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2017年3月19日 - 2017年3月25日

2017年3月21日 (火)

グローバル資本の矛盾(自由貿易市場において分断される労働者階級)

 20世紀末には、世界を支配するグローバル資本体制に反発する独裁国家や過激な宗教集団による挑発が相次ぎ、それに対抗するためにアメリカが中心となって引き起こしたイラク・アフガン戦争という形で噴出した。これは国際的なテロや民族的対立を巻き込みながら、今日の中東の混乱につながり、それに加担する勢力や国々との間で複雑化した対立構造を生み出しその犠牲者はすでに数十万にも達していると言われている。これは一方ではアメリカを中心とした陣営にとって「社会主義」という宿敵を失ったという意味で「錦の御旗なき戦争」であり、同時に他方でグローバル資本市場の支配にむりやり引きずり込まれた非アメリカ的文化圏に生活する人々によるその支配への抵抗でもあったと考えられる。

 アメリカの若者たちもこれらの戦争の「正当性」に疑問を持ち、やがてそれを推進したブッシュ大統領は政権の座を追い落とされた。そして時を同じくしてアメリカ型資本主義経済は「消費者金融」の破綻から始まった「リーマンショック」という形でその矛盾を爆発させて行き詰まってしまった。その後に登場したオバマ政権は「自由貿易」を推進させグローバル市場でのアメリカの優位を保つことで経済の立て直しを行い、同時に国家予算にとって大きな負担となっていた東西冷戦で肥大化した軍備の縮小を進めた。そして格差が広がる社会での貧困層の不満解消ため「オバマケア」などの救済策を取り入れようとした。しかしそれはやはりアメリカ型資本主義路線の延長上にあったため、グローバル資本特有の矛盾から逃れられなかった。

  アメリカとEUそして日本などの資本主義諸国ではこれまでそれぞれの国内で国家的に重視される産業がグローバル資本の競争に晒されることで成り立たなくなることを恐れ、特定の分野に関税障壁を設けてきたが、ここに来て文字通り資本の回転と流通を遮る国境は取り払われ「自由貿易」が目指されようになった。しかし、それら自由貿易を主張するグローバル資本が支配する各国の労働者階級側には賃金格差を利用するために事実上国境の壁を高くする必要があるという矛盾が顕在化した。一方で「国境を越えた自由で平等な商品取引」を主張しながら他方で自国の労働者階級にはナショナリズムを注入することで「国民的結束」を促し、国境を越えたインターナショナルな階級的連帯を阻止しようとする。これがグローバル資本の本質的矛盾であり特徴である。

