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2017年7月23日 - 2017年7月29日

2017年7月27日 (木)

朝日新聞 論壇時評「AIが絶対できないこと」の致命的落とし穴

 今朝(7月27日)の朝日新聞「論壇時評」に歴史学者 小熊英二氏が「AIに絶対できないこと」と題した評論を書いている。

 小熊氏はさまざまな論者の指摘や事例を挙げ、 AIは過去のデータから推論出来ることしかやらないから、既存の考え方やこれまでの傾向の枠組みでしか予測ができず、新しい提案やイノベーションはできない、とAIの基本的限界を突く。そして「新技術の導入だけで経済が成長するなどという期待は、高度成長への誤解に基づくノスタルジーにすぎない。古い社会や古い政治を延命するためにAIを使えば多くの人が犠牲になる。それこそ「人間がAIに負ける」という事態にほかならない。そうでなく、AIと共存できる社会に変えていくために、人間にしかない英知を使うべきだ」と主張し、最後に藤井四段がAIに勝てるか?という疑問に対して「彼は勝とうとしていない。AIを相手に練習し、AIを自分を磨く道具にした。まるで、自動車と競争するのではなく、自動車を使いこなすべく社会を変えた人々のように。」と結んでいる。
 小熊氏はAIにはできず人間にしかできないことは、これまでの枠組みにこだわらず、新しい変革ができることだ、というのであるが、もしそうであれば、AIを含む、本来人間にとっては「道具」にすぎないものに、なぜ人間の生活や生き方が支配され振り回されるのかを考えるべきであろう。
  AIやITなどの技術を「変革」の道具として考えているのは社会の経済や技術を一手に握っている人たちであり、フツーの人々は、そのひとたちの思惑に文字通り支配されている。
  モータリゼーションでクルマが人間の生活形態を変えていったとき、それは「便利な生活」というコトバが生活のすべてのありようを変えていった時代であった。生活消費財が高価な「耐久消費財」という機械製品に取って代わられ、TV、冷蔵庫、クーラー、自動車が生活必需品化されていった。決して高くない賃金からローンを組み、これらの高価な耐久消費財を苦労して買った。全国に自動車道路が整備され、電気供給などのインフラがどんどん拡大され、原発がどんどん建設された。
 そうした「技術革新」による生活の変化の中で一方では天然資源がどんどん消費され、それと比例して自然環境はどんどん破壊されていった。
 そして、東日本大震災の様な大災害が起きると、フツーの人々は家族の命を奪われるとともに、生活の場が破壊されそれまで使っていた家財のすべてががれきの山となって積み重なってしまった有様を見て、これまで生活が便利になるためと思って受け入れてきたことが一体何だったのか分からなくなるのである。
  「便利な道具」がすべて失われたとき、自分たちの生活や生きる意味がなんであったのか、何のための「便利」だったのかに疑問を感じざるを得なくなる。つまり「便利な生活」は技術や経済を一手に握っている人たちにとっての「経済成長」にとって必要なことだったのであり、いわば「トップダウン的革新」であったことを思い知らされたのだ。
 こうした状況が続く中でAIは人々の生活をトップダウン的に変えていくだろう。AIやIoTなどの技術を競い合い「イノベーション」を推し進める人たちは、彼らの「経済成長」や「競争力強化」のためにフツーの人々の生活や生き方そのものを「経済成長の道具」と考え、その未来までをもコントロールし、支配しようとしているのである。
 AIがそのような人々の「道具」である以上、フツーの人々は「AIが人間を支配する日が来るかもしれない」という不安を抱くのは当然である。
 付け加えておくが、AIは「これまでの枠組みからの推論しかできない」というのは考えが浅い。AIはやがてこれまでの枠組みを外して新たな「イノベーション」の可能性をも提供するようになるだろう。すでにそうした「AIの創造性」に関する研究が進んでいる。これが実現したとき、フツーの人々はさらに人間としての基本的要素である「創造性」すら支配されてしまうことになるだろう。

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2017年7月24日 (月)

人手不足なのになぜ労働賃金が上がらないのか?(その3)

 今朝(7月24日)の朝日新聞朝刊第1面に「移民頼みの現場」という見出しで、いまの日本で実質的に「移民」といってよい外国人労働者が108万人もいて「人手不足」を補っており、年々増え続けているという記事が出ていた。

