哲学・思想

2020年3月16日 (月)

朝日3月14日朝刊・読書欄「ひもとく」での原真人氏の記事をめぐって

 表記の朝日新聞朝刊に、「ひもとく 未来予測ブーム どう生きて行くか補助線に」という記事を原真人氏が書いている。最近の未来予測をテーマにした本がブームになっていることへの原氏の見解を述べたものだ。

 原氏の見解は、不安の時代の現れであろうが、未来予測はどれだけ信頼がおけるのかが問題で、その中では、7年前に出された米国国家情報会議編「2030年 世界はこう変わる」での移民問題の深刻化や大国間の衝突の可能性などの予測はかなり当たっている。また的中率が高かったのが1901年の報知新聞特集「二十世紀の予言」で、携帯国際電話、テレビ電話、ネットショッピングなどを予測していた。原氏はそれらは的中が偶然の産物ではなく、実は私たち自身が予言を成就させてきたのではないか、と指摘し、予言そのものが技術開発の目的になってきたともいえると述べている。
 その一方で、英エコノミスト編集部による「2050年の技術」では、技術の影の部分も指摘している。軍事転用されるロボット技術の危険性やデータベースが社会のすみずみまで浸透すると、プライバシーが高価な贅沢になり、新たな格差問題が出現するとしている。

 また、90年前にケインズが大恐慌の時代に、100年後の先進国の生活水準が4〜8倍になると予測したがそれは的中した。また当代一流の経済学者10人が100年後の予測をした「経済学者、未来を語る」でMITのアセモグル教授は、我々も孫の世代まで世界はたゆみない経済成長を続けることを期待してよいと述べていることを紹介しながら、一方で地球温暖化問題など解決できない未来を憂える悲観論もあると指摘している。

 そして未来社会での「労働からの解放」という問題に触れ、ケインズが労働から解放される未来を予測し、そこでは時間の使い道がなくなり、人生の目的を見失ってしまうかもしれないと警告していたことを指摘している。また、「現代の予言者」のごとく信奉されている歴史学者ハラリが「ホモ・デウス」で人工知能がやがて人間の仕事をほとんど代替し、多くの人が「無用者階級」になるという予測をしており、そのときの人間の生きがいとは何かという問いを突きつけていると述べている。

最後にハラリ自身が彼の本について「予言ではなく可能性であり、気に入らないならそれを実現させない行動を考えよ」と述べていることを挙げ、「人生の未来予測に心を砕くのは決定論的な未来を知るためではなく、これからどう生きてゆくのか、せめてそれを考えるための補助線が欲しいのだ」と述べている。

この原氏の見解について私は次の様に考える。ケインズの100年後の生活水準の予測は、彼の経済理論に基づくものであって、1929年の株式市場の大暴落から始まった世界恐慌に見られたように過剰となった資本を労働者の生活消費財という形でどんどん消費させることで資本の回転を速め、過剰化した資本を利潤に結びつけ、同時に労働者たちには賃金を増やしモノを消費することが人生の目的であるかのようなイメージを植え付けることで「豊かな生活」を演出しようとする意図があったといえる。この方式が次々と新技術による新製品を生みださせ、人々は自らが本当に必要とするか否かに拘わらず、こうした新製品の「消費者」(実は購買者)にさせられてきたのである。

 その結果今日、一方で資本の国境を越えた巨大化と他方で労働者たちの生活の格差を拡大しつつ、社会全体としてアンコントローラブルな過剰消費や資源の無駄遣いによる地球環境の破壊や資源の枯渇を招いているのであって、内発的意図に関係なく外から吹き込まれた「夢の未来社会」という幻想に踊らされてきた人々にとっては、本来人間の生みだした道具に過ぎない人工知能にやがて自分達は支配されてしまうという恐怖感を生みだしたのは当然ともいえる。もともと生活者の手にあって生活者自身の必要のために生みだしてきた道具が、いまや資本が労働者の労働や生活を自らの利潤獲得の手段と化してしまい、生活者が逆にそれに支配されているのである。ケインズの予測は、資本家にとっては彼らの「経済成長(実は資本の成長)」という視点から「的中」であっても、労働者にとっては、格差の増大と未来への不安の増大でしかなかったのではないか?

 こうした状況に乗じて「未来予測」を行って人々を導こうとするいわば新手の「教祖」がハラルの様な人物である。彼の予測する「無用者階級」の登場や人間の生きがいの喪失問題はすでに現在の資本主義社会にもいくらでも見いだせる。本来、人間は「類的存在」として共同体を形成し、その中で必要な労働をそれぞれの個人が分担して行いながらそこに生活や文化を築いてきたのだ。そこでは諸個人にとって彼が社会の一員としてその労働を通じて貢献しているという実感こそが人生の生きがいであったはずだ。ところがそれが資本主義社会が登場してから、労働力は資本に売り渡されることで、資本家たちはその労働を自分達の利益を増やすための手段として「自由に」使用できる道具と化してしまった。そのため労働者たちにとって労働は賃金を得て自らの生活を維持するためにやむなく行う「苦役」(疎外された労働)となってしまったのである。だからいま必要なことは「労働からの解放」ではなく「労働の資本からの解放」が必要なのであって、それを通じて労働そのものを生きがいにすることができるよう、それを労働者たち自身の手に取り戻すことこそが必要なのではないか?それが可能となって初めて自分達の生活や社会の未来を自分達の手でデザインすることができるようになるのだ。

