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2017年5月7日 - 2017年5月13日

2017年5月13日 (土)

憲法9条をめぐる国家と戦争に関する基本的問題を考える

 安倍内閣の政策下、憲法9条がいま風前の灯火となっているが、国会での論議でもいつも基本的問題が触れられていない。

それは、
(1) 国家間の戦争はなくなることはないのか?
(2)自衛のための軍備は必要不可欠なのか?
(3)軍隊組織を持たない国家が他国からの侵略や戦争にどう対応するべきなのか?
といった問題である。
 まず(1)に対しては、常識的意見としては個人間の喧嘩がなくならないのと同様に国家間の戦争はなくならない、という考え方があるが、そこでもう一度よく考えねばならないことは、個人間の喧嘩と国家間の戦争とはまったく次元が異なるということだ。
  そもそも「国家」というものが何なのかが問題であり、それを未来永劫なものとして普遍化すること自体問題だと思う。確かに人類の歴史で例えば部族間抗争などという形で起きていた「いくさ」が文明社会の登場とともに「国家」が登場して以来、「戦争」となっていったと言えるだろう。しかし、その「国家」も古代国家、中世の国家、そして近代国家と歴史的に変遷してきており、その形も中身も大きく変化してきている。つまり「国家」とは歴史的な産物なのである。
 近代国家の特徴は国内が基本的には資本主義経済体制となっており、政治的には中央集権的であり、まがりなりにも法律をもって支配層がその国を治めており、「国家防衛」のために近代的武器で装備された常備軍を持っているというのがその条件であろう。
 この形はその国家の政治的支配層がどのような利害関係で国内経済を支配し、その体制に「普遍性」発揮させるための法律を持っているかがキーとなるが、同時にその体制がどのような国際的関係の上に成り立っているかが重要な問題である。特に経済体制は一国内だけで自給自足的に成り立つことは近代においてはあり得ないことであり、必ず多国間との貿易を全体にして成り立っている。
 戦争はこの支配層が利権を握っている経済体制が別の国家あるいは国家連合によって脅かされるときに起きる。半近代的王権やその変形である近代的独裁国家においては完全なトップダウン体制による軍備を駆使して戦争が行われるが、より近代的「民主国家」では「国民のアイデンティティー」と称する「愛国心」を駆り立て、諸個人が「国家の家族」であるかのような思想を吹き込まねばならない。その上で「国民の支持を受けた」戦争に突入する。
 そして起きる戦争では、互いに諸個人としては何の恨みもない人々同士が「お国のため」をミッションとして互いに憎しみ合い殺し合わねばならなくなるのだ。
 このような「国家」の形を普遍化するところに(1)の思想は現れるし、それを認めれば必然的に(2)が必須化される。
 だからまずこの近代国家の特徴を歴史的に相対化することから問題を立て直すべきであろう。日本共産党を含めていまの野党の主張はこの近代的国家を普遍的な形として前提した上で「不戦」や「軍備の廃棄」を唄った9条を絶対化あるいは修正しようとするところに矛盾が生じ、安倍首相の主張に足をすくわれることになるのである。
 要は、近代国家を支配する資本主義経済体制が一方では「グローバル化」の度を高め、互いに依存関係をますます深めているのに対し、それを他方で国境で固めた国家を政治的に支配する階級の経済的利害によって有利に利用しようとするところから生じる矛盾である。
 国家の殻の中でその国の「生活水準」に相応しい賃金によって労働し、その国の支配層に「富」をもたらしている労働者階級は、グローバル化した世界でよりよい生活を求めてより「生活水準」の高い国へ移住しようとしてもそれを阻止される。それはこの「国家」という殻の中に閉じ込められて自分たちの職や生活を奪われないようにするには国家がそれを護ってくれなければならないと信じ込まされている各国の労働者階級が、すでに「国家」をその背に背負った「国民」という意識に染め上げられているからだ。
 しかし、事実は違う。グローバル化する経済はそれらの国々の人々が互いに経済的に依存し合って生きているのが現実だ。問題はそれを「国家間賃金格差」という形を利用して自分たちの利権を護ろうとする各国の支配層によって「国民」として分断されているという事実なのだ。そしてそのこと自体がグローバル経済を「グローバル資本」への富の集中という形にさせているのだ。
 本来、労働者階級に国境はない。なぜならば世界中の労働者階級はそれぞれの場でそれぞれの労働を行うことで、ともに世界レベルの富を生み出しており、それらは世界中の労働者によって共有されるべきものだからである。だから彼らには戦争を起こす理由など何一つないのだ。
 要はこの真実をいまの各国の労働者階級がどのようにして実現させるかなのだ。多分それを実現させるには長い時間が必要であろう。そしてその長い「過渡期」においていまの国家を支配する階級とどのように闘いどのように勝利していくかが問題なのだと思う。
 (3)の問題はそのような「過渡期」での問題として考えねばならないだろう。たとえ9条を維持するにしてもそれに手を加えるにしてもこうした歴史的展望がなければ必ず失敗するだろう。

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2017年5月 9日 (火)

閑話休題:お笑い想定問答 「国母」のリーダーシップ

 フランス大統領選挙に勝利したマクロン家での一場面:

ブリジット:「マニー(Manny:エマニュエルの愛称)、選挙運動中のあなたの演技は最高だったわ!」
エマニュエル:「ブリジット、君の演技指導のおかげだよ」
ブリジット:「でも私心配だったのよ」
エマニュエル:「何が?」
ブリジット:「あのルペンってなんとなく”フランスの母”って感じじゃない」
エマニュエル:「それで?」
ブリジット:「いまのヨーロッパはそれぞれの国が”救国の母”を欲しがっているように見えるの」
エマニュエル:「確かにイギリスもドイツもスコットランドもそうだね」
ブリジット:「そうなの」
エマニュエル:「でも、大丈夫、僕にはブリジットという”裏のフランスの母”が居るからね」
ブリジット:「ううん(首を横に振りながら)、あなたがフランスの大統領になれば、EUは安泰だけど、EUのお母さんでもあるメルケルにあなたが引きずられるんじゃないかと心配なの」
エマニュエル:「大丈夫、僕はああいう人は好みじゃないから」
ブリジット:「でもフランスはEUのいわば家族でしょ?家族の長はメルケルよ。あなたはああいう人を頼りにしたがるわきっと」
するとそこにロンドンから電話が掛かってきた。
メイ首相:「マクロンさん、次期大統領ご当選おめでとうございます。イギリスのメイです」
エマニュエル:「メイ首相ありがとうございます」
メイ首相:「これで私のBREXITもやりやすくなりました」
エマニュエル:「なぜ?」
メイ首相:「おほほほ、それは言わずにおきましょう」
エマニュエル:「..............」

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