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2018年3月 2日 (金)

過剰資本の「不生産的処理」についての考察(4)

 こうして本来資本家にとって不生産的な消費が資本家に莫大な利潤を獲得させているのであり、それは際限のない「無駄な消費」の拡大とそれによる自然環境の破壊と資源の枯渇などの破滅的結果をもたらしているのである。

 これまでの分析で、20世紀後半から変貌した資本主義経済体制がそれまで恒常化して生産的資本を圧迫してきた過剰資本を、資本家の利潤としてのm部分の一部を労働賃金にvmとして上乗せする形で労働者に前貸しし、その貨幣が労働者の生活資料と交換されその消費を拡大させることで「不生産的消費」を拡大させ過剰資本をそのような形で(回転を速めながら)処理させることで生活資料商品を生産する資本家の手に増大した利潤として取り戻されることで、結局資本家階級全体がそれを分配して潤うという構造であることが分かった。この循環過程で不生産的消費が「不生産的」であるにも拘わらず資本家の蓄積(m部分)をスムースに増やせるように国家が中央銀行を通じて貨幣発行量や貸し出し金利のコントロールを行ない貨幣流通の速度を速めることによって資本家階級の利潤増大を支援しているのである。だから事実上生活資料商品の物価が上昇し、労働者にとっては実質賃金が減少するにも拘わらず「インフレ政策」が必要なのだ。明らかに矛盾である。

 こうした歴史的背景のもとで登場したのがvmによって潤う労働者、いわゆる「中間層」つまり富裕化した労働者階級である。かつてマルクスの時代には労働者階級窮乏化説が主流であったが、現代の資本主義では労働者階級は窮乏化せず、富裕化することで生活資料を次々と買い換えながら消費していく「豊かな生活」を営んでいるように見える。だから「自由で豊かな生活ができるのなら資本主義社会でいいではないか、誰でも努力次第で起業して新興の資本家にもなれるし、いまさらあのかつての独裁的で自由のない息苦しい「社会主義」などに変えなければならない理由などどこにもない。」と考える人たちが多い。

 しかしこれまで述べたことによって実はそうでないことが分かる。労働者は生活資料を大量に消費させられ、労働者の「増えた所得」と見える部分は結局資本家の手に回収され資本家を肥えさせる手段なのである。だから労働者階級は実際には生産的労働を行っているにもかかわらず「消費者」とよばれており、その労働の目的や形態を彼の目的実現のために決定する資本家が「生産者」と呼ばれるのである。

 また富裕化した労働者階級の一員が起業し、既成の資本家達が営む企業が巨大化して経営体制がさび付き「小回り」が効かなくなっている状況を縫って「自由競争市場」の原則の中で新規事業(例えば最新のAi技術を用いた新製品の開発など)に参入し、莫大な利益を上げながら「成長」する(Microsoft, Apple, Google, Amazonなどのような)新興資本家達はそのような形で資本主義体制自身を「更新(Version up)」し世代交代を促しながら「活性化」させているのであるが、これもそうした起業家への既成資本家からの巨額の投資によって支えられている。つまり既成資本家の蓄積したm部分からこうしたリスク含み(新興資本家同士の競争によってこれらの多くは消滅して行く)の投資に余剰となった貨幣が回されるのである。

 いずれにしても巨大化した資本の「おこぼれ」によってそれらの新興資本家達は起業し、資本主義体制自体を更新するのであるが、中間層化した労働者階級の支出する過剰消費に回すために前貸しされたvm部分が資本家の手に戻るときにさらに増えているという過剰資本の「不生産的拡大」のサイクルが基本的にそれをサポートしているのである。こうして「自由で豊かな消費社会」によって加速度的に過剰消費を増大させ、それによって地球規模での環境の破壊や資源の無駄遣いを速めている。

 さらには、こうしたグローバル資本がつぎつぎに労働力の安い国の労働者への搾取を拡大させることで、いわゆる「開発途上国」では農業が破壊され、大量の農業人口の工業労働者への移動が加速している。世界中で一方では人口がどんどん増加しながら他方では耕作地は荒廃し食料の供給が減少していっている。もちろん一方では巨大資本による農業の大規模経営化と工場化が進み、農民は農業労働者としても資本に吸収され、それによって大資本が集中的に農作物を工場から大量出荷することになるかもしれないが、いずれにしてもこうした低賃金労働によってもたらされた価格の安い生活資料が「先進諸国」に輸入され、「価格破壊」を起こすことで、その国の労働者の最低賃金(va)水準を引き下げることとなり、それがvaとvmの差を増大させ「格差拡大」の基礎を与えることになる。

(部分的な修正があります)

 しかもその農業資本家が経営破綻に陥ったときには一気に食料供給が滞ることにもなる。この事実はやがてこの地球上に大規模な危機と混乱をもたらすことが目に見えている。しかしこれまで述べてきたようにいまの資本主義体制のシステムはその本質上これを防ぐことができないのである。

 そしてもう一つ、最後に、一方で資本家の「おこぼれ」をちょうだいすることで富裕化する労働者(彼らの多くは資本家に多くの利潤をもたらす労働部門での高度な頭脳労働力を提供する知識労働者(高プロ)である)がおり、他方でその「おこぼれ」に与れなかった労働者(彼らの多くは高度な頭脳労働力を養成するための教育を受ける余裕がなかった人たちである)の貧困化が急速に進んでいる。いわゆる「格差」拡大である。

  たとえば高度消費社会化した資本主義国では労働賃金のVa部分自体が増加している(生活必需品全体の価値が増加している)ので、いわゆる「開発途上国」の労働者が必要とする生活資料の価値部分よりそれがはるかに大きくなっている。したがって同じ労働をこなすことができる労働者であればこうした低賃金ですむ労働者の住む国での労働力を購入する方がはるかに有利となるので、「高度消費社会化」した国の労働者は雇用主である資本家たちから冷遇されvmとしての「おこぼれ」を頂戴できないばかりか、va部分すらもらえない状態となり、やがては失業することにもなるのである。

  いま「高度消費社会化」したいわゆる「先進諸国」において、資本のグローバル化に比例して国内にこうした貧困化した労働者がどんどん増えつつある。当然彼らはもっと安い賃金で働く移民労働者の入国を阻止しようとする。こうして同じ被搾取階級としての労働者でありながら、互いに国境を挟んで対立するという悲劇的な形をとってマルクスの労働者階級窮乏化説はいまも依然として生きているのだ。

 しかしこれを「格差」是正の問題として把握し、富の再配分を考えねばいけないという主張(例えばピケティーなど)は問題を単純化しすぎている。なぜなら、さまざまな形の労働で社会全体を支えている労働者階級の労働の目的やあり方を、生産手段を私有する資本家階級が支配し、労働者の労働の結果が生み出した富を、資本家階級の所有物とする社会システムが続く限り、つねに「社会的富」は資本家階級のために存在し、労働者階級はその労働力の再生産に必要な価値とそれにせいぜい付け加えられる「おこぼれ」にあずかることでしか生き延びることができない。そればかりかパリ協定は無視され、世界中の資本家が互いに利益獲得競争に勝つために蓄積された資本の大半を「無駄な消費の拡大」に投入することで生き残りを掛けており、そのシステムがやがてもたらすであろう致命的矛盾の爆発と破壊を誰も回避することができないのだから。

(おわり)

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