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2018年9月 9日 (日)

「災害立国」日本での長期的防災政策の不在

 今朝のNHK-TV日曜討論で、最近度重なる自然災害に見舞われた日本の現状とそれに対する防災の問題が討論されていた。顔ぶれは大学の研究者、企業の経済研究所や公的援助機構の人、そして行政側からの人であった。

 いつもの政治家たちの様な政治的駆け引きを交えた論議と違って、真摯な討論だったと感じた。
 しかしその中でいくつか重大な問題があまり深く討論されていなかったのが気になった。それは次の様な問題である。
(1)電気、水道などの基盤インフラが経済的効率化のため中央集中型になっていることによるリスク集中化と局所的災害が広域へ一気に拡大するという問題。
(2)人口の大都市集中化による災害非難の問題。例えば東京の数百万の人が住む海抜ゼロメートル地帯からの非難の困難さと災害後の復旧の問題。
(3)「自分の身は自分で守る」自助努力の推奨と、単身高齢者の増加とその救助の問題の間の矛盾。
(4)国家の財政難を理由とした防災予算削減と急増する自然災害の「人災化」の問題。
などである。
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(1)は北海道の苫東厚真火力発電所の地震による停止が一気に全道の停電を引き起こした問題がきっかけであるが、東日本大震災での福島原発停止による首都圏での「計画停電」の問題もあった。完全電化やIoTなどによる便利で「スマートな」生活が大企業の宣伝でどんどん進んだが、それがかえって電気に頼りすぎる生活を生み、肝心の電源インフラの不全が問題となってきたのだ。また関空の高潮による水没もあの埋め立て地に空港を作ればこうした問題がいずれは起こることが分かっていたはずだ。なのに経済的な「費用対効果」の観点からこれがおろそかにされてきた。これは民間企業による開発競争で政府が巨額の公共投資をしなくてもインフラが出来ていくという「新自由主義」的政策の必然の結果であるといえるだろう。
(2)は、すでに何十年も前から言われていることで、地方は過疎化と高齢化が進んでいる一方で働き手が仕事を求めてどんどん大都市圏へ集中し、大都市人口集中化が進むことで、当然リスクの増大が問題になる。なぜこのような社会的アンバランスが起きるのか?これに根本的な手を打たねばこの先どうなるのか?このような分かりきった問題になぜ政府がもっと真剣な長期的計画を立てられなかったのかが大問題だ。
(3)「自助努力」の推奨は東日本大震災以来、「つなみてんでんこ」という古い言い伝えから学ぼうということで広められたが、その一方で独り暮らしの高齢者が増える地方や地域ではこの言い伝えは通用しない。コミュニティーが崩壊していく中で、「自助努力」が強調され、また行政からは「人手が足りなくなっていくので住民の自助努力が必要」と言われるのでは、あたかも「高齢者は災害でどんどん死んでくれて助かるのだ」とも言わんばかりに聞こえる。
(4)一方で「イージスアショア」など「仮想敵国」の攻撃に備えるなどと強調し、アメリカの軍需産業から法外な価格での兵器や軍事設備を買わされることに国家予算が割かれ、必ずやってくる大災害への長期的備えがまったくおろそかになっている(アメリカやイギリスでは防災予算が倍増しているのに日本では減らされている)という現状に、現政権を支持する人たちはどう考えるのだろうか?これはヨーロッパなどに比べて自然災害がダントツに多い日本での自然災害をよりひどい形で「人災化」させることになるのではないか?
 アベノミクス1だか2だか知らないが、その経済成長至上主義の結果はこうした国家的最重要課題に少しも生かされていない。
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政府御用マスコミのNHKの討論会ではこのような深い問題の討論を期待するのは間違えだろうと思うが。

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