違いますか?原真人さん。

 

 

 

 

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2020年1月 5日 (日)

入院中に考えたこと

これは、私が昨年の晩秋にある病院に検査入院し、前立腺癌の生体検査を受けた後で書いた日記である。年の初めに相応しいかどうかは別として最近の私の心境として印しておこう。

10月26日の朝日新聞「折々のことば」欄で、フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスのことばが掲載された。「<自分に反して>ということが、生きることそのものとしての生には印されている。」これに鷲田清一氏が次の様な解説を加えている。「生は人が担い、切り拓いてゆくものであるが、人に降りかかるもの、人が否応なく被るものでもある。痛みや病、老い、そして死。生を限界づけるそのような契機を生は深く内蔵しながらも、それらを<堪え忍ぶ>という形で<傷>にしかと身をさらす。」

なかなか深いことばである。たしかに生は自ら望んで得たものではなく、「与えられたもの」である。その意味では「自己に反して」といえるかもしれない。そしてその「与えられたもの」を護るために恐怖や痛みや死の苦しみに耐えることになるといえるのかもしれない。

しかし、私は少し違うと思う。

生は与えられたものではあるが、それは「自己に反して」ではない。なぜなら生まれてくる以前に自己は存在しないからだ。与えられ命を自らの存在の物質的基盤としてそこから出発する「自己」である。そしてこの生命体としての存在は、初めてそれによって「自己意識」を得ることができ、その生を「与えられたもの」として意識することができるようになるのだ。

つまり自己とは自然界からの存在として与えられたものであり、そこからすべてが始まる。「障がい」と呼ばれ、その時代の社会に不適合な身体や性格をもって生まれてきた子は、(サルトルのことばを借りれば)それが「被投(投げかけられた存在)」としての自己なのであり、ともかくもこれを前提としてその後の人生を生きねばならない。だからこの「被投」はまた同時に「企投(投げかける存在)」でもある。投げかけられた存在を自分として投げ返すことにその人生の意味があるのだと思う。その厳しさ、苦しさ、つらさこそが生きる意味なのだと思う。そしてその厳しさ、苦しさ、つらさが深いほど、そのような自己を投げ返すことによって得られたその反面としての喜びや感動もそれだけ深いのになるのだと思う。

 

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2018年3月16日 (金)

「語り得ぬもの」をも語るコトバの表現力

 ウイットゲンシュタインは「論理哲学論考」の最後の部分で「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」と結んでいる。実にカッコイイ表現だと思う。この「論理哲学論考」は言語の持つ論理性とその表現可能性について短い命題や論理的表現の繰り返しで簡潔に述べた名著であるが、私は最近、この「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」についてさまざまな疑問を感じている。

 B.ラッセルは数学基礎論の専門家としてこの「論理哲学論考」にはあきらかに誤りがあるが、と指摘しながらも高く評価している。私は彼が「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」と書きつつ、その簡潔な詩の様な叙述によってそこに何かしら文学的表現を意図しているようにさえ思えるのである。

 こんなことを思う様になったのも、加齢とともに、コトバというものの持つ論理表現機能からは説明できない要素が非常に重要だと感じるようになったからである。例えば「行間を読む」とか「言外の意味」は昔から言われてきたことではあるが、詩や文学的表現はコトバの持つ論理表現以外のコミュニケーション機能をフルに用いている。つまり「語り得ぬもの」を語っているのである。もちろんしこうしたコトバの言外の意味を指令書や業務文書の中に見いだしてその背後にいる人の暗黙の意図を「忖度」するなどというのはコトバの機能の間違った用法であろう。

 「語り得ぬもの」は話し言葉と書き言葉によってかなり違うようにも思う。音声により聴覚に訴える言語はどこかで音楽的表現につながるし、どこかで人間の深奥にある本能に触れる。書き言葉による表現は文字という記号や図形が持つ論理表現性を用いた記録性に重点が置かれているが、その中に含まれる形態的表現の視覚芸術につながる要素を持っていて、「美しい」と感じる感性にも触れる。

 このどちらもが人間社会の中で諸個人が自分と他者の間で交わすコミュニケーションの手段として用いる言語の機能であるといえるだろう。そしてそれはその共同体社会がどのような形で成り立ち、その社会を構成する諸個人がどのようにその中で役割を演じているのかによって形態が違ってくるのだと思う。だから地域や歴史によってそれの言語体系や形態は大きく異なる。しかしまた、それがどんなに違っていてもその基本的部分は翻訳可能であり、人類共通の論理体系を含んでいるように思う。

