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2019年12月

2019年12月24日 (火)

「全世代型社会保障」って何?

 安倍政権がいまプランを練っている「全世代型社会保障」とは、何なのか?このブログの読者でもあるMizzさんのMLに掲載されたこのプランの中間報告の3次元グラフを見ると、社会保障給付費総額、年金、医療、福祉他、福祉他の内訳として介護という項目別にそれらの社会保障費の1964年からの推移を見ると総額はほぼ右肩上がりに直線的に伸びているが、内訳をみると、年金の伸びが2010年あたりから横ばいで、それを補うように医療、福祉などが伸びている。MizzさんがMLに書いているように、要するに医療、福祉といった事業への保証が伸びて、その分年金が減らされているということだろう。

 働けなくなった高齢者への年金は医療、福祉といった事業への保証に回してそれらを運営する企業が潤うようにということのようだ。この背景には医療、福祉企業での労働力不足を補うという大義名分があるようだ。確かにいま日本は高齢化社会が進み、若い労働者が減っている。そこで医療、福祉労働への外国人労働者の雇用などが進んでいるところもある。

 しかし、よーく考えてみよう。そもそも、社会が必要とする労働はさまざまな分野での労働者によって実現されており、その労働が生みだす生産物やサービス(労働生産物)は社会的に消費されるのであり、労働者の個人生活に必要なものは各労働者の生活の中で消費され、それを超えて生みだされる労働生産物は本来「社会共通財」として扱われるべきものである。資本主義社会ではこれを労働者を雇用する企業が不当にも私的利益として獲得してしまう。労働者は資本家から受け取った賃金で自分の個人的生活を維持するために必要なものを資本家企業から買い戻し(それらはもともと労働者たち自身が生みだしたものである)、それによって生活する。労働者が生活資料を買うために使った賃金は全体として見れば、結局再び資本家階級の手に環流するのである。その上、資本家企業は本来社会的共有財となるべき労働の成果(剰余価値部分)を不当にも私有化することで企業の利益を増やし、他企業との「自由な競争」に勝つために資金をも確保する。資本家達はこれも「企業を成長させて労働者を雇用し続け、彼らの生活を保障するために行っていることだ」と豪語する。そして高齢化社会がやってくれば、資本家達は「儲かる仕事」として製薬、医療、福祉事業などに積極的に投資する。

 しかし一方で、労働者たちはただでさえ乏しい賃金から年金の資金や健康保険料を毎月天引きされる。そして資本家企業に雇用してもらえなくなると、年金生活者となり、現役時代に毎月天引きされ積み立てた年金資金に公的機関からのわずかな補助を加えた乏しい年金によって生きねばならなくなる。しかし政府はこの資本家階級の不当な「社会共有財の私物化」を合法と認め、「企業が若い労働力を確保でき、国際競争力を付けるため」に社会保障や福祉に要する資金を拠出することが少なくなるような方向で政策を練り、不足分を、かつて資本家に莫大な利益をもたらした労働者である年金生活者たちの負担増に回すのである。
 働けなくなった者は「労働力商品」としての使用価値がないためにできるだけ早く「逝ってもらう」必要があるからだ。そんな者たちに政府予算を使わないで「経済の活性化」に用いないと経済は成長しなくなるということのようだ。しかしこの経済成長至上主義は他方でどんどん地球環境を悪化させ資源の枯渇をもたらし、資本家の経済成長が続けば続くほど人類は地球規模での危機にさらされることになるのは明白だ。

さあ、どうする!!

 

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2019年12月10日 (火)

アメリカ、日本、「好景気」の裏側にある真実

 アメリカでは住宅不動の売れ行きがよく、1億円以上もする高級住宅が売れているらしい。アメリカの経済は住宅不動産業界が牽引しているという面もあるらしいのでそういう高い買い物ができる富裕層がかなりいるということだ。また「ブラックフライデー」と称するクリスマスにかけての一大商戦が過熱化して何兆円規模もの消費市場が活気づいているともいう。日本でも史上もっとも長期政権となった安倍政権のもとでこれも史上最長の好景気が続いているという。

 だがいったい「好景気」って何なんだ。だれがそんなにお金を稼いでいるのか?われわれは毎日の消費財をできるだけ安いもので済ませ、わずかな貯金や年金を食いつぶしながら生活しているというのに、消費者物価指数が上がると「景気が良くなった」といって喜んでいる連中がいるのだ!

