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2018年10月 3日 (水)

S. バルトリー二氏と小谷氏のトークセッションの概要(その1)

 10月2日、連合会館で「幸せのマニフェスト」の著者、ステファーノ・バルトリーニ氏と大妻女子大学の教授で「怠ける権利」の著者、小谷敏氏のトークセッションがあったので参加してきた。

 トークセッションでは小谷氏がバルトリーニの「幸せのマニフェスト」を読んで、その感想を述べたあと、バルトリーニ氏が「幸せのマニフェスト」の概要を解説した後、小谷氏とバルトリーニ氏の間でのやりとりが行われ最後にフロアからの質疑があった。
 まず小谷氏は、日本人の働き過ぎが不幸をもたらしている、と主張、そしてケインズがかつて、テクノロジーが急速に発達するので、2030年代には人々は1日3時間働けば済むようになり、経済は人々の主要な関心事でなくなるだろうと、予測したにもかかわらず、その後覇権国となったアメリカでは人々の欲求を無限に亢進させることで発展する資本主義を世界にまき散らした、と主張。その上で、過労死を生む日本社会の歪みをつぎのような時代別でとらえた。
(1)1950年代:日本はまだ貧しかった時代で、各種の共同体(労働組合、農民組合、婦人会、日教組)は権力に対する抵抗の基盤となっていた。
(2)1960年代:サラリーマンの時代:企業や公官庁に雇用されそこに従属して働く勤労者の平均像としての「サラリーマン」。しかし一方で労働組合もまだ力を持っていた(むかし陸軍いま総評といわれた)フリーライダーや無能な社員にも寛容な時代、「そうした人々を養うことで購買力を増すケインズ政策の故か?」としている。
(3)1970-90年代「社畜」の時代:ドルショックとオイルショックで欧米経済が低迷する中、日本の製造業が競争力を増し、1980年代には世界市場を制覇し莫大な外貨を稼ぎ出した。それによるバブル経済の発生。企業別労働組合は企業側の「減量経営」に協力し、怠け者、無能者は企業から排除される(排除型社会)。その結果過労死問題が発生する。バブル崩壊で経済は急速に減速し、失業への不安が増し、企業に飼料を与えられる「社畜」という言葉が流行した。
(4)1990年代後半-現在まで:「棄民の国家」の時代:1990年代後半から2000年代前半にかけて「就職超氷河期」となり、非正規雇用が増加し、非正規雇用の若者は働く意欲のない「怠け者」扱いされた。政府は非正規雇用の許容範囲を一気に拡大し、現代の「棄民」である非正規雇用は急速に増加した。その結果、若者たちは「企業に雇用されなかれば生きて行けない」という意識を植え付けられ、過労死を生む企業社会秩序への「自発的隷属」に向かうようになった。
 小谷氏はこうした主張のあと、バルトリー二氏の教育における「外発的動機付け」から「内発的動機付け」への転換が必要だ、とする主張とからめて、多作で勤勉な漫画家水木しげるが「怠け者になりなさい」とか「しないでいられないことをし続けなさい」と言っていることを例に上げた自分の主張はバルトリーニの見解に近いという。
 そして、日本の教育は個人の知的達成度だけでなく部活や学校行事などで協力や協調の重要性を教え、全人格的成長を目指していることは良いことだが、それによって教師の働き過ぎが生じる。日本の大人は自分の働き過ぎのつけを教師に回していると指摘。
 さらに小谷氏は日本型消費社会の病理として、バルトリーニのいう「防衛的な資本主義」(これについてはこのブログでの「幸せのマニフェスト」批判を参照のこと)の中でアメリカ人は自分の資力を誇示するために消費する状態にあり、若者たちの75%が大金持ちになることを夢見ている。しかし日本の若者たちは消費生活をエンジョイするがお金はない。そこでファストファッションやグルメを楽しんでいるとし、日本では親より豊になれると考える若者は少ない。彼らはお金持ちにならなくても友達と良い関係が持てればよいと考えている。
  しかし彼らは消費社会にどっぷりつかっているので、「消費者」としての権利意識は強いが、労働者としての意識は恐ろしく低い。だからひとたび企業に雇用すると「顧客満足」のために最善を尽くさねばならないと考えている、と指摘する。
 最後に、小谷氏は、「2008年のリーマンショックで20世紀は幕を閉じたというバルトリーニの指摘には目からうろこが落ちる思い」と言い、その前後から始まった地域通貨やベーシックインカムなどの運動にも見られるような市場経済原理主義に代わる経済のあり方が模索されていると指摘。しかしトランプ現象やヨーロッパでの「移民排斥などの混乱が生じており、まだ「国家」と「市場」に代わる21世紀を導く新しい原理は見つかっていないと締めくくる。
 このあと、バルトリーに氏のトークが始まったがそれは「幸せのマニフェスト」の概要説明なので、このブログの「ステファーノ・バルトリー「幸せのマニフェスト」をめぐって」の5回に渡るシリーズでその概要と私の批判を書いているのでそれを参照していただくことにしてここでは省略することにする。
(続く)

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哲学・思想および経済・社会」カテゴリの記事

コメント

過日はお忙しいところご来場をいただきありがとうございました。バリトリーニ氏の提言は「社会学的なもの」としては大賛成なのですが、それを可能にする経済体制がどのようなものなのかという点で不満が残りました。そこまでの議論をする時間がなかったことを残念に思います。 

投稿: | 2018年10月 5日 (金) 10時11分

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