 しかし、コトバの表現機能は、そうした共通の論理体系だけではなく、そのコトバが語られた背後にある様々な状況や歴史があって表現するときの具体的状況やニュアンスなどで初めてその一言の意味に深いものを感じさせるのであろう。例えば、私事を持ち出して申し訳ないが、もう20年も前に、認知症を患って介護施設に入っていた老母に会いに行ったとき、母は会っても私の顔を忘れていたのに、別れるときになって、私の手を握って 「帰りたい!」と一言いった。その母を振り切って部屋を去るとき、私の背中を見ていたであろう母の思いがどんなものであったか、今になってますますそれが痛切に感じられるのだ。

  母は戦争中、父とすでに不仲になっていたが、空襲をさけて新潟の実家の近くに3人の子どもを連れて疎開することになった。当時私はまだ4歳で鉄道の駅から2里半もある疎開先まで歩ききれず、途中、母に負ぶってもらって行った。そして戦後再び東京の父のもとに帰ってきてからも子供達のために田舎にヤミ米の買い出しに出かけていた。そんな思い出が母の「帰りたい!」の一言によって一気に私の脳の中を駆け巡るのである。

 いずれにしてもコトバが持つ力は侮れない。それは人類が共同体社会を築くことによってしか生きていけないことの証左でもあるのだから、その用い方にも慎重でなければならないと思う。

 

 

 

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2017年8月27日 (日)

資本論を学びつつ感じたこと

 ここ数年、「資本論を読む会」という資本論学習会に参加しているが、いま第2巻の後半部分、有名な再生産表式の論述のある第3編「社会的総資本の再生産と流通」に入ったところである。資本論第2巻以降はマルクスが亡くなってしまったのでその遺稿をエンゲルスが託されて完成させたものである(そのために最近マルクスの残した遺稿が明らかになるにつれエンゲルスのそのまとめ方に疑問を生じる事態も起きている)。

  第1巻「資本の生産過程」でももちろんそうであるが、まず驚くのはマルクスの膨大な量の先行研究調査である。ロンドンの大英博物館図書館に通っていたマルクスはそこにあるあらゆる経済学関係の文献に目を通していたと思われる。
 経済学・哲学草稿で述べられた彼の思想の輪郭はその後、「哲学」という外観を払拭して「経済学批判」に向かった。この段階でおそらくマルクスは当時もっとも権威をもっていたヘーゲルの哲学の背景を成す弁証法的論理学を批判的に摂取し、それを「頭で立っていたものから足で立つものへ」と止揚していった。人間がどのような思想で歴史を解釈してきたかではなく、どのような生き方をしてきたか(誰が何をどう生み出しそれを誰がどう消費してきたか)をを知ることからその上に築かれた理論や思想をとらえようとするようになったといえるのではないだろうか?
 そこで彼自身のものとなった弁証法的論理が彼の思考方法から研究方法まで徹底的に再構成させることになったと思われる。いわゆる下向・上向という構造をもった眼前の客観的事実から出発してその背後にある論理の構成に向かう抽象の方法が、資本論の背景にある。
 マルクスはこの眼前にあるまぎれもない客観的事実から出発する分析を徹底的にやったのである。これが「足で立つ弁証法的態度」なのだと思う。それまでに自分が摂取した理論や思想を底辺に持ちながら、あくまで徹底的に眼前の客観的事実を知ることによってその理論や思想を検証しつつ批判的に発展させる、そしてさらにその批判的に発展させた理論で客観的現実を再び観察し分析するという繰り返しである。
 上流階級の出身でありながらこうした彼の生き方ゆえに、妻とも別離し、イギリスで亡命者として困窮生活に追いやられ、エンゲルスの支援を受けながらも無理が重なって病気と戦いながらこの資本論の第1巻を完成させただけで逝ってしまったマルクスの思いを察するにあまりある。研究者のはしくれとして我が身を省みると、そのいい加減な生き方ゆえに穴があったら入り込みたい気持ちになる。
 そこで自らに言い聞かせることとして、資本論を学ぶときは、マルクスの意図を自分なりにキチンと受け止め、それをあったがままの姿で理解することがまず絶対に必要であること。決して自分の思い込みや勝手な解釈あるいは勝手な政治的意図などで「理解」してはならないということ。少なくとも未完成のままである資本論がもしマルクスなりに完成したと思われるようになったとしたらどのような内容になっていたのかを考えることが必要であろう(宇野弘蔵は勇敢にもそれを「原理論」として完成させようと試みたがそれが成功したか失敗したかはやがて歴史が証明するだろう)。
 そして資本論はこうしたマルクスの生涯を掛けた研究者としての誠実な努力の結晶であると同時に、その誠実な努力を維持させ支えて続けていたのが彼の現実社会への強烈な批判と、それを新たな社会への変革の力にしようとする意志の強さだったことを忘れてはならないこと。つまりなによりもマルクスの理論的研究成果である資本論をわれわれなりにキチンと受け止めて、それを未だに外見的には「繁栄」を維持しつつ崩壊しきれずに内部から腐臭を発散している資本主義社会の現状をどのようにとらえ分析し、次世代社会構築に向けた変革への力にし得るのかが問われているのだと思う。
 というわけで、自分が置かれている現状(もう老い先が短い年金生活者)を客観的に受け止め、そこからいったい何が出来るのかを考えねばならない(決して「置かれた場所で咲きなさい」などとはいうまい)と思う今日この頃である。

