学的人間観に基づいており、資本という存在が人間の労働が生み出した富を基体としながら人間のあり方や社会的役割までをも支配する存在となっている資本主義社会の仕組みを徹底的に批判したのである。
 そしていまのノーベル賞という「権威」を与える立場にある審査委員会は、こうしたマルクス経済学を「非科学的なイデオロギーに基づく偏った理論」あるいは「すでに死んでしまった過去の遺物」としか考えていないために最初からマルクス経済学者を受賞の対象から外しているのである。
 一方で、物理学や生物、医学、化学などの分野は、まさに唯物論の世界そのものであって、疑う余地もない自然界の法則性はまさにマルクスの思想とまったく同じ基礎の上に立っているといえる。これを「偏ったイデオロギー」などという人はおそらくいないだろう。マルクスは実はこれと同じ土壌の上に、経済学の理論を打ち立てようとしたのである。
 残念ながらいまではマルクスの理論は世の中の片隅でしか生きられないが、やがて必ずこの理論が再び世界を、そして歴史を動かす時が来るに違いないと思う。
 しかしそのためには、資本主義の現状分析だけではなく、いま「社会主義」といわれている旧ソ連や、今の中国、そして北朝鮮などの国々で行われている政治や経済政策などがいかに本来のマルクスがめざした世界と異なるあるいはその正反対の形になってしまっているのかを徹底的に暴き出し、批判を加えて行ける立場を持てなければならないだろう。そういう視点こそ「社会主義理論研究」といえるのではないだろうか?

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