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2018年9月 7日 (金)

「災害立国?」のための予算編成を

 大雨、洪水、台風、地震と今年の夏は災害オンパレードだった。その中で亡くなられたり、生活を破壊されてしまった人たちは本当にお気の毒だし、どこに怒りをぶっつけてよいのかも分からず鬱屈した日々を送られているのではないだろうか?

 日本はもともと災害の多い国で、そのことは歴史を紐解いてみるまでもない。しかし、このことがまた逆に地域の助け合いや結束力を強める力となっており、それが我らのパワーの源の一つにもなっていると思う。だからここで敢えて「災害立国」と言っておこうと思う。
 しかしこの「災害立国」においては繰り返される災害がどれほど教訓化されているのだろうかと首を傾げたくなる。例えば東日本大震災は「想定外」とされ、想定を超えた津波で原発が停止、冷却不能に陥り、メルトダウンした。その被害は甚大なものだった。それなのに、その後誕生した安倍政権は、原発を主要な電力供給源として維持し、40年を目途に今後も運用を続ける意志を表明した。しかし原発が廃炉となったとき、その後始末の目途はたっていない。廃炉に30年かけても核廃棄物の処理はまったく見通しが立っていない。なぜ50年先を見通した、原発に代わるエネルギー供給源の開発に力を注がないのか?
 事実今回の北海道での地震の際、苫東厚真火力発電所が発電不能に陥り全道が停電したときに、泊原発の電源が停止した。しかし緊急用ディーゼル発電機による冷却電源の維持は危うい橋渡りだったようだ。一歩間違えば、稼働停止中といえども核燃料の冷却が止まればやがて臨界を超えて大変なことになりかねない。
 この地震も「想定外」ということで片付けるのだろうか?わが「災害立国」には想定外などあってはいけないのだ。いつか必ずやってくる大災害に国家予算を十分に割くこともせず、妄想とも思える「仮想敵国」からの攻撃に備えたイージスアショアなどに莫大な国家予算を割いている。
 今年度何兆円も増額された防衛費に比べて確実視される南海トラフ地震などの巨大災害への準備に割く予算は少なすぎるのではないか?むしろこの増額される防衛予算のすべてを災害準備予算に回すべきなのではないのか?
 一方でアベノミクスによる円安でがっぽり儲けたグローバル資本の企業は内部留保が400兆円を超えるらしい。ただでさえ家計の苦しい働く人たちから消費税の増額であらたな税を搾り取るのではなく、 こうした企業こそ「災害立国」の政府に巨額の税を納め、災害準備予算の増額に寄与しなければいけないのではないか?

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