« 2017年4月9日 - 2017年4月15日 | トップページ | 2017年4月23日 - 2017年4月29日 »

2017年4月16日 - 2017年4月22日

2017年4月22日 (土)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その2)

 前回に引き続き、1971.11.2 T大学で行われたデザイン問題研究会主催のシンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録からの抜粋の続きである。

<ここでフロアからの質問を交えて全体討論に入った>:
<司会>:デザイナー、建築家、デザイン学生などが共通に抱えている問題をどうとらえ、どう克服してゆけるかさしあたり次の3つの問題を軸にして討論を生み出していきたい。
1.過去の運動の結果としての現在、とりわけ全共闘運動の総括
2.現在直面している問題
3.その集約としての今後の運動への展望
<学生 I> : 安藤さんへ、68年当時、デザイナーの問題→一般的労働者の問題としてズラしてとらえてしまったことが限界だといいましたが、何が欠けていたのでしょうか?
<安藤氏>:「デザイン労働者」というのは決して飛躍ではない。本質的には他の労働者と同じでメシのための仕事だ。しかし職能的専門技術を通じて問題解決できると考えるのはおかしいということだ。デザインとは本来何もないところに何かを考え出す知恵だ。資本によって剥奪された全人性を回復するために自分の技術で労働者階級に寄与することが必要だ。そのためには専門技術を共有しなければならない。僕の持っている技術をいかに他人に与えられるかが問題だ。
(記録者注:安藤氏は自分の言っていることの矛盾を自覚していないようだ)
<学生N>:大学を出て、就職し、そこから職能としてのデザインを売って生きて行くことしかできない現実。そうした自分の立脚点を踏まえて何ができるのかが問題だと思う。
<安藤氏>:自分のやった仕事の加害者性はただちに大衆的にバクロすべきだ。メシを食うために表ずらは”有望”なデザイナーであってよいが、本当の自分としてやるべきことはやるべきだ。闘争のために食いっぱぐれたデザイナーを救済するための頼母子講的組織を作るべきではないか。
<学生N>: 自分の好きなことを経済的利益を求めないでやることができないかと考えるのは結局”生活のため”が少しずつその意識を崩していくのだと思う。
<司会>:もう少し全体としてこの問題をを考えよう>
<学生運動OBのO氏>:安藤さんが苦闘されてきたことはよく分かるが、問題がともするとどうどう巡りしているように思う。そのジレンマは”大衆のためのデザイン”というとらえ方、つまりデザインを機能面でとらえてしまっているからだと思う。学校を卒業して設計労働部門に入って働くときに、そこで直面する問題とどう取り組むべきかというように問題を立てるべきではないのか。
<安藤氏>:あなたの言う”機能面”というのが分からない。
<O氏>:つくることについてを考えるのに、つくられたものがどう加害者性を持つかと考えるのはつくられたものの機能面でそれを考えているのだと思う。だからどうどう巡りになってしまう。
<安藤氏>:僕の言うのは赤瀬川源平が朝日ジャーナルを使ったようなやりかた、IDの世界でもああいう”乗っ取り”ができるのでは、ということだ。
<O氏>:それが”機能的解決”と言ってるのだ。
<安藤氏>:あなたの言う”機能面”とは”運動面”ということか?
<O氏>:設計労働部門の労働者としてそこで直面している矛盾に対決していくということだ。
<安藤氏>:それはそれでいいが、僕にはできない。具体的に知恵をいかに出していくかだ。あなたの運動を具体的にどう展開するのか?