  そのことはEUではシリア内戦から逃れヨーロッパに移住しようとする難民問題に顕著に顕れた。EU域内でさえ、それを構成する国々の間で労働賃金の差があり、一方では労働賃金の安い国から高い国への労働者の移住が進み、他方ではまた西欧の有名ブランド商品の生産拠点が労働賃金の安い東欧の国へと移されていった。実際は賃金の安いブルガリアで作られていてもフランスの有名ブランドならば市場では実際の価値より遙かに高価に売れる。これが「ブランド価値」という名の「付加価値」である。
 そこにシリアや中東からの難民がどっとEUに押し寄せることでEU域内では難民を阻止するため壁が作られる国々と、それに反対して人手不足を補うために賃金が安くても働く難民を新たな労働力として受け入れようとする国々が対立するようになった。
 アメリカでは、メキシコをはじめとして中南米諸国からやってくるヒスパニック系移民とアフリカ系黒人たちが社会の底辺でのきつい労働を低い賃金で働く労働者として必須の存在になっている。その一方で自動車産業やコンピュータ産業などではグローバル市場での競争力をつけるために労働賃金の低いメキシコや中国が生産拠点となりそれらの国で低賃金の労働者によって製品が製造される。そのためアメリカ国内では高賃金で単純労働に従事していた白人労働者たちは職を失っていった。彼らは「アメリカ人」としてのプライドも傷つけられたのである。
 移民を受け入れるか拒否するかは決して「寛容と非寛容」の問題などではなく、純粋にグローバル資本主義経済の論理の問題なのである。
  一方日本の場合はこれとは違って、主として国内での長時間労働の常態化と非正規雇用による低賃金労働が日本におけるグローバル資本の世界市場での競争力を支えている。
 そして「アメリカ・ファースト」を叫ぶトランプの登場である。トランプは軍事的にも経済的にも行き詰まりを見せていた「リベラル」派オバマ政権に取って代わって排外主義的主張によって大統領になった。
 トランプはアメリカが「世界の警察官」であることをやめると言いつつ巨額の軍事予算増強を図る。またメキシコとの国境に壁を築き、不法移民の流入を防いで国内の雇用を増やし経済を活性化させると言いながら、グローバル資本の論理に反するような保護貿易主義を採り、かえってグローバル市場でのアメリカを不利な立場に追い込みつつある。
 しかしアメリカの労働者階級の多くの部分はトランプを支持し、彼が労働者の味方であると信じ込んでいる。
 トランプは、ある意味でヒトラーと同様、労働者階級にナショナリズムを吹き込むことで資本主義経済の矛盾を覆い隠し排外主義的な方向に目を向けさせ、強大な軍事力を背景にグローバル市場に圧力をかけようとしているかのようだ。それはグローバル資本主義のもう一つの顔である。そこには相変わらず労働者たちを深く考えさせない仕組みが働いており、そのために利用されきたマスコミを逆に敵に回すかのような振りを見せつつ、巧みにそれを操作しようとしているようだ。
 ヨーロッパでもドイツなどEU主導グループに代表される「リベラル派」的政策への反抗として急成長した「ポピュリズム」グループが注目されている。オランダ国会議員選挙で主導権を握るかもしれないと言われていた排外的「極右派」ウイルダース党首率いる自由党が主導権は取れなかったものの第2党に進出した。次はフランスの大統領選が焦点である。一方BREXITを選択したイギリスではスコットランドが独立への国民投票を再度強行すると言いだしメイ首相と対立している。
 トランプの政策は今のままでは成功しそうにないし、EUから離脱したイギリスもこの先多難だろう。問題はそれら欧米資本主義社会の「ポピュリズム」が頓挫した後である。既成「リベラル派」が政権を奪還してもそれは決して長続きしないだろう。なぜならそれは同じ穴のムジナなのだから。そこに軍事力の増強をバックに世界市場の支配を目指す中国やロシアが噛んでくることで、世界はますます危機的な状況になりかねない。
 アメリカでもヨーロッパでもそして日本でも労働者階級はいまや袋小路にはまって崩壊寸前になっているグローバル資本主義の元で、いまだに繰り返されるポピュリズム的ナショナリズムとその反面であるリベラリズムへの回帰という振り子の様な運動から抜け出すことができず、本来必要なインターナショナルな階級的連帯からはほど遠い状態にある。このままでは歴史は前に進まない。
 

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グローバル資本形成の過程(その2:大量消費社会という麻薬の形成)

 こうして資本主義経済体制でのグローバルな市場競争とその対立の物質的根拠である国家という資本の利害を護る壁を挟んでの労働者階級階級・農民の戦場への総動員という矛盾が20世紀前半の世界を特徴づけていたといえるだろう。

 一方、それまでヨーロッパとは一線を画して急速に発展してきたにも関わらず、1930年代には過剰資本がもたらす経済恐慌によって危機に陥ったアメリカ資本主義が、経済政策の抜本的修正を打ち出すことによって息を吹き返し、土木インフラ産業や軍需産業などを通じて行う過剰資本の処理方法を確立させていった。そのため第2次大戦ではこのアメリカ資本の生み出す巨大な物量の軍事力によって「自由主義」陣営が援けられ、戦争を勝利に導いた。それは核兵器による人体実験ともいえる広島・長崎の惨劇を経て、3つの陣営で数千万の犠牲者を生んで終わった。

 そして戦後はソ連型「社会主義圏」と、アメリカ型資本主義を中心とした「自由主義」陣営の対立する東西冷戦時代がやってきた。それはつねに核戦争の危機をはらみながら、その一方でそれを可能にした軍事技術の応用が生み出した「もう一つの果実」である高度な技術による耐久消費財などの民生機器商品を中心とした大量消費社会という新たな過剰資本処理システムによって資本主義陣営を再び活性化していった。このシステムは国家が国内総資本の立場で中央銀行での貨幣発行量や公定歩合のコントロールなどを通じて、資本蓄積が維持される範囲内で労働賃金を少しずつ高騰させていくことにより労働者に商品購買力をつけさせると同時に貨幣価値を少しずつ低下せせていくインフレ政策によって間接的に労働賃金と資本蓄積のバランスをとるタイプのアメリカ型国家主導型資本主義経済として定着していった。

