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2018年12月17日 (月)

「市場経済原理」の根本問題について考える(その5)

 こうした「市場経済原理」は、その「自由市場」という性格上、資本家企業の利己的利潤追求同士が互いに競争し合うことで、その無政府的競争が生みだす「市場原理」によって、いわば「自動的に」社会的に必要な労働が確保され、必要なモノ(労働力商品も含めて)が「適正な価格」で売買されていく、というイメージを持っている。
 しかしこのスミスなどの古典派経済学の主張を背景とした「自由な」市場原理が19世紀末までには世界規模に拡大され、それぞれの国や地域での資本主義経済化の度合いの違いによる軋轢が増し、利害の衝突に至った。
 そしてこの市場原理が金融市場を主な活躍舞台とするようになることで、その矛盾が一気に爆発し、その「自動調整」の原理は完全に崩壊するということが歴史的事実(20世紀前半の世界恐慌や2度の世界大戦)として証明された。
 そのため、危機に立たされた「先進資本主義国」の資本家階級はその苦い経験を元にして、すでに成立していた「社会主義圏」の計画経済を横目で見ながら、国家の指導力を強める方向に舵を切った(その背景にはケインズによる理論があった)。
 それによってそれまでの資本主義経済体制は、「総資本代表政府」の指導力を強め、インフラなどの公共事業や軍事産業などに莫大な国家予算を投入する経済政策を実行し、これを引き金にして、労働者の雇用と賃金水準の引き上げを図り、それをサポートするための貨幣価値の恣意的調整などの金融財政政策を採り、それらの政策がもたらす、消費拡大による資本家企業の活性化を図った。
 つまり個別資本家同士の「自由競争」によっては成し得なくなった資本主義経済体制の維持発展を国家が介入することで再生して行こうとしたのだ。
 この「修正資本主義経済」は「国家独占資本主義」とも呼ばれ、アメリカや、イギリスなどそれぞれ国によってその形態は異なるが、一時期資本主義陣営で成功を収め、特にアメリカは経済的にも軍事的にもそして文化的影響力でも世界一の資本主義大国となった。
 しかし、アメリカではソ連に対抗するため増大させた軍事・宇宙開発への国家予算の額が膨大にふくれあがり、1970年代からはベトナム戦争などで学生労働者たちの反戦運動が高まり、深刻な社会問題となった。また、右肩上がりに上昇し続けた労働賃金水準と経営陣に大きな影響力を持ち始めた自動車産業などの労働組合が資本家階級にとって大きな足かせとなっていった。
 そしてイギリスでは社会保障(健康保険など)に大きな国家予算が投入され、社会保障が行き届いて行くにしたがって、労働者が資本家企業での労働意欲を失って行くという「イギリス病」が資本家階級を悩ました。
 その間、第2次大戦の敗戦国だったドイツや日本では、戦争による破壊で「ゼロ・リセット」をかけられたことがかえってまったく新たな設備の投入を可能にし、国内の労働需要の増大などによって急速に新興資本家企業が成長し、1970年代にはアメリカやイギリスなどの先進資本主義国を世界の工業生産物市場において凌駕するようになり、やがて1980年代に日本では、”Japan as No.1”に浮かれた資本家や富裕層たちがあり余る儲けを金融市場に回してさらに「根無し草マネー」を拡大することによる「バブル景気」の時代が訪れた。
 しかしそのため、国際市場では貿易のアンバランスを調整するため変動為替製が導入され、急激な円高などによる金融企業の混乱が生じ日本のバブルは一気にはじけた。
 一方でアメリカやイギリスでは「自助努力」による経済が強調されるようになり、いわゆる「新自由主義」的雰囲気が登場した。
 そして1990年代には「社会主義圏」崩壊という歴史的事件があり、その後、「勝ち組」となった資本主義国陣営はこぞって「新自由主義経済」に突入していったのである。
 その後は世界一の労働者人口を抱える中国の「社会主義市場経済」による世界市場への参入など大きな変化があるが、資本主義陣営では基本的にはこの「新自由主義経済」が主流となっており、国家間や国内での労働賃金水準の差(格差)を利用した膨大な剰余価値の搾取とその回転によって、世界で増大する流動過剰資本がもたらす金融市場の活況、そしてそれの持つ本質的不安定性がもたらす世界経済の不安定性が常態となっているのである。
 つまり「市場経済原理」はいったんその本質的矛盾を露わにし挫折したにも拘わらず、再び「自由市場」こそが経済の普遍的原理であるかのように振る舞っているのである。
 しかしそれもいまや、トランプのアメリカや東ヨーロッパ諸国、そしてロシアなどでのナショナリズム的資本主義、そして「社会主義国」を自称しながら実質的には、国家主導型の資本主義経済体制(つまり賃労働と資本という矛盾を積極的に採り入れた「社会主義」という矛盾した体制)を採っている中国などとの間で激しい世界市場での軋轢が増大している。その軋轢の中で富裕国のエゴによる差別化の最底辺に置かれ、悲惨な状況のパレスチナやシリアやイエメンの人々がいる。
 「市場経済原理」に基づく世界経済はさらに大きな矛盾を拡大再生産しつつあるといえるだろう。
(続く)

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