<O氏>..........。
<司会>:朝日ジャーナルでの赤瀬川のやり方をひとつのデザイン運動だと見る考え方と、それはデザインを機能面でしか見ていないため問題がどうどう巡りしてしまうという考え方の対立だと思う。これを中心に議論を進めよう>
<学生 I>:国鉄労働者の運動に見られるように、労働者として日々かけられてくる問題に対決しつつ自己の普遍的労働者階級としての意識を持つと言うこと、デザイナーとしてもそういう風に問題をとらえていくことが必要なのだと思う。あなたはそれでいいが、私はこうだ、ではなく共通の問題として。
<安藤氏>:そう思う。僕の言いたいことは日宣美粉砕共闘当時、デザイン労働者という規定をしていながら、その後さまざまな現場のデザイン労働者と共闘を組む機会を逃してしまったことだ。例えばデザイン事務所を持っている人だって労働者ですよ。
<O氏>:やはりそこでも独自の問題に突き当たっている訳だし、デザイナーと呼ばれない人たちでも設計労働部門の片隅を担っている労働者がいるだろう。そうしたこと全体で設計労働部門の労働者が直面する問題として共に闘う基盤を作り出していくべきなのだと思う。
<宮内氏s>:たしかに一匹狼でやるには問題があってどうどう巡りになってしまうが、例えばいま関西のあちこちで作られつつある設計労働者の運動ーそれらの人たちは70年建築家行動委は建築家としての自己否定であり、その限りではどうどう巡りだと言っているがーそうした新しい運動が具体的な行動の中でどうどう巡りを破るようになるかもしれない。そうした運動が単なる改良運動じゃなくて、あるプロジェクトを拒否できるようになったりしなければダメだと思うが。
<O氏>:さっき野口さんが言ったように、これまでのデザイナーの運動には、プロジェクト対置主義と自己否定に基づく政治闘争主義があると思うが、プロジェクト対置主義は機能的に問題を立ててしまうところが限界なのだと思う。
(この後、会場からのある学生の質問と安藤氏、O氏、私との間で「プロジェクト対置主義」を巡るディスカッションが続いたがいずれもすれ違いがあってあまり生産的な議論にならなかったのここでは省略する)
<司会>:ちょっと議論がかみ合わなくなったが、労働者階級の現実をとらえ、デザイン労働という場において運動をどうとらえていったらよいかという問題について討論を続けたい。
<安藤>:作りたくなくても作らざるを得なくなる。どうやって作らないようにするかが問題。作ってしまったらどうするか。できてしまったものに対する情報を流す。そうしたことが行えるような労組を作ることが問題だ。デザイナーという職能の問題ではなく、作っている工員も含めて全員の問題だ。一人のデザイナーが情報を流せばクビになる。クビにならないような組織を作らねばならない。
<野口>:なぜ、そういうものを作らなければならなくなるのかという問題を深めていくことにより、それがすぐさま何かをしなければならないということに直結しなくても、その問題に直面している労働者の運動自体がより深い問題意識に支えられたものにしていくことが必要だ。<院生K>: 安藤氏はバクロする情報を流すルートを確保するといったところで留まっているが、そこから先はそれぞれがやればいい、として問題を客観主義的にとらえてしまっている。情報をバクロすることにより何を獲得していくのかが問題だ。デザイナーだけが資本と対決しているわけではなくてそれを追求していくことを通じて政治闘争にも決起して行かなければならない。
<安藤氏>:実際にやってみなければダメだ、あなたを含めて。
(以下、次回に続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その1)