 一方ソ連圏では、アメリカと対抗するために核を中心とした軍事力の開発が国家の大目標となったが、その一方で労働者の生活資料や生活状態そのものはアメリカに遠く及ばない状態となっていった。スターリンの後継者である党官僚の独裁体制による「計画経済」の元で、ノルマ化された労働を行い、雇用や社会保障の面はさておいても労働の主体性や歓びは失われ、トップダウンな政治による労働者階級の無力化が進んだ。

 またアメリカでは戦後一時期知識人や労働者の間に浸透していった「社会主義」的思想が、いわゆる「レッドパージ」によって駆逐され、巨大な経済力によってもたらされる「消費」の歓びに労働者たちは呑み込まれていった。そして社会主義や共産主義は「悪魔の思想」とされるに至った。
 そこでは労働者が生産過程で労働を搾取されるだけではなく、同時に「消費者」として、生活資料を中心とした商品を消費させることで資本に利潤をもたらすための手段とされた。 こうして大量の生活資料商品の消費や娯楽の消費がアメリカ的大衆社会を形成していった。
  それは「消費者」こそが王様であって、「消費者」は何でも自由に消費できるし、わがままな発言もすることができるという意味での「自由社会」である。それは労働を資本に支配された「賃金奴隷」としての労働者が資本から与えられた「麻薬としての消費」であると言ってもよいだろう。労働者階級に「社会主義」からの影響を受け階級意識を目覚めさせないためという意図の元で行われた資本主義社会の新たな変貌であったともいえるだろう。
 そこでは広告や宣伝そしてマスコミが社会的に大きな役割を持つ様になり、大量消費を生み出すためにあらゆる手段が用いられ「マス社会化」現象が生まれていった。そこからは「物事を決して深く考えない大衆」が大量に生み出されていった。それはいわば労働者階級としての魂を抜かれてしまった「消費マシーン」であった。この状況が現代的なポピュリズムを生み出したともいえるだろう。
 やがてアメリカ型の資本主義社会がドイツや日本という敗戦国を含めて西側諸国を支配して行き、ソ連型政治・経済体制が行き詰まる中で、この「アメリカ的消費の自由」がグローバル・スタンダードとなっていき、世界の目指すべき目標となったのである。
  この過程で1960年代にはかつての敗戦国ドイツや日本がこのアメリカの支配下に置かれながらも敗戦でのゼロリセットから立ち上がることで急速に新たな資本主義的生産体制を構築し、このアメリカ的資本主義の生み出した新技術の成果を巧みに導入し、瞬く間に「軍事力なきアメリカ型資本主義経済」を成長させていった。それは主としていわゆる民生機器を含む耐久消費財商品の生産であり、その量産と大量消費による資本の蓄積を目指すものであった。
 こうして1970-80年代には自動車、精密機器、家電製品などの分野で日本とドイツは世界市場での覇権を握っていった。
 しかしその一方で世界経済全体が「過剰な(つまり無駄の)生産」を前提とした生産体制になり、経済成長という名目で資本の蓄積を進め、その「おこぼれ」的税収や労働者の生活費から搾り取る税金によって社会保障など公共的予算を政府がひねり出すという社会となった。「経済成長」が続けば雇用が増え、労働者は安定した生活を営めると言われ、労働者階級は「消費の麻薬」にどっぷりつかった状態で「景気の活性化」を望みながら「賃金奴隷」の立場を永続化させられる。だから労働組合も雇用の増大と賃上げは要求するが決して労働者階級への権力移譲を主張しなくなった。その一方で過剰資本は過剰消費として消化され、過剰な生産が資源の枯渇や環境汚染や地球規模の悪化を促進させていった。
 こうした中で、1990年代になって日本では「バブル経済」と言われた資本の過剰状態が限界となってまず不動産市場や金融・証券市場が行き詰まり、続いて製造業やサービス産業などが不況に陥り失業者が増大した。一方アメリカはコンピュータ技術の開発をテコに情報技術の分野で巻き返しを図り、「IT革命」といわれる状況を生み出した。
 その結果、アメリカなどでは情報技術に携わる頭脳労働者が不足する事態を招き、同時にこの頃から台頭した中国などの後発「国家主導資本主義国」が安い商品で世界市場に進出する中で、アメリカ型資本主義の量産体制で求められるアッセンブリー労働などの単純労働力は圧倒的に賃金が安いそれらの国々に求められるようになっていった。そのためアメリカでは多くの製造業でベテラン労働者が職を失なっていった。一方で、若い頭脳労働者たちの生み出す「知財」が世界市場での武器となっていった。
 こうして"Designed in USA assembled in China"という形で一つの労働生産物を生み出すためにもっとも労働生産性が高くしかも安い労働コストで済むような構成で多くの国々に配置された労働者が資本に使われるという国際的分業形態が進んだ。日本などでは国内での生産の「合理化」が進み、量産企業ではロボットが労働者に取って代わるようになって行った。
 20世紀末には資本主義の「宿敵」であった「社会主義圏」が国内産業の不振からその莫大な軍事維持費がまかなえず、労働者の生活もままならなくなってくるという内部矛盾が限界に達して崩壊した。それにより「自由世界」を名乗るアメリカ型資本主義は旧社会主義圏にも進出しそれを市場の一部として取り込むことで文字通りグローバル・スタンダードとなり、世界を支配することになったのである。
 グローバル資本は多国籍化された企業で運営され、世界各国での税制や生活水準の違いを巧みに利用してもっとも効率よく資本の増殖と蓄積を行える体制でその拠点を世界各地に配置し、互いに市場での覇を競っている。しかし、それによる重大な矛盾と危機がやがて顕著になっていった。

