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2018年11月 7日 (水)

独裁体制を生みだす「自由と民主主義」

 アメリカで中間選挙の結果がそろそろ出る。「アメリカ・ファースト」を唱えるカリスマ的大統領トランプに代表される共和党が下院で民主党に敗れるかどうかが焦点となっている。

 第2次世界大戦後、アメリカは世界の「自由と民主主義」のシンボルとなってきた。対抗するソ連圏が崩壊した後、それはいわば「世界標準」となり、それとともに資本のグローバル化が急速に進んだ。そしてその結果としていまやアメリカは格差社会・分断社会となり、「強いリーダー」を求めるポピュリズムの坩堝と化してしまったようだ。
 かつてヨーロッパでは第1次世界大戦後、ワイマール憲法が成立したドイツに登場した民主主義政権は、社会民主主義的方向に向かったが、結局行き詰まり、やがてヒトラーの独裁体制へとひた走った。ここでも「強いリーダー」が求められたのだ。
 日本でも2008年に民主党政権が誕生したが、やがて行き詰まり、その後に自民党と公明党の「安部一極体制」が登場した。ここでも民主党の「ぶれる政治」に対して「決められる政治」が宣伝された。人々はここでも「強いリーダー」を求めたのだ。
 民主主義は「民」の代表たる政党間の意見の違いをディスカッションによって合意にもたらし、「民」のための政治を行うということが原則となっているはずだが、決してそうはならず、その政策や行政が行き詰まると必ず「強いリーダー」が求められ、独裁的政権が登場し、そのリーダーに従っていけば正しい方向に持って行ってくれるという心情を「民」に植え付ける。
 なぜ「民主主義」は独裁体制を生むのだろうか?それはまず、ここでいわれる「自由と民主」がその担い手である「市民」やそれによって形作られる「国家」という概念が実は基本的に利害が対立する階級社会を隠蔽する政治体制のイデオロギーだからであるといえる。
 表向きには富を持つ者と持たぬ者は政治的には「同権」だとしつつ、実はその富を生みだしている人々が富を持つ人々に社会的・経済的に支配され、支配されている人々の労働から生みだされる富を支配する人々が不当に獲得している現実を、「互いに利益を分配している」として隠蔽しているのである。この基本的支配/被支配関係はまさに階級関係であって、その関係が社会における生産と消費のサイクルの中で常に再生産されている社会、それが「市民の自由と民主主義」を掲げる資本主義社会なのである。
 20世紀後半に台頭した「中間層」はこの階級社会の隠蔽に一役買った。彼らは企業に勤める「サラリーマン」であって、仕事を通じて会社に貢献し、会社はその事業を通じて国家に貢献しているという構図ができ上がっているが、この「サラリーマン」像は実は資本主義経済の進展に従って変化してきた分業形態が、直接的生産過程の労働者(いわゆる手を汚して仕事をする人々)と異なった、経理や営業業務、あるいは企画・設計などの頭脳労働を主とした労働の必要性を高めてきた結果雇用された頭脳労働者であり、彼らは資本家の頭脳の一部を代行する労働を行っているのである。
  こうした人々がいわゆる中間層を形成しているが、彼らの意識は資本家の意識とほぼ同形である。だから彼らは「市民意識」を持ち、「個人の自由」を主張する。そしてこうした意識は生産労働者にも浸透して行くことになった。その経済的土台では「消費駆動型資本主義経済」の進展があり、生産過程で疎外された労働を行う労働者が、消費の場面であたかも主導権を握っているかのような錯誤を生じさせていった。その結果労働組合の掲げるスローガンは「労働者階級の解放」ではなく、「賃上げ」や「雇用の確保」となっていった。
 だが一方で「市民」は支配的イデオロギーの中で社会の本質的仕組みや構造を知らされないので、資本家的な意識でその経済動向や雇用状況などを見る。株価が高騰し、好況になり雇用が促進されれば満足する。支配階級の資本家達も好況で利潤が増え、富の源泉である労働力が確保できれば「ハッピー」となる。ほぼ同形の意識構造なのである。
 だがこうした見方では解決できない問題が次々に登場する。それは労働者間での「労働力商品どうしの競争」によって必ず生まれる「格差」に対して誰も的確な判断ができなくなっているし、さらに「グローバル化」によって、国家という壁の向こう側にある「労働賃金の安い国(つまり労働力商品の国際価格が安い国)の労働者と国境を越えた労働力市場で競争しなければならなくなっていくという現実。そしてそれが必然的に「ナショナリズム」をもたらす。
 こうした流れがうみだす国家間の軍事衝突という事態にも「民」はどうすることもできず、結局支配階級の意のままに戦場に繰り出され、本来同じ立場であるはずの他国の労働者や農民たちと殺し合わねばならなくなる。 これが資本主義的「自由と民主主義」の本当の姿である。

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