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2019年9月

2019年9月27日 (金)

国連UNHCRは富裕国から貧困国への施しを仲介する組織なのか?

世界のあちこちで民族紛争や宗教紛争のためにひどい仕打ちを受けている難民の状況が報道されている。その度に国連UNHCRという組織から、「子どもたちの危機を救おう」という趣旨の豪華なダイレクトメールが送られてくる。そこには難民の子供達の悲惨な実状を訴える写真やドキュメントと、「これだけのオカネがあれば子供達を伝染病から救える」などなどのキャッチフレーズが書かれ、寄付金の振替用紙が入っている。

確かにこれらの資料を見ると、一応なんとか平穏な暮らしが出来ているわれわれは、彼らに何か手を差し伸べなければならない、という気持ちにさせられる。それはそれで正しいアピールだと思うし、年金生活で決して楽でないわれわれも、そこから少しでも寄付を出そうという気持ちになる。

しかし、少し引き下がって考えてみると、国連はこうした難民を生みだす危機的状況を国際的な視野で解決するための協同機関であるはずなのに、最近は主要なメンバー国が「自国中心主義」になってしまい、国際的な危機回避への寄与という考え方が後退しているため、国連としての有効な危機回避への動きがあまりない。それをカバーするかのように、われわれ比較的豊かな国の中間層や富裕層に寄付を訴えているように思える。

一方、こうした国々の富裕層や中間層は、貧困にあえぐ難民への寄付を出すことで、何か「人のためになる良いこと」を成したという満足感を得るのだろう。これは格差を必然的に生みだす社会システムの中で、「自助努力」により激烈な競争に勝って富裕層に登りつめた一握りの人が、その理不尽な競争の中で力つきて落ちこぼれ貧困層になっていった多くの人々への「施し」をすることで、その存在意義を自認にしようとするのとよく似ている。

こうした社会内格差における支配層と被支配層との間にある理不尽な格差をいわば「常識化」する状況が国際的にも現れているのだろうか?

嘆かわしいことだ。そもそもこうした格差を生みだす必然性を内包した社会の矛盾に充ちた仕組みこそが根本的に改められなければならないはずなのに。

 

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2019年9月17日 (火)

スマホからの書き込み

入院の準備のため、ガラケーからスマホに切り替えて、初めてブログに投稿してみました。

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