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グローバル資本形成の過程(その1:基本的な論理の形成)

 「自由貿易主義」と「保護貿易主義」、「リベラリズム」と排外主義的「ポピュリズム」などの形で揺れ動いている現代社会の対立をその経済的土台を形成している「グローバル資本」の矛盾としてとらえ返してみることが必要ではないかと考えた。なお、ここで「グローバル資本」とは少数の多国籍化した資本家的私企業が世界経済を支配した状態を指している。そこでまず今日的グローバル資本が形成されてきた歴史的過程を見てみようと思う。

 18世紀後半から19世紀初頭、成長期の資本主義社会は、イギリス産業資本主義を先頭としてそれが本来持つ商品市場のグローバル化が他のヨーロッパ諸国を同様な資本主義社会へと引きずり込んでいったのだが、それらは一方で国内産業の構成と国際的市場の急速な変貌を促していった。そして19世紀前半にはイギリスは「世界の工場」として資本主義的世界の頂点に立ったのであるが、その一方で資本主義化の不均等発展は、もともとその本質上グローバルな商品流通とグローバルな労働力市場による労働の搾取によって成り立っている資本主義経済体制はその全世界への拡大とともにヨーロッパ諸国間での植民地争奪戦を繰り広げさせることとなり、ヨーロッパでの国家間の利害対立を深めていったと考えられる。
 この段階ですでに資本のグローバル化はその反面である国家間の利害紛争という矛盾を爆発させたのである。 それは20世紀初頭にいたって第一次世界大戦という悲劇的な結果をもたらし、数千万の労働者・農民たちが互いに殺し合いに駆り出され犠牲になったのである。そしてその過程で、資本主義社会を全面否定し、共産主義社会を目指す運動が拡大し、ロシアで革命が成功した。
 ロシアでの内戦に勝った革命の指導者たちは、ソビエト(労働者評議会)という生産拠点での労働者代表機関を設け、その代表たちによる会議で国の政策を決めるシステムを作り、それを共産党が指導してゆく形をとった。当時ソ連では農民の割合が高く、工業労働者は少数派であったため、労働者階級と自営農民という本質的に異なる階級間での軋轢を避けるために、共産党独裁という体制が過渡的な措置として採られたと考えられる。
  そしてこの体制の元で、かなり強引な政策が採られて行きソビエトという労働者機関は有名無実化されていったが、それはいずれ西ヨーロッパでも革命が連鎖的に起き、世界的レベルでこれが達成されれば解決できる問題と受け止められていた様だ。
  そのためそれを推進する組織「第3インターナショナル」が設けられ、国境を越えて各国労働者階級が手を結んで作る共産主義社会達成への過渡期としての「社会主義国家」という認識が持たれていたと考えられる。そしてかつての「第1インター」や「第2インター」での手痛い失敗を繰り返さないことが目指された。この段階では社会主義運動はまだ本来のインターナショナリズムであったといえる。
