« 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(1) | トップページ | 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(3) »

2018年3月 9日 (金)

過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(2)

 こうして労働者階級の内部は上層と下層に分断され、互いに対立する関係となっていった。上層部の労働者は資本家階級に抱き込まれ、非正規雇用を中心とした下層労働者は連帯の基盤となる組織も思想も失いバラバラに孤立した現代版「ルンプロ」になっていった。

 この労働者階級の分断と「格差拡大」の背景には、労働賃金に上積み(va+vmとして)される資本家の利潤の一部(vm)の必要最低限度の労働賃金部分(va)に対する割合(vm/va)の違いとして現れる。上層部の労働者はこれが高く、下層労働者は低い。

 そして実は上層の労働者にも下層への転落の危機は常にある。それはいわゆる「技術革新」や「流通革命」などによりこれまでの労働内容が不要になることがしばしば生じるからだ。例えば、様々な異なったデータから何か有意な要素や意味を読み取ろうとする高度な情報分析労働は、AI によるデータマイニング技術の発達により駆逐される。また国内の生鮮食品産地からの買い付けを巧みに操作して卸売価格を維持してきた仲買人は格安の外国産食材の大量輸入により職を失う、などなど挙げればきりがないのである。

 こうして下層に突き落とされた労働者はva部分のみの賃金で何とか生活を維持しなくてはならない。そこで100円ショップのような生活資料を格安で販売する資本家が登場する。この百均などで売られる格安商品は当面の役に立つがすぐダメになり廃棄されるようなものが多いが、それを生産する労働者(いわゆる「低賃金国」の労働者が大半である)はさらに低賃金の過酷な労働によって搾取されているのである。

 そして上層の労働者の生活を潤す、高額生活資料や奢侈品は、高級ブランド品や有名デザイナーがデザインした製品や工芸家の作品であったりする。これらの生産物を生み出すためには社会的平均労働時間をはるかに超えた製品、例えば伝統的手作りの製品とか、何ヶ月もかけて制作した作品などもあるが、多くは一般の工業製品と同様な生産方式で作られ、それが「有名ブランド」が付けられることによって驚くほど高価で売れるようになるものが多い、いわゆるブランド商品である。

  例えばグッチやイヴサンローランなどの衣服や装身具がブルガリアなどの低賃金労働者によって作られていることはよく知られている。つまり社会的平均労働量の支出を表す本当の価値は同じでもブランドが付くだけでそれが高価な価値を持ったかのような商品に変貌するのだ。これは価値が市場における需要供給のバランスで決まる価格としてしか表現されない資本主義経済特有の形態であり、「不生産的」領域の典型である。いずれにしても高額な賃金を獲得している労働者はこうした製品を購入するためにvm部分を支出する。そして生活意識の上でも彼らは資本家と区別が付かなくなっていく。

 さらにvm部分は、観光やレジャーなどにも大量に支出される。何十万もする海外旅行や豪華列車ツアーが人気を呼び、豪華ホテルなどでの行き届いたサービスを満喫する。そしてこの分野での「売り上げ」を大きく延ばす。またゲームソフトやアニメなどが一大産業となり、そこには親が比較的裕福な若者達が群がる。しかしまたほとんどvm部分にあずかれない下層労働者も住む家がなく安宿に泊まりながらスマホのゲームなどで孤独な生活に救いを求めることも多い。そうした産業は労働者階級の格差を包み込みながら発展していく「不生産的」分野である。

 しかしこうした「不生産的」産業は前に述べたように社会的再生産における「奢侈品」(IIb部分)として資本家が労働者への不払い労働で獲得した剰余価値(m部分)から支払われた貨幣で買われる商品であり、決してmを超えることのない(m>IIb)存在なのである。それが今日ではただ労働者階級の賃金の一部(vm)という仮の姿を以て労働者の手から支払われるに過ぎないのである。

 そして生活消費財商品以外のすべての労働者階級の日常生活そのものが「商品化」される。例えば、誕生と同時にベビー用品、育児用具やヘルパーさんの仕事が必要となりそれらはすべて商品化される。そして教育にかかる費用も莫大なものになる。将来労働力市場で高く売れる労働力を養うために労働者階級は労働賃金から多くの部分を子どもの教育費に支出しなければならないのだ。これはvm部分が多くない労働者には重くのしかかる。資本主義社会では社会を支える労働力の育成はほとんどすべて労働者個人の負担によってなされるのである。そしてそこにまた「教育産業」という特有の資本形態を生み出し、これが多額の利潤を上げる。

 さらにこうして一人前の労働者になっても、やがて結婚し、新しい生活を営む上で必要な住居が大きな負担となる。これは本来生活必需品として労働賃金のva部分に含まれるべきものであるが、それが驚くほど高額(そもそも人間の作ったものではなく価値のないはずの土地が高額な商品として売買されることがその要因である)で、賃貸住宅にしてもその月々の家賃は重くのしかかるし、持ち家とも成れば、長期ローンを組んで借金として労働賃金の何十年分までもが「先取り」されるのである。そして、この借金をやっと返済し終えたときにはこの労働者は定年を迎え、退職する。つまり生涯掛けて生活必要資料を購入するためにその労働者としての人生を送ったことになるのである。

 そして最後に老後の生活はわずかな年金をもとに残された時間を自分の失ってきた人生を取り戻すことに使われる。だがやがて老化する身体や頭脳は衰え、「要支援」の生活を余儀なくされる。そこに投入されるべき社会保障はもともと彼ら労働者階級が生み出した価値の一部(m 部分として)でありながら、それを十分に使うことさえままならず、政府や支配階級からは「カネを掛けても仕方のない」存在であり「早く逝って欲しい」存在として扱われるのである。

 これがいまの典型的な労働者階級の人生であり、それがまさに「賃金奴隷」であるということの証明である。

(続く)

|

« 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(1) | トップページ | 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(3) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/66476240

この記事へのトラックバック一覧です: 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(2):

« 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(1) | トップページ | 過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(3) »