日記・コラム・つぶやき

2017年10月12日 (木)

西会津の「お天気お母さん」という生き方

 今日NHKアーカイブで放映していた「お天気お母さん」と呼ばれている西会津で農業を営む鈴木二三子さんという人物の一年間の記録が紹介されていた。この人は、子どもの時豪雨のために先祖代々引き継いできた田んぼをことごとく流されてしまった経験から、人間には制御不能のとてつもなく大きな自然界の法則性を察知して農業をまもるためにその変化に備えなければならないと実感した。そして高校を卒業した後も、クラスの仲間の多くが都会に就職していった後も農業を続ける決意をした。

 それからは、稲作方法に関する文献や肥料の科学的解説などの学術文献を親に購入してもらい、さらに自分自身も毎日の農作業での周囲の環境や天気についてつぶさな観察と記録をとり続け、膨大な資料をもとにその年の夏から秋にかけての天気を予想するようになった。その熱意は半端ではない。おどろくべき観察力と世界中から情報を集めるパワーは並ではない。学者顔負けである。
 ところが最近になって、気候の変動が激しくなり、その予想の振れ幅を超える変動が起きることが多くなった。しかし彼女はそれがなぜ起きるのか、あくまで資料を駆使してそのメカニズムを察知しようとし、またその激変への備えをどうすればよいかを冷静に考えた。
 鈴木さんはこうした農作業の中で化学肥料や殺虫剤は確かに有効だし、日本の農業はそれによって大きく進歩したと思うが、ただ収穫量を増やすことに終始していては結局長い目で見れば自然界のバランスを破壊し、農作物が取れなくなる可能性があることを悟った。そしてあくまで自然農法で稲作や野菜の栽培を行った。
  しかしそのため収穫量は半減し、苦労することが多かった。そしてそういう農業の実情を子供達にも理解してもらい、それなりに農業を続けていってもらうために子供達を農作業につれて出る。そしてある作業を子どもに任せたら、自分は余計な口出しはせず、たとえ失敗しても自分でその原因を知り、どうすれば良くなるかを考えられるようになってほしいと考えている。
 こうした実績をあげる彼女の評判は新潟や秋田など他県にも知れ渡ることになり、最近では各地に講演に出向いているそうだ。しかし彼女は少しも偉そうな態度をせず、あくまでもフツーの農家のお母さんなのである。
 この全くの「アマチュア科学者」であり、しかもそれが趣味などという半端なものではなく農業の実践に役立つ知識を自ら開拓していくという姿勢に、私は大きな感動を覚えた。
 こうしてごく普通の人々が自力で問題を解決し、それを他人とも共有していくという姿勢はこの社会の未来に一筋の光を感じさせる。
  誕生から教育、就労、結婚、子育て、老後の生活、そして死まで人生のすべてのシーンを「ビジネスチャンス」の対象として位置づけられ、一方で労働力を売り渡すことで資本の目的ために自分の能力を捧げ、他方で日々の生活ではそうした「疎外労働」から生み出され資本に利益をもたらすために作られた商品の「消費者」となり、労働賃金のほとんどすべてをその購入によって再び資本に環流し、そのようにして人生のすべてを資本に捧げ尽くすことが人間の幸せなのだろうか?
 はなやかに見える都会でサラリーマンとして暮らす労働者たちはこの過疎の農村で暮らす鈴木さんの生き方に学ぶことが多いのではないだろうか?

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2017年10月 2日 (月)

世の中の変曲点で考えること

 沖縄から帰った翌々日から3日間、風邪で高熱と激しい咳に悩まされ、その後も心身ともにグッタリとなって何もする気が起きなかった。いつのまにか10月に入ってしまったので、そろそろ重い腰を上げねばならないだろう。