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2016年7月29日 (金)

障がい者は抹殺すべきという思想を巡って

 相模原の重度障がい者施設で起きた、元職員による大量殺人事件は衝撃的だった。犯人は確信犯である。あらかじめ長い時間をかけて計画し、自分の「障害者を抹殺すれば世の中は平和になる」という思想と犯罪の予告を公表しさえしている。事件後のマスコミの反応は当然ながら「障がい者を差別する思想は許せない」という論調がほとんどであった。

しかし、「障害者や著しく劣った者は世の中に必要がなく、民族の血を汚すものであり抹殺すべき存在だ」という思想は犯人自身も語っているようにかつてヒトラーが主張し実践した思想である。そしてヒトラーを支持する当時のドイツ国民の大多数はそれを当然とさえ受け止めていたのだ。一見、ダーウインの進化論における自然淘汰説に基づいているかのように見えるこの思想は、いまでもどこかで生き続けているように思える。だからこそ問題は深刻なのだと思う。

 たしかに生物の進化の過程で、障がいがあったり、生存競争について行けない個体は、そのまま置き去りにされ、やがて死んでいく。そして強者が生き残り子孫を残していく。しかしこの自然淘汰は、立場を変えて見れば、淘汰される個体の犠牲の上にはじめて強者が生き残って種を保存していくことができるのである。人間の社会においても障がいのある人が生まれてくる確率はつねにゼロではない。ある意味でこれは社会的必然でさえある。そして健常者も自分が障がい者として生まれてくる確率はゼロではなかったのだ。そのことを忘れてはならないだろう。
 もちろん人間の場合は、健常者に対する障がい者の比率が高くなっていかないような生物・生理学的予防措置をあらかじめ取ることもできるし、その必要はあるだろう。しかし、見方を変えれば、そうした障がいのある人々の犠牲の上に健常者の社会がはじめて成り立つのであって、障がい者のいない社会など現実にはありえないのである。健常者はそのことを忘れるべきではない。「気の毒な人、可哀想な人」という意識はこうした事実を忘れた健常者の優越意識であり、差別意識である。そしてその意識はともすれば、世の中の役にも立たず、人に迷惑をかけて生きる人たち」という意識につながりかねないのだ。
 そして何よりも、障がいのある人は自分がそのような状態で生まれてくることなど知るよしもなく、その人を生んだ両親も同じであったということである。障がい者当人は生まれたときから自分がそういう状態なので最初は分からないかも知れないが、それを生んだ両親の衝撃と精神的苦しみはいかばかりであったか。障がい者の人はやがて他者と接しなければ生きていけない世の中で、他者の大多数が「健常者」であり、自分がそれらの人々と違う立場に置かれていることに気付かざるを得なくなる。その段階で育ての親は再びさらなる苦しみを味わうことになる。しかし、そのような苦しみを経験すればするほど、両親の子への愛情は深くなるのではないだろうか? それは「抹殺すべき存在」などという考え方からはまったく想像もできないほど深い愛情であろう。
 いまの社会は「自由競争」が原則の社会であって、それに負けた者は「劣った人」あるいは「負け組」という烙印を押され、それを受け入れた生き方に変えざるを得なくなる。
そして社会全体が実はそうした「劣った人」たちによって支えられているという事実に誰も目を向けなくなっている。障がい者への蔑視もそうした社会的土壌の上にあるような気がする。
障がい者が共同社会成立のいわば必然的条件であり、社会全体でこれを包含し支えていかねばならないはずなのに。

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2015年10月 2日 (金)

朝日「オピニオン」欄、佐伯啓思氏の「そもそも「平和」とは何か」を巡って

10月2日朝日朝刊オピニオン欄「異論のススメ」で、佐伯啓思氏が「そもそも平和とは何か」という意見を述べている。 論旨は非常に単純で、人殺しと同じで戦争は世の中からなくなることはないので、「平和」とは戦争を放棄することで得られるものではなく、自らを護るための「力」は必要である」ということを言いたいのである。氏の「平和」観は「パックス・ロマーナ」や「パックス・アメリカーナ」に見られるような、強国にの支配下で維持された秩序のことを指すらしい。 そして現行憲法の9条は、かつて日本が危険な戦争をしてきたという必要以上に過剰な自己否定にもとづく「終戦直後のあまりに現実離れした厭戦感情の産物」であり、「世界標準」からずれている、としている。安倍首相もこれとほとんど同じ考え方だと思われる。要するに佐伯氏や安倍首相に代表されるような「保守」とはいまの「常識」を護るという立場であり、その意味で分かりやすく単純な論理なのである。

