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2017年12月31日 - 2018年1月6日

2018年1月 4日 (木)

「銃火なき戦争」の場と化した国際経済

 アメリカは「アメリカ・ファースト」を叫び一方で中国を将来の「仮想敵」とみなしながら、他方では互いの貿易における共通利害を求めようとしている。20世紀後半以後の世界資本主義は、経済的互恵関係こそ戦争でではなく平和に国際関係を保っていくベストな方法だと考えるようになってきている。これは一見「正論」のように思えるが、その内実は結局、資本家や投資家が支配し「儲ける」ための取引関係であって、決してそのイメージほど穏やかではない。

  中国とアメリカの関係を見ていても、両者とも相変わらず軍備の拡張を続けている。「戦争抑止力」と称した軍事力を背景とした関係がなければ大国間では経済的互恵関係が現実のものになりえないからだ。
 そしてこの両大国の狭間に置かれた韓国や日本や台湾、フィリピン、そして東南アジア諸国だどでは、両者の軍事的バランスと自国の経済的利害を天秤に掛けて「したたかな」外交戦略を立てねばならなくなる(日本は両大国に匹敵する大国だと思い込みこうした外交を怠っているようだが)。
  こうしてまさに「騙し合い」的な駆け引きが繰り広げられる。この「騙し合い」がうまくいかなくなると途端にキナ臭い戦争への準備が始まる。 それが外交というものだと言ってしまえばそれまでだが、この現実においては決して経済的互恵関係が恒久平和をもたらすことなどないということが分かる。
 そして現代のグローバル資本といわれる国際的な過剰資本の循環による根無し草マネーによる「好景気」もつねにその背後にこのキナ臭い軍事パワーがちらついているのである。
 しかもこの「経済的互恵関係」は互いに勝つか負けるかかの激烈な競争と戦いにおいて成立している。資本主義社会は「自由競争」が原則だからだ。
 この「自由競争」の中では絶えず、さまざまな国の労働者階級が生きるための必要条件から「自由」に、つまりそこから切り離されて競争の敗者によって「ゴミ」として捨てられている。そしてその「ゴミ」が勝者によって生み出された「人手不足」を補うために再利用される。こうしていまは「グローバル根無し草マネー」のおかげで「経済好調」の国では失業率が下がっているのである。
 そこには戦火こそないが、つねにマネーを支配しようとする者たちの競争の道具としてこき使われ、要らなくなれば捨てられ、また拾われるという形で人生を彼らによって完全に振り回され続けている膨大な数の人々が世界中に存在している。そして一兆ことあれば、戦争の準備が始まり、そこに闘う先兵としてこれらの人々が駆り出される。
 それがいまの「経済的互恵関係」をめざす資本主義社会の現実の姿である。

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2018年1月 3日 (水)

2018年世の中はどうなるのだろうか?

 2016年末にこのブログで2017年の予想を書いたが、「当たらずといえども遠からず」であったと思う。事態は昨年とほとんど変わっていない。相変わらずアメリカは中東問題などでトランプに振り回されているし、中国は習皇帝のもとで「一帯一路計画」などの大看板を掲げ、日本もそれに追従する構えだ。ロシアはシリアを使ったIS掃討作戦で一定の成果を上げ、EUやアメリカに対峙している。

 世界経済は近年になく「好調」なのだそうだが、何が「好調」かといえば、グローバル資本を私有する大資本や投資家たちが大儲けしながらますます競争を激化させ、世界中の労働者や農民達はそこからわずかな「おこぼれ」を頂戴して何とか生き延び、もっとも搾取されている人々はそれにもありつけずにニュースにもならない裏の世界の片隅で惨めな抑圧・貧困や死を迎えざるを得なくなっている。
 日本経済は政府の借金1000兆を誰が責任もって払うのかがまったく分からないまま「異次元金融緩和」のジャブジャブマネーによる株価や不動産の高騰でぼろ儲けする連中が続出し、外国からの富裕層観光客が落としていくマネーにありついた人々が「リッチ」」になっていく。その陰で、細々と年金生活を送るかっての企業戦士たちは国の借金の行方に明日をもしれぬ不安に脅かされ、資本家同士の競争に負けた企業から放り出された若い労働者たちは、これまた明日をも知れぬ不安な生活を送っている。
  解体されてしまった日本の労働者階級のパワー、そして「消費者」として資本家のもたらすモノ(商品)を消費することだけに生きがいを見いだす「中間層」上層部の人たち、そしてそれを「平和で豊かな生活」として演出し、それを護るために軍隊が必要であるという思想を支配的にしてしまった政権、これがいまの日本である。
 TVや新聞は「売らんかな」の派手な広告で彩られ、繁華街でも「何とかセール」で人々がごった返し、世の中は華やかな繁栄の中にあるかのような幻想が演じられている。
 なんという空虚な繁栄だろう!!これが本当の平和な世界の姿なのだろうか?
2017年はロシア革命100年の年で、今年は明治150年の年なのだそうだ。もはやあの革命の時代は遠い過去になってしまったようだが、それだけ世の中に鬱積した問題がじわじわと増しつつあるように思える。
 さて2018年はその鬱積した矛盾がどのような形で噴出するのだろうか?おそろしくもあるが、それが歴史の必然というものかもしれない。
 

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