 世間は安部首相の「衆院冒頭解散」で一気に総選挙モードとなった。突然小池都知事のブチ上げた「希望の党」に政界には衝撃が走り。すでにガタガタだった民進党がそれまで存在した野党4党の連携という構想をうち捨てて小池新党にすべてを託し、前原党首の「新しい器で民進党の理念を実現させよう」というかけ声のもと、事実上の解党が始まった。しかし小池氏は民進党からの「合流」希望者を「ふるいに掛ける」と言い出した。この「小池主導の選別」宣言で民主党は大混乱。
 裏切られた共産、社民、自由などの野党はただ呆然自失状態に見えた。そして当然これまでもくすぶり続けていた民進党内の政治思想の異なるグループが小池氏の動きに反発し、「リベラル新党」を模索し始めた。もし共産、社民などがこれに合流すれば、総選挙では「3極構造」の形が生まれそうだ。
 何としても安部一極支配政治にブレーキを掛けようという戦略的意味ではおもしろい形になってきたが、問題は中身のある政策論争がほとんど望めないことであろう。
 世の中を見れば、日銀短観はプラス続きで、求人率は高く、失業率は低い状態が続いているため、まれに見る長期に渡る好況が続いていると判断されているようである。しかし国家財政は借金を増し続け、いまやこれが返せる見込みはなくなっている。まさにギリギリの自転車操業なのである。
 自動車関連産業の輸出好調、建設関連産業の需要拡大、物流産業の増大などがこの「好況」を支えているようだが、これらの産業は下請け、孫請け、そのまた下請け...、と続くピラミッド構造の産業であって下に行くほどその雇用体制や給与体制は酷くなっていく。人手不足を理由の、非正規雇用は増えるばかり、労働条件は過酷になるばかり、過労死や過労自殺は増えるばかり、一方ピラミッド上部の大企業ではほとんどの労働を下請けに丸投げしながら、高給を取り、トップは「何とかホールディングス」などの持ち株会社だったりする。
 つまり投資家からカネを集めてこれをさまざまな労働分野に投資し、そこから上がる利益を獲得し、投資家にはその配当を分配するのである。かくしてずっと下の方の見えない現場で働く労働者達の過酷な労働や悲惨な生活状態は表面に現れず、世の中の莫大な量のカネが、もっぱら株価の上下によって動き回るのである。このいまの世の中の矛盾に充ちた仕組みはいずれ何かをきっかけに破綻し、そこから世界経済そのものが土台から崩壊する日がくるかもしれない。そのときにもっとも犠牲になるのは人口的に絶対多数の労働者たちである。
 だからこそ、安倍内閣の些末なミスや暴言などにかかずらったり、総選挙での「中間補完勢力」の台頭に振り回されたりしないで、こうした社会経済状況をリアルにそして的確に把握し、「好況」の底流にある危機や矛盾を洗い出し、それにどう対処すべきかを考えることこそがいまの「野党」の政策として求められていることなのではないだろうか?

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2017年9月17日 (日)

スマホという洗脳用具

 いま新聞もTVも"iPhoneX"が発売になるというニュースが飛び交っている。そして電車に乗れば、向かい側の座席に座る人のほとんど全員がスマホに見入っている。電車を降りてプラットフォームを歩いていてもスマホを見ながら歩いている若者が実に多い。これでは人生の大部分の時間をスマホの中のバーチャルな世界に生きていることになるのではないだろうか?それほどに今の社会はスマホの中の世界に支配されているのである。

