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2018年10月23日 (火)

マルクス生誕200年シンポジウムに参加して(全体の感想)

(前回からの続き)

 まず、大内氏の記念講演については、私にとっては非常に新鮮だった。しかし敢えて言えば、大内氏は理論家として、モリスや宮沢賢治といった実践家の運動に見る社会主義が「まぶしかった」のではないかと思った。この講演を聞きながら、かつては工業デザイナーを目指し、デザイン教育の場で働いていた私自身もいまそこから遠ざかっており、思考が空回りしているようにも感じるからだ。

  モリスが行ってきた工芸運動が否定的にではあれ20世紀モダンデザイン運動に引き継がれ、第一次世界大戦後の社会民主主義の影響を強く受けたバウハウス運動に結実したこと自体は評価すべきだと思うが、それはモリスが否定した資本主義生産様式特有の機械制大工場での疎外された労働による生活資料の生産を結局は受容する形となり、その後、資本主義的分業種としてのデザイナーの労働が登場したことは歴史的事実である。工業デザイナーの労働は20世紀型資本主義的分業種に特有の「疎外形態」をもつ頭脳労働だからである。これについてはいま執筆中の私の本の中で詳述するのでここでは省略するが、要するに、マルクスの社会主義がソ連型となって20世紀末に破綻したということの理由についてはもっと深く掘り下げて考察しなければならないのに、それがマルクスへのモリス的視点が欠如していたことに根拠を求めること自体が安易であると思う。

  研究者としてはやはりモリスやオーエンの「社会主義」とは一線を画する段階で登場したマルクスの社会主義の本質とその理論の深さを理解することが求められているのだと思うし、そこにこそ「ソ連型」といわれるスターリン主義的エセ「社会主義」への徹底した批判を行う理由があるのだと思う。かくいう私は大内氏の足下にも及ばない「マルクス学徒」であって、専門的研究者でもないので、むしろ宇野弘蔵や大内氏たちの後継者こそが頑張って欲しいと思う。後継者とは師匠のマネをするのではなく師匠を徹底的に批判してそれを乗り越えることが求められているのだと思う。ヘーゲルを師匠であると公言したマルクスが、その師匠を徹底的に批判してマルクス主義の新たな地平を生み出したのだから。

 次に第4分科会に参加して、まず感じたことは、協同組合運動という実践活動を長年やってきている人たちであって、その経験と実績は私などのような実践活動の経験が乏しい研究者にとってはある種の畏敬の念を感じざるを得ないということだった。そんな私の立場からとてもではないが「物言い」など付けられない。しかし、敢えてここで私の辛口の感想を書かせてもらおうと思う。

 まず第4分科会全体として、マルクスの社会主義との関連を通じて資本主義的生産様式への徹底した批判とその克服への道を探ろうとする視点が弱いと思われた。このことは大内氏のような理論研究者が実践活動へのある種のコンプレックスを(おそらく)感じているのと裏表の関係にあり、実践活動の実績と経験の豊富さ故にかえってその活動の社会的意味や歴史的使命を明確にしようとする思考が働かなくなっているのではないかと感じられた。

 やはりいまの資本主義社会全体を覆っている支配的イデオロギーとしての「市民意識」の限界を自覚すべきであり、生産の場で疎外された労働を行わざるを得ない労働者階級が、そこから受け取った賃金で、生活資料市場で資本家の販売する商品(実は自分たちが資本家企業に雇用されて生産した商品)を購買する(つまり買い戻す)、ことに存在意義を与えられ、実際は生産者であるにも拘わらず「消費者」として祭り上げられ、資本家階級の利益追求に奉仕しながら労働者としての階級意識が「市民意識」という形に染め上げられてしまっているいまの社会の矛盾を掘り下げるべきではないだろうか?こうした賃労働と資本の関係に基づく生産と消費の矛盾がいまだに基盤となっているのが現代のグローバル化した資本主義社会であり、その中でただ、生活協同組合の様な活動を市民運動的に拡大して行っても結局は資本の市場の法則に組み込まれざるを得なくなる。

 もちろんこうした生活協同組合などの実践活動という形で、資本主義社会が克服された後に実現すべき生産・消費システムの原型を「いまこの場」から創っていくことは必須である。しかしそれは同時に、一方でその活動を階級闘争の一環としてリードしていくべき政党組織などが必須であると思う。そうした政党組織自体はいうまでもなく、スターリン主義的な独裁体制ではなく徹底的に民主的運営を行えなければならず、その活動の中で自分自身も意識的に変革され「支配的イデオロギー」から解放されて行かなければならないのだと思う。

 随分偉そうなことを書いたが、これは私自身への反省でもあり、すでに人生の終末に近づいている人間としてあの幼少期に体験した太平洋戦争とその後の厳しい食糧難、住宅難の生活、そしてその後「高度経済成長」の時期にもっていた「デザイナーへの夢」の欺瞞に気づいたときの衝撃や、その後バブル経済のバカ騒ぎがもたらした「豊かな世界」の欺瞞と退廃をずっと見てきた一人の人間として、これがいま思うことなのである。

  戦後日本の資本主義社会の中に生きてきた私の人生そのものが「疎外された知識労働者」そのものであったこと、そしてその自覚からの私なりの「場所的な闘い」がいまの若者たちにとって何か意味を持つのではないかと淡い期待をもってこのブログを書いているのである。

(以上)

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