 このところ世界情勢が緊迫してきたため、このブログでの政治・経済的内容が増えてしまって、デザイン問題の記述が著しく減ってしまっていた。

 そこで、デザイン問題研究における私のいまの立ち位置を再確認すべく、古いノートなどを読み返していたが、偶然書庫の奥から古い資料が発見されたので、その中にあった1971年当時の「デザイン問題研究会」(1968年頃から盛り上がりを見せた全共闘運動など広範ないわゆる新左翼的学生運動がそろそろ行き詰まりを見せていた1970年後半、当時T大学助手であった私が学生達と一緒に立ち上げた研究会である)の記録をひっくり返してみた。
 まず、「デザイン問題研究会」の記録の一部にあった1971.11.2 シンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録から抜粋し、3回にわたって、このブログで当時の状況を浮かび上がらせ、そこからいまの私の立ち位置を考えててみよう。
ーーーーーーーーーーーーーーー
 この「デ問研」シンポは、T大ストライキ実行委員会の学生たちを中心に一般公開されたシンポでパネリストには日宣美(日本宣伝美術家協会)粉砕闘争で活躍したグラフィック・デザイナーの安藤紀男氏と建築家でラディカルな著書「怨恨のユートピア」の著者である宮内康氏が招かれた。
<まず安藤氏のスピーチ>: 
 68年当時明確な位置づけはなかったが美術系大学の政治意識の低さに抵抗し、高揚した学園紛争や、ゲバラへのあこがれがあって運動を始めた。流行の先取り的運動だったが、それが運動の限界でもあったといえるかもしれない。
 70年11月の「広告批判シンポ」に出席したが、これは広告労協という団体が主催したものだが、商品ができていないのに広告しなければいけないとか、在庫整理のためのマイナーチェンジを「ニュー何々」として広告させられたり、性能の悪いクルマを良いように見せかけて広告させられたりする。全体に懺悔的な形で業界のデザイナーだけが知っていることを多くの消費者に伝えなければならないと思った。
 デザインは、人間の創造的精神で人間が昔から潜在的に持っていた能力かもしれないが、職業としての確立はあくまで産業の要請に基づいている。その意味で資本の手の内から逃れられない矛盾を持っている。
 デザインで飯を食う労働者(デザイナー)は一方でその専門性によって加害者的になっている。しかし自分として自分の職業を否定するのは迷いがある。これをあらゆる労働者に共通の問題としてとらえる必要があるだろう。資本主義体制の打倒がなければ根本的解決はありえない。だが68年当時の運動、日宣美フンサイ→万博(70年大阪万博)フンサイ→70年決戦という図式の論理だけで具体的プログラムもなく街頭闘争へ飛び出した。ここに問題があったと思う。
<司会者からの質問>:どのようにしてその状況を克服できると考えていますか?
<安藤氏>:悪いことをやらされる→それを消費者に流す→大衆運動として企業を規制する。という図式だがこれを組織化していくことが難しい。職能として潔白を保つことなどできず、やらざるを得ない。それが犯罪的である→そして政治闘争へ、ということだ。
 今にしてみればデザイナーであることに固執しなくても良かったと思う。資本主義的分裂(分業)の中でメシのための仕事と本来やるべきことを両立できると考えるのは幻想だ。
<続いて宮内氏のスピーチ>:
  60年安保当時東大の学生だったがデモで国会突入した。活動家としては二流だったと思う。その後、もう一度建築をやり直そうと思い大学院に進み、原広司らとRASというアトリエを持った。70年闘争では東大闘争に大いに関心があったが運動としては70年建築家行動委員会に参加し万博フンサイ運動などもやった。
