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2018年12月19日 (水)

「市場経済原理」の根本問題について考える (その6)修正版

 このような矛盾に充ちた「市場経済原理」が鄧小平による「改革開放後」の「社会主義」中国で採り入れられた。これを「社会主義市場経済」と呼ぶのだそうだ。中国はこれによって急速な経済発展を遂げて日本を追い越し、アメリカに次ぐ世界第2の経済大国となり、いまや衰えつつあるアメリカを脅かす存在となっている。
 この体制を「国家資本主義」と呼ぶ人もいるようだが、そこでは党・国家の方針で「豊かになれる者から豊かになればよい」という自助努力の奨励で私的所有への欲望を原動力として「能力ある者が能力の低い者に仕事を与え、生活ができるようにさせる」という形で賃労働と資本の関係を育成させたのである。
 そのため「豊になれる」能力を持った者の私的所有への強烈な欲望が原動力となって急速に中国の経済は資本主義化し、富裕層が育っていった。しかしそれは当然同時に、労働者階級と資本家階級という階級関係の育成となり、階級間格差が増大した。
 また地方の農民たちは、この資本主義経済化の中で、政策的にその地域に縛り付けられ、「豊かな者」になるチャンスを奪われた。貧しい生活から生みだされた安い農業生産物により都会の労働者たちは安い賃金でも生活して行ける体制を維持し、低賃金労働による資本家の剰余価値分を増やすことで経済発展を促す必要があったからだろう。「労働者・農民の政府」であったはずの党・国家は、事実上社会主義経済を放棄し、資本主義化することにより、労働者や農民を裏切ったともいえるだろう。それともこれがいわゆる「2段階革命」のステップだとでもいうのだろうか?
 そこでまず本来の社会主義経済体制を目指す革命がどのように変質し挫折してこのような形になってしまったのかを見てみよう。
 最初の社会主義を目指した労働者による革命であったロシア革命で、資本主義化の立ち遅れた当時のロシアにおいて社会主義的計画経済を実施することが困難であることを悟ったレーニンらが採った新経済政策(NEP)がその後、スターリンらによる革命政府乗っ取りによって、定式化された「2段階革命戦略」という方針の中で規制事実化され、市場経済原理が部分的に導入された。同時に、本来社会主義が目指していた社会主義社会実現へのインターナショナルで永続的な革命を「非実現的」として排除し、それぞれの国での「一国社会主義」実現という方針が定式化されてしまった。つまり資本主義的支配形態である「近代国家」が普遍化されてしまい、そのため、「国家」イコール「社会」という誤った観念が定着してしまったのである。
 こうした中で、資本主義陣営と対峙しつつ、一国での社会主義実現を目指す党・政府による「ノルマ労働」に見られるような上意下達的な労働形態を基礎とした「計画経済」が進み、党・国家官僚が支配階級化し、労働者は被支配階級化していったのである。
 「国家社会主義」を名乗るナチス党独裁の国家統制型資本主義国ドイツとの闘いに勝ったソ連は、戦後の一時期は5カ年計画がうまく行っているようにも見えたし、宇宙開発などの国家的事業ではアメリカを凌いでいた時期もあったが、その後「消費駆動経済」を進めたアメリカ型「国独資」の成功と裏腹に、それと対決していたソ連「社会主義計画経済」は内部矛盾は深刻化し、行き詰まりが進み、1950-60年代になって東欧「社会主義諸国」から「自由化」を求める運動が勃発した。そしてそれは1980年代末にはついに「社会主義圏」全体に拡がり、「自由化」を目指す人々によって東欧、ソ連などで「社会主義」政権が崩壊した。
 一方、中国は革命当初から農民の位置づけが大きかったが、政策的には当時のコミンテルンの司令もあって基本的にソ連型に準じた労農政府ができた。したがって、やはり党独裁政府による上意下達的労働の形態からくる労働者や農民への軋轢は大きく、1960-80年代にはそれによる矛盾の噴出を「大躍進運動」や「文化大革命」で押さえつけようとしたが、いずれも失敗した。そして1980年代末には、文革で一時失脚した鄧小平の復活による「改革開放」ということになったのである。
 しかしその直後、学生・労働者による「自由化」要求の波が起こり、党・政府はこれに対して徹底的に力で押さえ込み、「天安門広場事件」という惨劇となった。以後、党の強権体制が維持されたまま、国家主導による急速な資本主義化が始まったのである。
 つまり中国では、党官僚の監督下に資本家階級がありこれらの支配階級が政府による統治を通じて二重に労働者階級や農民階級を支配するという形態が続いている。
 社会主義経済は「市場経済原理」とは本来相容れないものであって「社会主義市場経済」などありえないはずなのだ。
 問題は社会主義計画経済がなぜ失敗したかであろう。この問題は重大かつあまりに大きな歴史的課題であり、筆者の力量ではその問題のほんの一部について触れることしかできない。そこで僭越であることを覚悟の上で、次に社会主義計画経済とは本来どんなものであるべきなのかについて筆者の考えを述べてみようと思う。
(続く)

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