 こうした現実に反対する動きを「排外主義」として対置し、分け隔てなく移民を受け入れるべきだと主張するのが朝日などに代表される「リベラル派」の見解であろう。
 それに対して、「排外主義」と呼ばれる人たちは、思想的に「国粋主義的右翼」であるひとももちろん含まれているが、実は、現場で働くフツーの日本人労働者も多いのである。彼らは、一方で過酷な労働から解放されるために外国人労働者の助っ人は必要だと思いつつ、他方では外国人が自分たちより安い労賃で雇用されている現実を知っており、それがやがて自分たちの労働賃金や労働条件を悪化させる引き金になることも知っている。
 こうした事情はいま中東からの大量の移民で混乱しているEUやメキシコからの不法移民の大量流入問題を抱えるアメリカでも同様だ。
 EUの中でも経済的に好調なドイツでは移民を受け入れて「人手不足」を補うことに積極的だが、それ以外の国々ではおおむね移民の受け入れには「待った」がかかっている。フランスで「排外主義者」ルペンに勝ったマクロンは、「リベラル」のカンバンを掲げる関係上、移民受け入れに動いているが、フランス国内では労働者達が反対している。そしてより状況のよくない東ヨーロッパ諸国では「移民受け入れ絶対ノー」が大半である。
 アメリカではトランプが大統領選以来掲げている「メキシコとの国境に巨大なカベ」をつくるという方針を変えていない。そしてそれを支持しているのは「ラストベルト」などで失業している白人労働者たちである。
 こうした状況が最近著しくなってきたのは背景に資本のグローバル化があるからだ。グローバル資本によるアフリカや中南米の資本主義化が遅れた国々での、それまで「先進資本主義諸国」に食料や森林資源、鉱物資源などを供給する国だった地域の人々を、安い労働力獲得のための製造工場の進出により「工場労働者化」していったという現実がある。
  こうした国々の労働者達はあまり遠くないところにある「先進資本主義国」では自分たちと同じような仕事をしながら、自分たちの何倍もの賃金を得て生活している労働者がいることを知っている。だから機会があればそうした国々に行って生活したいと思うのは当然である。
  また中東では石油などの地下資源を「先進資本主義諸国」に輸出することで莫大な蓄財をした国とそうでない国々との間の軋轢が高まり、金持ち国は最先端技術をカネで買って急速に先進資本主義の生活様式を取り込み西欧化していったが、そうでない国々はそうした国々との経済的格差が増大し、それに西欧型生活文化への反発から来る宗教的対立が絡んで複雑な対立構造が出来上がっていった。その中で西欧のリベラリズムに刺激を受けた「アラブの春」が起こり、その混乱に乗じて台頭したISや、アフリカ、イエメンなどでくすぶっていた紛争に火がついて、これまでなんとか普通の生活を送っていた人々が大量に自分の国を捨てて逃げ出さねばならい状況になっていった。
 こうした資本のグローバル化がそれまで各地域で独自の経済体制や生活文化を持っていた人々の間に、賃労働や商品経済とともにそれを媒介する「世界通貨」という共通の尺度でそれを測る手段を浸透させ、生活文化の違いを、資本主義的生活を「標準」とした「生活水準の差」として見せることになってしまったのである。
 このような問題を簡単に解決することなどできないが、究極的には世界中の国々の間で、労働賃金の差をなくしていくことが必要だ。もちろんそれは今のように「低賃金」に向かうのではなく、労働の生み出す価値とは何かを明確にし、社会的に必要な平均労働時間をもとにそれに相応しい対価を受け取るという至極当然のシステムが世界標準として確立されねばならないだろうし、それが原理的に不可能な資本主義経済体制を打倒するために世界中の労働者が国境を越えて手を結んで闘わねばならないのだと思う。
 そうでなく、もしこのまま行けば世界は再び戦争に突入することになるだろう。そうなれば世界中の労働者同士が意味もなく憎み合い殺し合いという悲劇がまた繰り返されることになる。
(おわり)

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2017年7月23日 (日)

人手不足なのになぜ労働賃金が上がらないのか?(その2)