  建築家としての自己否定が中心だが自分の原点でも闘いを作り出して行くべきだと考え、在職中の理科大で学生とともに運動した。大学教員という社会的地位は再び得られないと思うと躊躇したが結局自己否定をトコトン突きつけるため自ら進んでクビになった。現在「設計工房」という事務所を持っているが、安藤氏と同様の悩みを持っている。建築家として何をすべきか?という考えは幻想だ。だが職能を否定してどうやって生きていくのか、これがだれにも分からない。
 自分としては、建築の問題から国家権力の問題へと3段階論法的に行ってしますのは抵抗がある。その中間あたりでウジャウジャしていたい。建築家としての自分と市民=労働者としての自分に2極分解してしまっている。とりあえず問題にぶつかったとき、プロとしての特権意識を捨てて、それを抑圧された大衆の一人として考え、決断して行きたい。
<次に主催者側からのパネリスト野口のスピーチ>:
 この研究会(デ問研)の存在は69年のI学科闘争を抜きにしては語れない。当時デザイン教育の資本主義的再編に伴うカリキュラムの強化の中で旧制工芸時代の教員とあらたに後から来たいくつかの他専門分野の教員との間の確執、授業内容の統一性の欠如、などが直接のきっかけで、学科のデザイン理念と各教員のそれとの関わり方への追求という形で大衆団交が行われた。その後、学内で盛り上がった自衛官通入学への反対運動と合流し、T大闘争という形に発展した。
  その中でI学科ストライキ実行委員会が結成され、無期限ストに突入、その間に「デザイン問題」に関する自主講座が生み出され、闘争の補完的役割を果たした。
 やがて弾圧の強化による闘争の後退、そしてスト実自体の大衆性喪失という状況の中、70年年冬の合宿でデザイン運動史の再検討、新たなデザイン運動への展望などが目指され、夏合宿ではデザイン問題を独自に追求する組織が提案され、大学祭への取り組みとして11月に第1回シンポジウム「現代デザインを問う」が開催され、そこでデザイン問題研究会が発足した。
 そのシンポでは、若手デザイナーが抱えている問題を取り上げ、デザイン界の動向とこれまでの運動の持っていた問題点などが検討されたが、そこでは次の様な2つの傾向が指摘された。
1.社会的問題をデザイナーの立場で解決しようとする→提案対置主義
2.デザインそのものの否定そこからドロップアウトして政治闘争へ→政治闘争主義
 これらは疎外された運動の両極として互いに補い合ってきたし、いまもその延長上にあるといえる。この第1回シンポでは、総じてデザイナーの直面している問題を「デザイナー意識」でまとめあげてしまっているため、問題の本質をとらえ損なっている。その克服をいかになすべきか?資本主義的疎外労働の一つである設計労働を行う労働者が直面する問題として再把握する必要がある。
  資本主義社会が成立することで初めて職能として誕生し、意識的にとらえられるようになったデザイン、だがそれは同時に疎外された形で。そこに貫かれている普遍的人間労働の一部としての設計労働との矛盾。これを当初は「設計労働の質的変革へ」ととらえたが、このデ問研の文化サークル運動としての位置と場所性を踏まえてその目的意識の持つ限界性を自覚すべきと考えている。
 いまわれわれの抱えている問題は、設計労働者が直面している問題が、いかなる形での設計労働の疎外なのかを把握し、そこからあるべき設計労働の本質を追求する設計労働論を構築することだと考える。
 しかし、そこから具体的な運動をどのように展開すべきなのかはまだ見えていない。
(以下次回につづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月19日 (水)