 しかし、いまこの「常識」がよって立つ土壌自体が問われているのである。いま世界中で「強国」の支配下にある人々は、それがそこに暮らす人々にとって真の意味での平和ではない「平和」と称される状態に置かれていることに気づきはじめていると言えるだろう。かつてのパックス・アメリカーナが朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして冷戦後の湾岸戦争やアフガン、イラク戦争などによって「平和」が保たれてきたとする支配層の考え方が、「常識」であったが、いまこれが下から崩れはじめている。
  結局それらの戦争で戦場に駆り出された兵士たちが見たものは、罪もない他国の人々を虐殺することが戦争の現実であり、そうすることで保たれる「平和」がいかにインチキなものであるかを実感し始めているである。「国家」と「国家」が互いに「自分の国を護るため」として始めるのが戦争である。そしてその「国家」を支配する者たちがその利権を護るために自国の人々を「愛国心」に駆り立て互いに戦わせているのが戦争である。これは単なる人殺しなどとはまったく次元の異なる「合法的殺人」なのである。「パックス・アメリカーナ」が誰を護り、誰を殺してきたのか、現実をよく見るべきである。
 いまオバマ大統領は政敵から「アメリカの支配力が弱くなった」となじられながらもアメリカ国民を中東の戦場に送ることを躊躇しているのもこうした事情があるからであろう。
 こうした実情は他にも数えきれないほど多くある。いまやかっての「常識」のインチキ性が暴露されはじめ、これでは本当の平和がやってこないという危機感が世界中の人々に浸透し始めていると思う。 
それは時として過激なナショナリズムを生み、過激な宗教や宗派間の争いに人々を走らせることにもなっているが、それと同時に、互いに無意味な憎しみ合いをエスカレートさせていくことが何を生み出すかも考えざるを得なくしている。
 そうしたコンテキストにおいて、いまの日本で自衛隊をアメリカを護るために海外での戦闘に参加させ、これを「国際貢献」だなどと言いくるめ、やがてはこうした既成事実を積み上げていって憲法を改定し、国軍を持つようにする、という考え方が逆にいかにいまの世界観の中でずれているかを知るべきではないのか? 
 中国やロシアの独裁的政権が無防備の日本を侵略し、国を滅ぼすなどということが現実に起こりうるかどうか考えてみるべきだろう。むしろ中国やロシアで独裁的政権の圧政のもとで無意味な市場競争や利権争いから生じる戦争に駆り出されるかもしれない人々とこそ手を結ぶべきときなのではないだろうか? 「平和を護るための軍事力」とは誰のための「力」なのか、そしてその「力」の行使によって現実に戦場で殺し殺されるのは誰なのか、それが誰のための「平和」なのか、このことを考えずして「力による平和」などと言うべきではない。
 それにしても、朝日はこのお方がお好きなようですね。

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2015年6月26日 (金)

批判とは何か?

 大分前にも同様のことを書いた気がするが、最近またこの問題が気になるので触れておこうと思う。

例えば、学会などでの研究発表で、発表内容や発表者の主旨が間違っていると感じたとき、質問で正直にそれを表明すると、イヤな顔をされることがある。ケチつけされているとか何か悪意を持っていると受け止められたように思うことがある。しかし、疑問とか批判というものは本来そういうものではない。むしろ間違いや誤解を指摘し合って、互いに自分と相手を高め合うことが目的である。
 もちろん人間であるからには、何か感情的に「カチン」とくるときもあるだろう。しかし、そこを抑えて一段高いところからかなり厳しい疑問や批判にもキチンと応えることが必要だ。質問する方もそれなりの心構えが必要なことはいうまでもない。
 最近の学会でのディスカッションが、何となく、仲間うちで互いに傷つけ合わないようにすることが暗黙の了解となっていて、そういう質問をする人がほとんどであるように見受けられる。こんなことでいいのだろうか?これでは問題の本質や、研究の一段高いレベルへの進展がなくなるのではないだろうかと心配になる。
 これとは反対に、かつての学生運動でのセクト間の激しい誹謗中傷合戦に見られたような形もまた不毛な「批判」であったと思う。例えば、マルクスの理論を巡る論争でも、「あいつは○○派だから」という理由で頭からその主張を否定し誹謗中傷を浴びせ合っていては、本当に必要な論争はいつまでたっても進まないばかりか、次第に感情だけが前面に出て、しまいには、対外的には問答無用の暴力に訴えることになると同時に、内部では相互批判ができなくなる。戦時中の日本と同じ状態であり、最悪である。
 マルクスは彼の著作の中で、独特の皮肉と諧謔を混ぜて論争相手にかなり手厳しい批判を加えていることが多いが、最初から相手が○○教だからとか○○派だからというレッテルを貼った誹謗中傷は一切ない。マルクス自身が、かつてヘーゲルを批判する過激な青年ヘーゲル派が「ヘーゲルは犬だ!」とするのに対して、自分がまぎれもない、ヘーゲルの弟子であると告白したことは有名である。しかもマルクスのヘーゲル批判はその「カゲキ派」とは比べものにならないほど徹底的であり、その意味で建設的であったことはいまでは誰でも知っている。
 現在日本の国会での議論を見ても、いかにも不毛な議論が続いている。互いに議論の対象となっている問題の核心に迫ることができず、政権側は持論の正当化のみに腐心し、追究側はいかに相手が答えに窮するような質問をし、自分の政党の主張を目立たせるかに腐心しているとしか思えない。さらに最悪なのは、「是々非々主義」と称して「良いものは良い、悪いものは悪いという態度」で望むという連中だ。まるでやくざのまとめ屋のような態度で結局は政権の主張を通す側に立つのは目に見えている。
 この混沌とした世情の中で、いまこそ本来の批判の精神を貫ける論争が必要なのではないだろうか?