 しかし、ドイツや西ヨーロッパでは革命は成功せずソ連は孤立した。その後、ソ連の指導部ではレーニンが死に、後継者としてスターリンが躍り出た。スターリンは世界革命を目指すトロツキーを追放し、「一国社会主義」の方向に舵を切った。スターリンは一方で宗教を否定しながらも、ロシア聖教の信者であった労働者・農民たちに自分があらたな「救世主」であるかのように見せながら、カリスマ性を獲得し、次々に強権を発動しながら、それがあたかも社会主義国家を建設するための使命であるかのように振る舞った。第3インターは「コミンテルン」と名を変え、スターリン的一国社会主義を各国で達成させるための単なる援助機関に変貌していった。
 この社会主義運動の変質が、その後のヨーロッパでの労働運動をインターナショナリズムから一国内で完結する革命運動という形に変貌させ、やがて国粋主義の嵐に抵抗できなくさせていったと考えられる。
 第1次大戦の敗戦国ドイツでは戦勝国からの莫大な賠償金の重圧の元で、労働者階級は悲惨な状態に追い込まれたが、当時の社民政権が打ち立てた「ワイマール憲法」のリベラル的雰囲気の元で国家再建が行われ始めた。しかし様々な意味で屈辱的な立場にあった当時のドイツで、その「リベラル的国際主義」ともいえる風潮への反発と揺り返しとしてかつてのドイツ帝国の威信を取り戻そうとする動きが登場した。ヒトラーがその中心人物であったが、彼の主張する体制は「国家社会主義」であって、看板だけ見ると当時のスターリンの掲げる「一国社会主義」と似ているのである。
 ヒトラーはこのような紛らわしい看板で労働者階級の目をくらませ、彼らを国粋主義の中に巻き込んでいくことに成功した。「血と大地」というスローガンで民族意識と国家主義を結びつけ、ドイツ共産党を徹底的に弾圧しながら彼はあくまでドイツ労働者・農民の味方というタテマエで政権を奪取し、 一方で経済や文化面で主導権を持っていたユダヤ系の人々を追放抹殺しながら他方で国家主義思想に染め上げた労働者・農民を中心とした強力な軍隊を作り上げ、頭脳労働者を高度な軍事技術の開発に駆り立てた。
  ヒトラーは強大な軍事力を用いてイギリス・フランスなどを中心とした西ヨーロッパ資本主義経済圏に対峙する形で、かつてのドイツ帝国やハプスブルク帝国の支配した中央ヨーロッパに独自の経済圏を生み出し、ドイツ民族の国家を世界の中心として誇示しながら、イギリス・アメリカ型資本主義でもなく「社会主義」でもない、新たな形の国家を作ろうとしたのである。
 またイタリアで政権を奪取し「ローマ帝国の復興」を掲げるムッソリーニがその流れに従い、ヨーロッパは「枢軸国側」と米英仏を中心とした「連合国側」に分かれて戦争に突入することになる。
 一方その流れに乗じて日本でも東アジアに日本(ヤマト)民族を中心とした「東亜新秩序」を作ろうとする動きが政府にあり、枢軸諸国と手を結んだ。
 こうして「自由主義」を掲げるイギリス・フランスを中心とした従来型資本主義諸国とその発展系であるアメリカを含む陣営、資本主義の発展に遅れをとったドイツを中心とした枢軸諸国とそれに呼応する日本が、中央ヨーロッパと東アジアを中心とした軍事・経済圏を確立させようとする陣営、資本主義そのものを否定するソ連「社会主義圏」という形で対立し合いながら世界が経済的・政治的に3ブロックに分断され戦争に突入した。
 そして再び各国の労働者階級と農民は互いに殺し合いの場に送り込まれ、再びその最大の犠牲者となっていったのである。

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