トランプの「力による平和」の背景とその先に待っているもの

 (2017.04.20 一部修正)

トランプ大統領は、このところシリア内戦、対ISそして北朝鮮問題と続く緊張状態に「力による平和」をアピールしている。トランプは就任当初は「世界の警察官であることをやめる」と言ったオバマの戦略を引き継いだ様に見えたが、実はやはりアメリカの強大な軍事力で世界を支配しようという意思が強いことはこれであきらかになった。そしてその意向を汲んだペンス副大統領は日本を訪れ、安倍首相と「力による平和」で協調することを確認、同時に多国間貿易協定に代わる二国間貿易協定を推し進める意向を表明した。麻生財務相はこれに対して日本はアジアでの多国間貿易協定の主導的立場を採りたいと主張し、一定の抵抗を示したがおそらくそれに代わる何の展望もないのであろう。

 アメリカ国内ではアメリカ人の雇用を護るために外国人労働者の入国に厳しいフィルターをかけ、移民流入を抑え、アメリカ人にはアメリカ製の商品を買うようプッシュしている。その一方で日本や欧米の自動車メーカーなどにアメリカへの投資をプッシュし、それを行わなければ日本メーカーのクルマの輸入制限も辞さないとしている。さらに二国間貿易協定では日本からの自動車輸出などへの規制と同時にアメリカからの豚肉や穀物などの輸入についての規制を外せと迫っている。
 こうした一連のトランプによる政治的流れの中でいったい彼が何をしようとしているのかが見えてきた。
  「アメリカ・ファースト」はアメリカ第一主義と言われるが、要するに「アメリカは世界一強くて、世界の政治経済を牽引し、国内的には世界で一番裕福な国になる」ということであって、決してかつてのモンロー主義の様な「孤立主義」ではない。要するにアメリカ的世界を世界標準として認めさせ、そのリーダーとしての位置を力ずくで守りたいということであろう。
 これは20世紀には政治的にも経済的にも一大世界帝国であったアメリカが没落に向かうことへの恐怖と焦りの表れとも見える。かつて「パックス・アメリカーナ」時代の余裕の上に築かれていた「自由と民主主義のリーダー」としての顔の裏側にある国家エゴイズムが全面に出てきたようだ。
 しかしトランプの政策をこのまま推し進めればどうなるかを考えておくことが必要だろう。
かつて世界恐慌から抜け出し雇用を増やすために公共事業を拡大し、企業の投資を促し、過剰資本の処理形態である「無駄の量産(消費財の消費サイクルの無制限な拡大や軍需産業への莫大な支出、第3次産業など不生産的産業の拡大など)」によって産業を活性化させることで労働者の賃金が上がって行った結果、アメリカ的「豊かな国」が実現したが、いまこれが資本のグローバル化によって大きな壁にぶつかっているという事実をトランプは見ていない。それが崩れようといているときに、再びこの状態に戻ろうとするということは、まさに時代の逆行である。
 いまグローバル資本は世界レベルでの利潤追求のために資本の回転を加速させており、その中ではグローバル資本のもとで労働力を搾取される国の労働者が国境の内側にあってその国の生活水準ギリギリのレベルで働かされている必要があるのだ。
  そのことによってその国へのグローバル資本の投資が莫大な剰余価値を持った商品として国際市場に登場し、それによってグローバル資本家たちは莫大な利益をあげている。だからこうした国家間の「生活水準の差」がないとグローバル資本は利益をあげられなくなっている。だから本来インターナショナルに共通な立場に立つ労働者階級が連帯することはグローバル資本にとって最大の恐怖であって絶対にこれを防ごうとする。
 一方で生活水準の低い国々で働く労働者は、国境を越えて「豊かな国」に移住することでより良い生活を求めようとするのは当然のことである。しかし「豊かな国」の労働者はそれによって自分たちの職を奪われることを恐れ排外主義に傾く。それらの国の支配的階級はこの労働者たちの排外主義的流れを自分たちの利害を護るために巧みに利用しようしている。
 しかし他方でアメリカがトランプの「アメリカ・ファースト」をゴリ押しするならば、たとえ強大な軍事力をちらつかせながら貿易収支をむりやり改善させようとしても、アメリカ製品の国際市場での売れ行きは落ち、競争に負けるだろうし、競争に追いつくためには国内労働者の賃金を下げねばならなくなるだろう。その結果、製造業で利益を上げられないことを再認識したアメリカは、AIなどの知識産業、第3次産業やサービス産業など不生産的産業で儲ける資本家に依存せざるを得なくなるだろう。結果、一部の資本家や高給労働者以外のアメリカ国民は賃金が上がらないのに高いアメリカ製品を買わされることは嫌い、やはり安い外国製品に頼らざるを得なくなるだろう。 さらに生き残った稼ぎ手である知識産業やエンタテーメント産業にも外国から有能な労働者が簡単に入れなくなれば、次第にグローバル資本のアメリカ企業への投資は減っていくかもしれない。
 おそらく辣腕資本家でもあるトランプ大統領はそのあたりで自分の経済政策が間違っていたことに気づき、なし崩し的に軌道修正を行うことになるだろう。しかしその軌道修正は結局は一握りの大資本家が莫大な利益を上げ、アメリカの労働者階級はその「おこぼれ」で生活するというパターンに落ち着かざるを得ないと考えられる。
  その結果は、世界中にナショナリズムを流布させたことによる、「力による平和」をちらつかせる政治が横行し、世界からテロは減らず、格差はますます拡大し、国家エゴによる対立が激化する。
 そしてその先に待っているものは....... 戦争である。
 日本の安倍政権はこういうことに少しも危機感を持っておらず、オバマでもトランプでもアメリカ大統領のいうことには黙ってついて行くのである。世界市場でまだ強い自動車産業を助けるために農業を犠牲にし、小規模自営農業を大資本の元に集中させ、農民を農業労働者化させることになるだろう。そして憲法改定で国軍を保持し、「経済活性化」のためと称して軍需産業を拡大させながら、「自国のことは自国で護る」と見栄を張りつつ、在日駐留アメリカ軍の肩代わりを日本軍に行わせ、アメリカの軍事予算削減に貢献すること位しかできないだろう。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月16日 (日)

