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2018年5月 5日 (土)

「ベーシック・インカム」をめぐる論議の致命的盲点

 今朝のNHK-BSTVで海外の論者を中心にした「ベーシック・インカム」に関するディスカッションが放映されていた。「ベーシック・インカム」とは、この討論会にも出席していたロンドン大学のスタンディング教授が1980年代から主張してきた考え方で、すべての人に生活に最低限必要な費用を「ベーシック・インカム」として与えるというシンプルなアイデアである。

 生活保護制度などではその基準の判断が難しく、しかも詐称による受給などが絶えないので、一括してすべての人を対象にすれば問題はなくなるというわけらしい。
 しかし、当然その財源はどこから得るのか?という話になる。同じイギリスのロンドンカレッジ・オブ・エコノミーの先生は富裕層に高額な課税を課すべきだと主張するが、スタンディング教授はイギリスの場合はいまの税制での無駄を是正すればそんなことをしなくても済むと主張していた。
 一方で日本のみずほフィナンシャルのトップは、そんなことをしては労働者が働く意欲を失う。すべての人に「結果」として一律インカムを与えるのではなく、子どもへの教育費補助や働き方改革などで「機会」の均等化を考える方がよいと主張する。
 もうひとりのアメリカのベンチャー企業のCEOは、一番問題なのはいまAI技術が急速に進歩して、やがて労働者の仕事の大半がロボットなどに置き換えられてしまうだろうということだ。これによって仕事がなくなる労働者が増えるので「ベーシック・インカム」が必要になると考えるべきではなく、むしろ人間がやるべき本来の仕事がはっきりしてくるので、労働の形態全体が大きく変化するだろう。すべての人に一律な収入を与えることは、自助努力の意欲を削いでしまうが、そうではなくこうした新たな労働形態の中で自分の可能性を見つけていくようにすることが大切だ、と主張する。
 このようなディスカッションを見ていてもっとも気になったのは、ここに出席している人たちがすべて労働者の立場を「上から目線」で「救済の対象」として見ていることだった。なぜこの場に労働者の代表が出ていないのか?これが「中立的立場」を主張するNHKだからなのか?
 とにかく、この「ベーシック・インカム」の話は労働者階級の立場からすればずいぶん馬鹿にしている話だといわれても仕方ない。
 なぜならば、世界の富の90%以上が一握りの富裕層に握られており、いま「富の再分配の仕組み」が破壊されていることが問題なのだとする共通認識が出席していた論者達の間にありながら、そもそも「富の再配分」を云々するなら、その富は一体誰が生み出した富なのか?が問われていないのである。
  世界中であらゆる国の労働者たちが日々営々と働いて生み出している莫大な富を、資本主義社会の仕組みが当たり前のようにそれら労働者を雇用して労働力を「富の拡大」のために惜しみなく使っている人々に吸収させ、その富の私的所有権を合法的に認め、その上でそれをいかに資本家同士で分け合うかを決める経済システムや法制度があり、労働者は単に富を生み出すために必須な道具としてその存続を認められているという矛盾に充ちた社会の中で、資本家の「貧者への施し」に過ぎない「ベーシック・インカム」をあたかも「富の再配分」であるかのように論じる立場は根本的に間違っている。
 こうした現実を問題にすることなく、「富の再配分としてのベーシック・インカム」を論じ、「働く意欲」だの「自助努力」だのを問題にするということ自体が如何に「上から目線」であるかを知るべきではないのか?

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