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2014年8月31日 (日)

帰属意識を通して現れる支配的階級の思想(その2 企業での縮図)

 ここで、近代的国家の縮図である資本家的企業における帰属意識について考えてみよう。

 いまわれわれは資本主義体制の国に生きていることは誰しも認めるだろう。また、資本主義体制はマルクス時代とは大きく変化していることも事実である。
 例えば、資本家のイメージはかつての様な個人としての金持ち企業経営者のイメージから大きく外れ、企業への資金を投資した株主たちがその支配権を持ち、経営者は、いわば機能資本家としての役割を果たすに過ぎなくなってる。ある程度のお金を所有する人たちなら誰でも「成長」が見込まれる企業に投資して、そこから上がる利益の一部にあずかれるという仕組みである。だから誰が資本家なのか分かりにくくなっている。しかしはっきりしていることは、株主など投資家にとってその企業が何を作り、何を生み出しているのかについてはほとんど関心がなく、ただ「いかに儲かるか」だけが問題なのである。そうした人々が世の中を実質的に支配しているのである。
 経営陣は、株主の意向に添ってその企業の経営の舵取りを任され、いくつかの職種に分業化され、全体を取り仕切るCEOが意志決定を行うのである。それは企業経営に関する本来の資本家の役割をいくつかの分業体制でこなす方式である。そしてそれらを本当に支配するのは株主たちである。いわばお金を持った人々による「民主的経営」とも見えるこの巧妙な支配構造が今日の資本主義社会を「自由で平等な社会」に見せているのである。
 一方労働者たちは、就職という形で、自分の能力(労働力)を賃金と引き換えに企業に売り渡す。その労働力を買った企業はそれを資本の生産・増殖のために「自由に」効率よく利用しようとする。かつて日本では、労働者(候補も含めて)がある企業に就職すると、社訓や研修会などでその企業の一員としての意識を刷り込まされる。そして「全社一体となってこの厳しい競争を乗り越えよう」という号令のもとで企業への帰属意識(愛社精神)をタタキ込まれていた。
 こうして、一方では企業も経営陣は機能別に分業化され、そこで働く労働者たちは、企業的に合理化された労働の分割によって分業化され、経営陣による支配的イデオロギーによって「社員」として心身ともに一体化される。
  経営者たちは互いに市場での激しい競争の中でいかに利益をあげるかを常に考え、そのためにその運営や組織はつねに「合理化」される。
 この企業間戦争では、兵士は労働者たちであって、指揮官は経営陣である。しかし国家の場合と違ってこれは「幻想共同体」ではなく「実践共同体」なのである。国家の場合とは異なり目標はただ一つ、競争に勝って利益を上げることである。だからその手段として雇用された労働者は、経営陣の舵取りの失敗などで経営が苦しくなると「苦渋の決断」とかいわれて容赦なくクビにされるのである。
 最近は、労働者が「自由に」職を変えたり、選んだりできるように(つまり労働力の流動化をはかるため)、という名目で、終身雇用制が崩れ、いわゆる非正規雇用がどんどん増えている。だから、クビになっても新たな職場に移ればよいとされる反面、被支配階級としての労働者を保護する法律は有名無実化されている。
 そのためかつてのような「愛社精神」は陰が薄くなってきた。そして「能力のある者」は自由に職場を変え渡り歩くことでリッチになれるが、「能力のない者」はそれ相応な低賃金労働や長時間労働に耐えねばならず、貧困から抜け出せない。そしてそれを「自由社会」の必然とみなす思想が覆い被さってきている。
 だから社会の格差が拡がり、一方ではリッチな人々がますますリッチになり、他方では貧困層が増加しているのだ。
 資本はかってのような「社会主義圏」という非資本主義的社会の存在による歯止めがかからなくなり、いまや地球上のすべての地域に低賃金労働と有効資源をもとめて動き回る。そしてそこから生まれる莫大な富は、ますますリッチな人々の手に落ちていく。
 貧困にあえぐ非正規雇用労働者たちは、その中で、終身雇用を含めた正規雇用労働者たちとは全く違う意識を持ち始めているに違いない。企業への帰属意識は毛頭なくなり、自分という個人の世界のみがある。そして会社のために働くのではなく、いわばアトム化したバラバラな個人として、自分自身の生活のために働くのだという意識が強くなっているに違いない。しかしバラバラな個人としてはますます過酷で賃金の低い仕事に甘んじるしかなく、貧困から逃れるすべがない。
 これはむしろ本来的な労働者の意識の再生でもある。そこから見る視点では、アジアやアフリカで強大なグローバル資本によって支配され労働を搾取されている絶対多数の労働者たちの姿がリアルに浮かび上がって来るだろう。労働内容こそ違っていても、基本的には資本に支配された同じ立場の人々なのだから。
 彼らにとっては「競争に勝つべき企業」も「守るべき国家」もない。ただ他の国々の労働者たちとともに手を取り合って自らの生命と人間的な生活への権利を主張をすることにしか、生きのびる方向が見えないはずだからである。

