« 過剰資本の「不生産的処理」についての考察(4) | トップページ | 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(2) »

2018年3月 8日 (木)

過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(1)

 前回まで4回に渡る連載投稿「過剰資本の不生産的消費に関する考察」で分析した資本主義経済体制がもたらす様々なその現実形態について考えてみよう。

 上記の分析で私はマルクスの社会的総生産における拡大再生産の条件というある意味で普遍的な観点に基づいて、それが現代の資本主義経済ではどのような形で行われているのかについて考察した。その結果は要約すれば次の様なものである。
 資本主義経済体制は、資本家が私有する生産手段の一部が生産過程で生産物に移転した価値部分(c)と、労働者が賃金と引き替えに資本家に売り渡し彼のための労働で消費する労働力を自ら再生産するために必要な生活資料の価値部分(v)を生み出す労働、およびそれを超えて行われる労働(不払い労働)が生み出し資本家の私的利潤となる価値部分(剰余価値: m)を含む労働が対象化(c+v+m)された商品の販売によって受け取った貨幣によって私的所有財産部分を増やしながら、同時に再び生産手段と労働力を購入することで生産を続け、拡大していくことができる体制になっているという資本主義経済のいわば基本形態が前提である。
 この体制は、しかし市場の流通を通じて資本家同士の「自由」で無政府的競争に勝ちながら利潤を拡大させていく過程で生産の「合理化」や労働時間の延長などによって、どんどん生産力を高めることとなり、やがて資本家の生産手段を生産的に消費できる限界を超えて生み出される過剰資本が蓄積され、これが拡大再生産を阻むことになるのである。
 この矛盾を乗り越えるために今の資本主義体制では、労働賃金部分(va)に資本家の私的利益の一部(vm)をv=va+vmとして忍び込ませ、それが労働者による生活消費財の消費を拡大させ、その回転を速めることで資本家にさらに多くの利潤(m')を獲得させていくという仕組みである。過剰資本をいわば過剰消費(不生産的消費 )によって「有効利用」する処理形態である。
 そこでこうした資本家の「おこぼれ」ともいうべき労働賃金に上乗せされたvm部分を受け取りそれを高額生活資料商品の購入や娯楽、レジャーなどに消費できる労働者階級が登場し、彼らは「豊かな中間層」と呼ばれるようになった。しかしこの「おこぼれ」はもともと決して労働者自身の私的財産として蓄積されるものではなく、絶えずそれを消費に回し資本家の手に大きくなって回収されるために資本家によって前貸しされた部分である。だからもともと「豊かな中間層」の消費生活は資本家の蓄財の手段であり、資本家達とその代表政府は、過剰消費のもたらす環境破壊や資源枯渇などにお構いなく、いつも「消費拡大」を叫び続けるのである。
  そしてあたかも「労働者の生活を豊かにするため」かのように言う賃上げやボーナスは、その前貸し金以上の利潤を資本家達が獲得するための手段に過ぎないのである。
 しかしこの「豊かな中間層」は、「個人の自由」を第一とし、労働者の権利をこうした個人生活の豊かさを保障するために行使することに終始し、あるときは「会社を護るため」資本家達とともに彼の競争相手に勝つために犠牲をいとわない。つまり自ら「支配的イデオロギー」の一環を担う存在になってしまった。
  そして肝心の「賃金奴隷」的存在としての本質から逃れ、自ら社会的生産活動の主体性と主導権を握るための階級的連帯と闘いを放棄してしまったのである。それが労働者階級の中にいわゆる「リベラル派」的な特有の思想状況を生み出した地盤であり、こうした地盤の上に出来たのが「連合」のような労働組合組織である。
 ところがこの資本主義体制は、その必然としてグローバルな資本家同士の競争を激化させ、そこではいわゆる「低賃金国」の労働力を獲得する激烈な競争が展開される。拡大再生産を続けるためには、労働賃金として支払われる労働力の再生産費(v)に対する剰余価値部分(m)の比率(m/v)が高くなる必要があるからである。
  この状況で、「低賃金国」で生産された安い生活資料商品が「先進諸国」に輸入され、それらの国々での生活必需品が一気に値下がりする。いわゆる「価格破壊」が起きる。すると一見、労働賃金が変わらなくても実質「可処分所得」は増える様に見える。したがってその「可処分所得」は高額消費財や娯楽、レジャーなどに回される。こうした「不生産的」産業領域に投資する資本家は莫大な利益を上げ、これらは市場での原理にしたがっていわば資本家階級全体として平均化されて各資本家を潤す。
  その増えた m' 部分は今度は、それでも過剰になる資本を「低賃金国」の労働者が消費する生活資料商品の市場に投資され、そこは低賃金労働の搾取の場であると同時に巨大な生活資料商品市場に変わっていく。その「低賃金国」の支配政権はこれを「経済成長」という。
 そして国内の労働者は「高賃金化」した生産的労働から徐々に排除され、「付加価値」を生み出す不生産的産業に吸収されていく。こうして例えば日本の「ものづくり」産業は衰退していったのだ。そして生産的労働の労働力商品市場では高度な頭脳労働によって労働市場で「高く売れる」労働力を持つ労働者のみが生き残っていく。
 こうして「中間層」の上層部と、そこから排除され下層に落ちていった労働者群の「格差」が増大する。下層に落ちた労働者達はその階級としての拠り所を失い、「ポピュリズム」や過激な思想に押し流されていく。
(続く)

|

« 過剰資本の「不生産的処理」についての考察(4) | トップページ | 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(2) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/66473200

この記事へのトラックバック一覧です: 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(1):

« 過剰資本の「不生産的処理」についての考察(4) | トップページ | 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(2) »