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2018年8月 1日 (水)

デザイン論研究をめぐっていろいろ疲れる今日この頃

 地球温暖化のせいで毎日続くこの異常な暑さで、昼間は外出するのもいやになる。それに加えて、2年ほど前に引き受けたある事典の分担執筆の初稿がいまごろやってきた。1960年代にまだ私が大学院生だったころ勉強したデザイン方法論の論者6人分の項を受けもたされているのでその頃の文献を収集せねばならず大変苦労して書いた原稿だが、査読者からいろいろクレームがついてまたまた原典を一つ一つ当たらねばならなくなった。疲れる!

おかげでせっかく再開始した「新デザイン論(仮題)」の執筆もほとんど進まなくなった。
しかし、いま自分が書いている本の内容と1960-70年当時に研究対象にしていたデザイン論の立場とはなんと違うことか!われながらその間の自分の立場と考えていることの変化と、同時にそれをもたらした時代の変化をひしひしと感じている。
 一方でいまの大学などで研究教育の対象となっているデザイン理論は当時のデザイン論からどれだけ進歩しているのか?正直いって疑問である。というとまるで自分の考えていることがそれよりずっと先を行っているように思われるかもしれないが、そうではなくて、要するにデザインの現実や現状に対するとらえかたの違いなのである。
 デザインを職業としている人々の労働の内容が、いまの資本主義社会特有の分業種の形態であると言うことへの自覚の問題である。いまのデザイン教育やデザイン研究はそれをいわば普遍的なデザインの形態としてとらえているが、私はそれを歴史的な特殊な形態として見ているという違いなのである。
  この40-50年の間、私はこの問題にずっと悩み続けてきた。自分の専門とする領域のもつ致命的問題とその教育を職業としている自分との間のギャップである。たえず2極化した自分の内面に押しつぶされそうになり、ここから逃げてしまおうと考えたこともあったが、なんとか踏みとどまった。そして現役からリタイアして10年やっとそれを1冊の本として出そうという気持ちになっているのである。
 このところ健康診断でさまざまな問題が見つかり健康状態は決して良いとはいえないので、あと何年こうした頭脳労働を続けられるか分からない。それもあってことしはことさら暑さが身にしみる。
 しかもそれだけではない。いまわれわれが置かれている社会の状況は刻々と悪い方向に向かっており、われわれの次世代の人々の生活がどうなっていくのかを考えるとじっとしてはいられなくなる。しかしいまのところどうすればよいのか分からない。こんな歳になってはあまり世の中のためになることはできそうにない。せいぜい自分の考え悩み続けてきたことを1冊の本にして世に問い、いまの若い世代の人たちの考え方や生き方になにかしら参考にでもなればという思いである。
  問題は、この本を出版してくれる会社があるかどうかである。商業ベース主体の現代の出版社はあまり売れそうにない本など出版してくれるかどうか分からない。売れる本しか出版しないいまの社会は事実上言論の自由が奪われているとみるべきかもしれない。

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