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2014年8月30日 (土)

帰属意識を通して現れる支配的階級の思想(その1 国家と国民)

 これまで3回に渡って集団における帰属意識の問題を扱ってきたが、最後にそれらに共通する大きな問題を提起しておこうと思う。

 マルクスが「経済学・哲学草稿」で言っているように、共同体をつくって生活している人類は本来「類的存在」である。近代になって、共同体から独立した「個」という存在が意識されるようになったが、それは、商品経済社会の一般化にともなう、商品販売の自由という意識が社会常識となったからであるともいえる。もともと商品は共同体というものに拘束されない存在であり、自由に共同体間で売買されるものだからである。
 しかし近代的「個」は本質的に類的存在である人類が共同体の中で「個」を主張するというある種の矛盾を含んでいる。だから近代人の実存はいつも自己分裂にさいなまれているのだろう。
 そのことが近代的「個」の誕生と軌を一にしてできてきた近代的「国家」との関わりを考える上で重要だと思う。近代社会の経済的土台は資本主義経済であり、そのメカニズムは本質的に共同体の枠組みを超えた存在であり、今風に言えば「グローバル」な存在なのである。
 しかし、ここでいう「グローバル」とは「世界共同体」のことでは決してなく、「世界市場」のことである。資本は個々の商品、そしてそれを生み出し市場に送り出す個々の資本家や企業同士が国境を越えてグローバルな市場で互いに「自由に」競争し、そこでバトルを展開するのが本性である。そこには商品という「モノ」を通して諸個人の欲望を煽り、それを買わせることで経済を成り立たせる仕組みが土台になっており、個々の人間の存在も「買い手」としての個であって、無限の多様性と深い歴史を内包する個では決してない。
 ところが、本来バラバラに切り離されて「個」として生きてはいけない人間の本性は、自ずと何らかの形での共同体的実存が必要になる。それが疑似共同体(吉本隆明は幻想共同体といっている)としての近代的国家を形成させる原動力になっていると思われる。
 資本主義社会はマルクスが指摘したように、共同体としての社会に必要な生活財や生産財の生産は、「個人の自由」を旗印とした資本家が自ら生産手段を私有し、実際にそれらを用いて行われる労働は、自らの能力を商品として資本家に売り渡す(賃金労働として)ことで生活する労働者たちによって行われる。
 一見、互いに商品所有者であり対等な商品交換関係のように見えながら、実は、片方は労働の成果(生産手段を含む)を私有化する個人の集団としての資本化階級であり、他方は、自分の労働力(能力)しか所有していない(だから生きるためにそれを商品として売りに出さねばならない)人々の集団である労働者階級であり、前者が後者を商品関係によって支配する階級社会なのである。
 しかし、この社会共同体では、それを事実上支配している階級のイデオロギーが支配する。共同体は実際には階級社会でありながら、外見上はすべての「国民」が一体となって社会を構成する「国家」という形をとるのである。そこに近代的国家とそれを構成する「国民」という社会常識が生まれる。
 グローバルな市場においては、資本家同士のバトルは、個々の資本家企業間で行うことが基本であるが、それはやがて実質的に資本家階級が支配する国家どうしの利害関係の争いとなり国家間バトルに発展せざるを得なくなる。そこに絶えず戦争の危機が生まれる根拠がある。
 そしてすべての「国民」が平等に兵士としてその戦争に加わり「国家」を護るために戦う、という幻想的共同意識が生まれ、ナショナリズムが醸成される。だからそのような状況では「国民皆兵」や徴兵制は当然のものと見なされるようになる。大多数の人々はマンマと支配階級のイデオロギーに乗せられ、あるときにはすすんで悲惨な戦争の担い手になり、個人としては何の恨みもない「敵国」の人々を「国家」の御旗のもとで殺戮させられ、自らも死の危険にさらされることになるのである。
 帝国主義時代以後の近代的世界戦争はすべてこうしたバックグラウンドから勃発しているといえる。そしていままたそれが繰り返されようとしている。
 ひとつこれまでの世界戦争とは異なるのは、「社会主義」を名乗りながら実は一党独裁制による資本主義国となった世界最大の「国家」中国がその中心に存在することであろう。
 マルクスの目指した共産主義社会は、本質的に階級のないフラットな共同体であり、社会主義もそのような方向に向かっていたと思われる。しかし、やむをえずとった過渡的な形態であったはずの共産党指導体制が、スターリン以降の一国社会主義政策とともに、それを支配する党官僚いう形で固定化されてしまい、変質に変質を重ねてしまったのだ。
 こうした中で、「個人の自由がない社会主義」に対し「自由主義による民主制」が対置され、「自由な」選挙で選ばれた代表が国の政治を動かしていくという資本主義国のイメージが普遍化されてしまうのである。
 いうまでもなくマルクスが目指した共産主義社会は、そのような国家主義的独裁社会などでは決してなく、資本家階級の支配を脱して、本来の意味での自由な共同体を形成する社会であった。
 そこでの帰属意識は、共同体の必要とする生活財や生産財を生み出すための労働を各自の特性に応じて分担しあい、各自が自分の社会的役割を認識し、実感し、表現し、それによって生きる意味を得ることができる社会の意識である。そこには国家間の殺戮を「合法的に」遂行する戦争を容認する因子はひとつもない。だから戦争遂行組織としての軍隊での生活に自己の存在意義を実感した人々とはまったく異なる普遍的な共同体帰属意識が生まれ得るはずだ。
 要は、マルクスが掲げる「万国の労働者、団結せよ」というスローガンが示すように、各国で共通の立場に立たされている労働者たちが、国境を越えて互いに手を結び合える方向でなければ国と国との間での戦争を根本的に回避することはできないということだと思う。