山本地方創生大臣の暴言と安倍内閣の本性

 山本地方創生大臣が、記者会見で地方創生のためには博物館や美術館などの観光マインドのない学芸員の存在がガンであり、彼らを一掃しなければだめだ、と言った。

なんという驕りだろう!私にも学芸員の親類がいるが、この失礼極まりない発言にきっと怒っているに違いない。
  第一、観光で儲けるために学術的な知識を持って地道な研究に従事している学芸員の人たちを「役立たず」と見るほどに彼の頭の中は「経済最優先」なのだ。安倍内閣のほとんど全部がこんな人間がなのだ。要するにこうした発言の背景には首相自身の「安倍政権の方針に反対する様な公務員や教員は一掃すべきだ」という本音が聞こえてくる。
 どうも世界的にこういう独裁的な人間が「リーダーシップがある人間だ」とみなされて政府のトップに躍り出てきているようだ。まったく危険な時代になったものだ。こうしたおそろしいリーダーを選んでしまったのはわれわれ自身の責任でもあることを肝に銘じよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

閑話休題:北朝鮮問題を巡る「想定問答」

シリア問題に続いて、またまた「こうかもしれない」という仮想の「想定問答」です。

日本国首相執務室にて、
安部首相:「いま防衛省から情報が入ったが、北朝鮮でミサイルの発射があった様だが。どうやら失敗したらしい。トランプ大統領と連絡を取ってくれ」
秘書官:「はいすぐに」
まもなく部屋に戻ってきた秘書官:「トランプ大統領はいまフロリダの別荘にいるので、マチス国防長官と連絡を取りました。マチス長官は、いま調査中だが、おそらく北朝鮮は、トランプ大統領の意向をくんだ中国からの圧力を懸念しつつも、これまでの核保有国路線を堅持するという姿勢を見せたいので、威嚇の意味を込めて一発やったようだが、最初から「レッドライン」を超えないような範囲でこれを実行しようとしたようだ、とのことでした」
安部首相:「そうか、意外とキムも冷静だな。しかし国民にはこれが失敗していなかったら日本はどうなったか分からないとなるべく危機感を煽っておけ、これが憲法改正のおおきなバックアップになるかもしれないからな」
秘書官:「はい」
一方こちらはクレムリンの大統領執務室。
補佐官:「大統領閣下、いまアメリカと中国から情報が入り、北朝鮮がミサイルを発射したが失敗したそうです」
プーチン大統領:「そうか、トランプとは先日のシリアの一件で、連係プレーを試みたが、思ったほどうまく行かず、かえって中国の習とトランプを接近させてしまったが、トランプはそれが功を奏したと思っているだろうな。しかしそのミサイル失敗はミサイル発射プログラムへのわが軍情報部隊のサイバー攻撃によるものだとはまさか知るまい」
補佐官:「御意!」
プーチン:「中国はその件はあらかじめ伝えておいたが、トランプはおそらくこの後、北朝鮮をどう非核化しつつ話し合いのテーブルに着かせるかに関して何ら具体的戦略はないだろうから、結局中国頼みになるだろう。そこで、対中国関係も対韓国関係も悪化していて困った日本の安部首相がオレに何とか手伝ってほしいと持ちかけてくるだろう。そこでオレが習と手を組んで北朝鮮問題の調停の主役に躍り出るわけだ。トランプも手が出せまい」
補佐官:「さすがプーチン大統領閣下。抜群の戦略です」
プーチン:「うっはははは!」
ーーーこんなことではないといいですがね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年4月9日 - 2017年4月15日 | トップページ | 2017年4月23日 - 2017年4月29日 »