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2018年12月21日 (金)

「市場経済原理」の根本問題について考える (その9)

 この単純再生産の表式は、社会主義社会では、次の様な意義を持つと思う。
 一つは、社会的総生産物に対象化された労働量が、どの様な部門のどの様な種類と量の労働の対象化によってもたらされたかを把握することによって、それをどの様に分配するべきかを決めることができる。
 もう一つは、社会的に必要な生産物を生みだす労働力がどの部門のどの種類の労働にどれだけ配置されねばならないかが分かる。
 そしてこの表式を用いた労働者階級自身による計画的経済が「市場経済原理」というアンコントローラブルな「原理」の矛盾を克服できる唯一の方法であるといえる。つまり、現在の「市場経済原理」の中で無政府的過剰競争が生みだされ、その結果による地球規模での自然破壊や資源の枯渇が進んでいく状態に対して「消費拡大が経済を活性化させる」として過剰消費型経済を加速させないと経済が維持できないという末期資本主義の絶対的矛盾と、それに対して「市場経済原理」が何ら打つ手を持てない状態とは異なり、社会的生産を担う労働者階級自身によるグローバルな観点からの生産計画と資源の計画的使用が可能になり、それによって地球の危機は救われることになるだろう。
 もちろん、このことを理論的にキチンと証明するには、「拡大再生産」の論理が必要であり、これについては現在のところ筆者の力量を超える課題なので専門家に任せることにしたい。
 ここで一つの問題は、社会的に必要な労働の配置を決めても、労働者があまりやりたくない種類(例えば3K労働など)の仕事もある。資本主義社会では、いやな仕事やキツイ仕事は雇用者が高い労働賃金を設定するか、低賃金でも働いてくれる移民労働者を使うが、それは資本の論理による労働力の配置の形であり、労働者を単なるモノと同様な手段としてしか見ていない。
 しかし社会主義社会では労働力市場は存在しないし、労働手段は人間としての労働者が用いる物的手段でしかないので、こういう分野にこそ資本主義社会で高度に発達したAIやロボット技術を導入するであろう。
 そしてさらに重要なことは、現在の社会的分業種(業種)やそこでの労働内容は、あくまで資本主義経済体制に適した特殊な形で発達してきた労働の形態(例えば単純肉体労働など)であって、これは社会主義経済体制の確立とともに次第にそして大きく変化していくことが確実であるということだ。
 将来的には、人間の頭脳と肉体の機能が有機的結びつき、生物学的に健全な発達をするに相応しい形の労働形態が労働者階級自身によって生みだされていくに違いない。
 また生産手段についても同様である。特に労働手段はいまとは全く違った形に発展して行くことは確実である。それは資本主義社会での様に、労働の搾取のための道具ではなくなり、本来の人間能力の延長手段としての役割を果たすような形での進化を遂げるだろう。だからAIによる「シンギュラリティ」などという不安はどこかに吹っ飛んでしまうだろう。
 こうして歴史的に特殊な資本主義経済体制の根本矛盾を示す「市場経済原理」は克服されるだろう。そしてその過程はどこかの政党が主張するように、いわゆる「2段階革命論」的発想による、まず資本主義経済を発達させてその後に社会主義に向かうなどという政策から、「社会主義にも市場経済は必要だ」などと主張することは結局大きな誤りであることも明らかにするだろう。
(さらに続く)

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