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2014年8月26日 (火)

帰属意識と残虐性の合理化

先頃TVのニュースで、イスラム原理主義グループ「イスラム国」の戦士が捕獲したアメリカ人ジャーナリストを斬首する場面をインターネットで世界中に流したことが報じられた。恐ろしいことである。 しかもこの「イスラム国」の戦士はどうやらイギリス人らしいという話である。なぜこうした残虐な行為が可能なのか?

 これは彼らの「自爆攻撃」という形での自己犠牲と表裏一体の感覚なのではないかと思った。ある教義や集団への帰属意識の強化とそれを証明するための過激な行為であるように思う。
 欧米の人々はこれを非人間的で狂信的な行為という視点から批判するであろうが、もっと違った視点から人間というものを考える必要もあるのではないだろうか?つまりなぜそのような行為が彼らにとって正当な行為であるとして意識されるようになったのか?まして欧米系でもとは非イスラム系の人であったかもしれない若者がなぜそうなったのかが問題だ。
 個々のケースを見ないと分からないが、おそらくは彼らは欧米社会で何らかの形で疎外され、社会の中で自分の存在意義を感じさせられてこなかった人たちなのではないだろうか?それは貧困から抜け出せないう形であったかもしれないし、自分の生き方が受け入れられなかったということだったかもしれない。そうした状況が、その社会への反発を強め、「そうでない社会」への希求を生み、イスラム原理主義の世界へ彼らを走らせたのかもしれない。
 いったん、そのような世界に向かった以上、そこでの帰属意識を高めることがその集団での存在意義を生み、かたい結束を表明しようとする形になっていったのではないだろうか?そのような状況ではかつて自分たちがいた社会に帰属する人間に対してどんな残虐な行為を働いても許されるという感覚が育つだろう。
 これとはややことなる状況であるが、かつて太平洋戦争の最中に日本軍がフィリッピンの村を攻め落としたときに、その村の住人の目の前で、ある兵士が、みせしめに赤ん坊を空中に投げ上げ落ちてくるところを銃剣で突き刺したという話を聞いたことがある。信じられないような残虐行為だが、当時の状況において日本軍の中ではそれが許されたのだろう。
 このケースでは自分の帰属する軍隊が日本国のために命をかけて戦っており、それに抵抗した敵の人間にはどのような残虐行為を働いてもかまわないという意識があったのだろう。戦場はつねにこういう場面を無数に生み出すものである。
 集団への帰属と結束のために敵対する相手にどのような残虐な行為を働いても許される、ときには自分の生命を帰属集団のために投じても、それが自分の存在意義の表明であれば進んでそれを行おうとする意識をも生むのであろう。これが戦場の実態であり、人はそうした状況においておそらく誰でもそういう意識になってしまうのであろう。
 その行為は彼らが所属する集団や国家においては、気高い犠牲となったとみなされ、名誉の戦死として扱われるだろうが、その残虐行為によって殺された相手の人々の命の重さは忘れ去られてしまうのである。
 残虐行為を正当化させられ「英霊」にされてしまった兵士も、それによって無惨に殺された人々も、ともに戦争の不条理なそして悲惨な犠牲なのである。

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