 そこでこの問題をマルクス経済学の視点で考えてみよう。

 周知の通り、資本主義社会では、すべての社会的生産物が商品として生産され、商品として流通する。資本主義社会では一般に商品の流通は「等価交換」を原則として行われ、それを貨幣が媒介する。しかし、この過程のどこかで価値は増えるのである。だから資本家は利潤を獲得しそれを蓄積できるし、それを最大の目的として社会的生産を行う。
ではどこで増えるのか?資本主義社会では生産に必要な手段(機械、工場などの労働手段および生産物の素材となる原料)は資本家が自分のカネで他の資本家がつくって売りに出した商品市場から購入する。彼はこの生産手段に、労働市場で(賃金と交換で)購入した(雇用した)労働力を結合させて商品を生み出す。この社会では労働力もモノと同じ商品なのである。
 この商品を生み出す労働過程は、新たな商品の使用価値を生み出すと同時に、価値を生み出す。そしてその過程で、労働力の再生産(労働者が日々自分の労働力を生み出すに必要な生活消費財)に必要な価値分(これが労働賃金であり労働力の価値である)をも生み出すと同時に、それを超えた価値(剰余価値)をも生み出す。実は、ここに労働力商品が「等価交換」を原則としながら価値を増殖する秘密があり、これが資本家にとっては「労働力商品の使用価値」なのである。
  労働力以外のモノの流通からは価値はあらたに生まれない。資本家はこのことを意識しないが「人格化された資本」としては知っていて、労働力を「価値を生み出す商品」として購入するのである。そしてそこから新たに生み出された剰余価値部分を含む商品を市場で「等価交換」することによって利潤を獲得する。
 もちろん、資本家はこの「等価交換」を原則としながら、いかに安く仕入れて高く売るかを常に考える。なぜなら彼の最大の目的はいかに利益をあげるかであり、商品の生産はそのための単なる手段に過ぎず、これをいかに実際の価値より高い「市場価格」で売りさばくかだけが彼の最大関心事なのだから。
  いわゆる「市場原理」、つまり「需要と供給の関係で市場価格が決まる」という考え方がそこから生まれる。彼にとっては「価値」と「価格」の区別はつかない。そこに実際の価値からかけ離れた「付加価値」をつけていかに高い価格の商品を買わせるかといった「商品戦略」や「宣伝広告」が必須となる。商品の「恣意的希少価値化」や「ブランド商品化」などがそれである。
 そのような状況で、労働市場においては、人手不足になれば労働力商品の「市場価格」も上がるはずなのであるが、実際にはそうなっていない。なぜそうなるかについては前回のブログで書いたが、それをもう少し上記の論理の中で掘り下げてみよう。
 資本家は自らつくりだす商品の供給量は需要の変化に応じてコントロールできるが、労働力商品だけはその供給量をコントロールすることはできない。労働者は資本の生産物ではないからである。そこで労働力が獲得できない場合は、「生産の合理化」を行い、「人手不足」を補うしかない。そこではいかに少ない労働力でも必要な量の商品を生み出すことができるかが問題となるが、それは同時に単位労働時間内に生み出される商品量が多いほど、個々の生産物の価値は下がるので、市場で安く売れ競争に有利になる。
  ここでは「利潤率低減化の傾向的法則」や「利潤率均等化」の問題についてはひとまず置いておくが、この「合理化」のために必要な設備投資は莫大な費用が必要である。資本家は労働者の賃金を上げて労働市場からより多くの労働者を引き寄せるか、高い設備に支払うかを天秤に掛けるのである。 しかし最初にやることは、増加する仕事に対して少ない労働者のままで長時間労働などギリギリまで働かせることでこれを補い、それでもダメな場合は、その生産部門を労働賃金の安い国に移転するという方法をとるのである。
 また一部ではすでに既成事実化している様に「海外研修生制度」で日本に来る外国人を実質的低賃金労働者として人手不足を補うため用いることが行われる。
 これが行き詰まるといよいよ「労働の合理化」に進む。
 そしてIT産業などの高度頭脳労働者に関してはこの低賃金労働の利用という「手」が用いにくいので労働賃金を上げて労働市場から有能な頭脳労働者を高給で受け入れる。そうしなければ「労働の合理化」での競争に勝てないからである。
 しかし最近のAI技術での「イノベーション」は必ずや「頭脳労働の合理化」に適用され、頭脳労働者の労働賃金をどんどん引き下げる方向に作用するはずである。
 もうひとつ、一般労働者の「生活費」つまり労働力の再生産費は、生活消費財が海外の安い労働力でつくられた商品として大量に輸入されるため、あまり高くならない。それが労働賃金が上がらない大きな要因になっているが、それは決して労働賃金に相応しい労働時間とは対応していない。つまり同じ労働賃金で長時間労働がどんどん進むのである。正確に言えば労働力商品の価値とその「使用価値」が生み出す価値との差がますます増大する。そしてその増大する剰余価値部分によって、資本家は「人手不足」で損をした分をこれで補おうとする。彼らは「生活費が上がっていないのだから賃上げなしでいいでしょう」というのである!
 国による労働賃金の格差を利益拡大のために利用するグローバル資本はこうした事態を促進させているばかりでなく国内での労働種や雇用形態による労働賃金の格差をも増大させているのだ。
 その中で「アベノミクス」では、「デフレ脱出目標」とか「物価2%アップ目標」とかトンデモナイ目標を掲げて、インフレ政策によってますます労働者が苦しい生活に追いやられる様な政策を進めている。インフレで資本家は利益を上げても労働賃金が上がるはすもなく、たとえわずかに上がってもそれを上回る物価上昇でたちまち実質賃金はダウンする。
 政府が日銀とつるんで天文学的数字の借金を積み重ねてインフレ政策で貨幣価値をどんどん下げていけば、カネの回転は速くなるかもしれないが、いずれ必ず貨幣は信用を失って大暴落し、その借金の実質的ツケはその後何十年にも渡って労働者階級に重く重くのしかかってくるのである。
 それでもなお安倍政権を支持する人が20%以上もいるということは一体どういうわけ??
(次回につづく)

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