 アメリカでは人口比率の多い20〜30代の若者たちが大学に進学しないとまともな職に就けないため高額な利息つき奨学金を無理して借りて大学を卒業したのはいいが、希望していたような職にはありつけず、生活と奨学金返済のため不本意な仕事に仕方なく就いて働いている者が多いらしい。こうした状況は統計上「失業」とはならず、アメリカは好景気で失業率も最低の状態が続いているということになっている。

 日本でも就職氷河期の40代を中心とした世代はいまだに厳しい生活を余儀なくされているし、それより若い世代は教育費が潤沢な富裕層の子女は良い大学に入れて高賃金で安定した就職先に入れるが、その出世街道から落ちこぼれた大多数の若者たちは不安定で不本意な仕事にしか就けていないことが多い。そのためその次の世代の家庭の子女もあいかわらず教育費がたりなくて良い教育が受けられず、ますます「格差」が拡がっていく。そしてより年代の上の世代では、あの60-70年代「高度成長期」に企業の収益増大にもっとも貢献し日本の産業を世界のトップレベルに押し上げた世代であるにも拘わらず、いまやわずかな年金でカツカツの生活を強いられている。それなのに世の中「好景気」なんだそうだ。

 アメリカではこうした「好況社会」の水面下の不満が大統領選の前哨戦にも現れて、資本家代表のトランプに対して民主党からは教育費の無償化や健康保険、社会保険の充実化を訴える候補が続々登場している。日本ではかつての民主党政権の崩壊で分裂弱体化した野党を再統合して「政権を担える野党」の結成を目指す動きもある。しかし、いずれもこうした現在の社会状況を深く分析し、その矛盾の本質と根拠をえぐり出し、その克服のための根本的な戦略の下で具体的にどのような戦術でいまの支配層に対抗するかがまったく見えていない。場当たり的な野党政治である。

 社会的に必要な労働を行い社会にとってもっとも重要な存在である労働者の人間としての肉体的能力を細分化し単純化しそれを機械に置き換え、やがてその脈管系の能力も化学・電気機器に置き換え、さらに神経系の能力を情報機器に置き換えて「産業革命」を強引に推し進めてきた資本主義社会が、いまやその最終段階ともいえる人間の頭脳をAIに置き換える段階にまで達した。「道具」としての労働者はもはや肉体も精神もすべて人工物の道具に置き換えれられようとしてるかのようだ。

 社会的な共有財であるべきものを私的所有として獲得する欲求に突き動かされた資本家企業の経営者たちは、そのためこのようにして本来社会の主人公であるはずの労働者を人間としてではなく道具として扱ってきたのである。その連中がいまや世界全体の富の90%以上を私的に所有し、それをリッチな私生活のために消費するとともに資本家同士の利潤獲得競争に勝つために企業資金として投資し、残った分をできるだけ節約して労働者階級の存続のために使っている。彼らにとって「人件費」の増大は「悪」であり何とか「合理化」によってそれを削減しようとするが、しかし一方では、自らに莫大な富をもたらす価値創造の根源である労働力を担う労働者の存在は不可欠なのである。

 労働者階級はそれぞれの持ち場で社会を維持するために日々営々と長時間働き、その労働から生みだされる価値の大半は資本家の私的所有物となっているにもかかわらず、自らの労働が生みだした生活資料を、資本家の商品として、労働賃金で買い戻して日々生活している。「消費拡大」とは資本家的には「労働者がゆたかになった証拠」なのだろうが、実は、資本家が労働者に作らせた商品を、労働者に前貸しした賃金で労働者に買い戻させることで、そこから獲得している利潤の量が拡大しているということなのである。なんのことはない、本来生産的な労働を行っている労働者階級は「消費者」としてしか人間としての社会的な存在意義を認められず、自ら生みだした価値を自らの生活で消費することで、賃金と交換で資本家に与える労働力の再生産を行いながら資本家に莫大な利益を与えているにすぎないのだ。まさに「自由な資本家階級」に支配された「賃金奴隷」階級なのである。

 こうしていまや資本家は労働者に無駄な消費をさせることでどんどんリッチになり、労働者はその消費が社会的に必要な富の生産とは結びつかない形の無駄な消費(実は本来の消費ではなく単に私的所有欲を充たすための購買)を増やすことでモノに溢れた生活を営み、それが「ゆたかな生活」と思い込まされ、まだ使えるモノをどんどん廃棄して買い換えさせられることで環境汚染や自然破壊そして貴重な資源の浪費を推し進めさせられているのである。だからCOP25においても各国の資本家代表政府は自分の国の資本家が損をしてまで地球環境の保全に貢献しようとは決して考えないのである。

  一方で労働者階級側は世界各国でその国の置かれた「グローバル資本」との関係や位置付けによってさまざまな形でその「賃金奴隷」の姿が異なるが、それを「国家」という資本家的統治形態の視点から見て、国境や民族に結束の拠り所を見つけ国家間の対立してとらえようとするナショナリズムやポピュリズムは致命的な誤りであって、むしろ逆にその国家間のカベを取り除いた、より普遍的な視点から互いに共通の立場にある階級として結束すべきなのだと思う。そういう視点がない限り、またあの悲惨な大量殺戮の戦争が繰り返されることになるのだ。

 

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