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2018年1月 3日 (水)

2018年世の中はどうなるのだろうか?

 2016年末にこのブログで2017年の予想を書いたが、「当たらずといえども遠からず」であったと思う。事態は昨年とほとんど変わっていない。相変わらずアメリカは中東問題などでトランプに振り回されているし、中国は習皇帝のもとで「一帯一路計画」などの大看板を掲げ、日本もそれに追従する構えだ。ロシアはシリアを使ったIS掃討作戦で一定の成果を上げ、EUやアメリカに対峙している。

 世界経済は近年になく「好調」なのだそうだが、何が「好調」かといえば、グローバル資本を私有する大資本や投資家たちが大儲けしながらますます競争を激化させ、世界中の労働者や農民達はそこからわずかな「おこぼれ」を頂戴して何とか生き延び、もっとも搾取されている人々はそれにもありつけずにニュースにもならない裏の世界の片隅で惨めな抑圧・貧困や死を迎えざるを得なくなっている。
 日本経済は政府の借金1000兆を誰が責任もって払うのかがまったく分からないまま「異次元金融緩和」のジャブジャブマネーによる株価や不動産の高騰でぼろ儲けする連中が続出し、外国からの富裕層観光客が落としていくマネーにありついた人々が「リッチ」」になっていく。その陰で、細々と年金生活を送るかっての企業戦士たちは国の借金の行方に明日をもしれぬ不安に脅かされ、資本家同士の競争に負けた企業から放り出された若い労働者たちは、これまた明日をも知れぬ不安な生活を送っている。
  解体されてしまった日本の労働者階級のパワー、そして「消費者」として資本家のもたらすモノ(商品)を消費することだけに生きがいを見いだす「中間層」上層部の人たち、そしてそれを「平和で豊かな生活」として演出し、それを護るために軍隊が必要であるという思想を支配的にしてしまった政権、これがいまの日本である。
 TVや新聞は「売らんかな」の派手な広告で彩られ、繁華街でも「何とかセール」で人々がごった返し、世の中は華やかな繁栄の中にあるかのような幻想が演じられている。
 なんという空虚な繁栄だろう!!これが本当の平和な世界の姿なのだろうか?
2017年はロシア革命100年の年で、今年は明治150年の年なのだそうだ。もはやあの革命の時代は遠い過去になってしまったようだが、それだけ世の中に鬱積した問題がじわじわと増しつつあるように思える。
 さて2018年はその鬱積した矛盾がどのような形で噴出するのだろうか?おそろしくもあるが、それが歴史の必然というものかもしれない。
 

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