 かくいう私もリタイアするまでは出始めたばかりのスマホユーザだったし、それ以前はいわゆるPDA(Personal Data Assistant)のヘビーユーザでさまざまなPDAを愛用してきた。スマホをやめてガラケーに戻ったのは通信料が高すぎるからだ。もし通信料が安ければいまでもスマホを使っていただろう。
 つまりいまの社会はスマホがなければ不便で生活できにくくなってしまったのだ。かつて1990年代初めに携帯電話が普及し始めた頃はケイタイがこれほど普及するとは思わなかったし、それがなくとも生活できた。ところがパソコンやケイタイが普及し、インターネットが一般化するにつれ、こうした技術をビッグ・ビジネスチャンスとして新興企業がこぞってその世界に名乗りを挙げた。そして瞬く間にIT機器が市場を席巻し、フツーの人々がIT機器ユーザとなって行き、こうした新興IT企業が「儲け頭」となっていった。いわゆる「IT革命」である。
 人々は「世の中の流れ」に遅れまいとしてこぞってITの世界にのめり込むことになり、世の中の企業はほとんどすべてこの新たなインフラを利用して儲けを増やした。
 その世界では、ひとたびネット上で噂となればあっというまに注目され売れ行きが急上昇する。だから企業はこぞってネットで目立つモノを売りに出すし、刺激的な広告を競い合うようになる。もともと資本主義市場社会が本質的にそうであった「騙し合い」の世界に火をつけたのである。
 こうして人々はネットの中のバーチャルな世界があたかも現実世界であるかのように感じ、本当の現実社会は「仮の姿」のように見えてくる。過剰な広告の海の中で「便利」なことが「善」であり、流れに取り残されることが「悪」であるかのような社会になってしまった。
  その中で人々は完全に「受け身」になっていっていることに気がつかない。自分の目や耳でリアルな世界と向き合い、自分の頭で考えようとすることを止めてしまったようだ。
 そしてそのような状況の中で、北朝鮮からのミサイル報道やトランプの武力による対抗措置の可能性などというニュースが飛び交い、虚構の核戦争の場面があたかもリアルな世界であるかのように描かれ、政府は「国民の安全のために」と大げさな「空襲警報」を流し、危機感を煽る。こうしたトップダウン情報伝達システムが出来上がっていく中で、人々は、国の安全のためには国力に相応しい軍事力が必要だ、と考えるようになり、すなおに憲法改定を支持することになっていくだろう。
 現政権はまるで北朝鮮や中国からの「軍事的脅威」を「待ってました、ありがとう!」とばかりにそれをこのトップダウン情報システムに乗せて人々の危機感を煽り、「洗脳」する。
 対する野党民進党がいまや瓦解寸前と見るや、突然、「今期国会会期中に衆議院解散することもある」と言い出した。この絶好のチャンスに総選挙で圧勝しようというのである。
 首相の「異次元の金融緩和による景気の好循環」そして「働き方改革」「一億総活躍社会」「女性が輝く社会」「人づくり改革」などなどという誇大宣伝広告は、中身がまったくないバーチャルな代物なのだが、人々にはこの流れに乗せられ、リアルな現実社会をキチンと見なくなっている。こうしたトップダウン情報システムの中ではボトムアップなリアル情報はご都合主義的に歪められるかどこかで消えてしまうのである。
 朝日新聞などはこうした安倍政権に対して、「政策の提示方法が問題なのではなく、どのような社会をつくるべきかを示してくれるべきだ」と書いている。しかし「どのような社会をつくるべきかを考えるのはトップの政治家ではなくボトムのわれわれ自身なのではないのか?政治家はそのための立法機関の吏員にすぎないのではないのか?
 この虚々実々な騙し合い社会の現状は、結局は「売れるモノがすべてを支配する」という資本主義社会の単純な法則のもとで進行した市場の支配者による上からの「IT革命」の結果であり、それによる支配的イデオロギーへの壮大なマインドコントロールだといっても良いであろう。
 スマホがいかに便利であってもそれに魂を売るようなことはするまいぞ!結局はわれらの生活や人生のすべてを資本に売り渡すことになるのだから。

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2017年9月 9日 (土)

「抑止力」は誰が何を「抑止」するためか?

 今朝のNHK-TV「深読み」で安全保障問題について討論をやっていたが、その中で「抑止力」についてが問題になっていた。北朝鮮がアメリカを挑発するためミサイルを発射したり核実験を行ったりしている昨今、日本もアメリカの安全保障によって守られているから大丈夫といえるのか?とか日本の自衛隊はアメリカから高額で購入する武器や情報がなければ防衛がなりたたない現状でそれらを日本独自に供給できるようにすべきではないか?などの意見が出されていた。

 その中で、現代においては、抑止力として必要な軍備を持たない国はバチカン市国以外に存在しないという発言もあり、一国としてそれに相応しい軍事的抑止力を持つのは当然だ、とする「空気」が充ちていた。さぞかし安倍首相はおよろこびであろう。
  だが番組でも誰かが言っていたように、「抑止力」とは互いに際限もなくエスカレートする必然性をもっている。相手に脅威を与える武力を持てば相手も簡単に襲ってこなくなるだろうという動物でも分かる単純な論理である。そしてそれが「国家」の場合その先にあるのは戦争であり大量殺戮である。
 ここで、よく考えてみよう。抑止力とは何なのか?誰が何を「抑止」するためのものものなのか?例えばいま「アメリカを火の海にする」と息巻いている北朝鮮のトップやその独裁下にある軍幹部の連中は別として、フツーの人たちは、それぞれ自分としては「アメリカを火の海にする」必要など何も感じてないはずだ。 むしろ莫大な軍事費のために自分たちの日々の生活が犠牲になっているような国より、もっと自由に見えるアメリカにあこがれているのではないだろうか?
  大部分のそうしたひとたちの心情を「アメリカからの軍事的侵略から護るため」と称して途方もない軍事費をきりがなくエスカレートさせていくトップの連中こそ、「朝鮮人民民主主義共和国」という国境線に閉じ込められた人々にとっておぞましい存在なのだと思う。
 そしてさらにこうした北朝鮮のほんの一握りの指導者に対して日本の政府はただただ抑止力の強化を訴えるだけである。番組の中でも「外交が重要だというが外交政策はつねに抑止力とセットとして考えるべきだ」とある論者が言っていたが、その「外交」とはこれら一握りのトップの連中との「外交」を意味するのだろう。
 しかし、現実にはそうした「政府間の外交」から外されている大多数の北朝鮮の人々とわれわれ日本のフツーの人々はお互いに個人的に何も恨み事はないし、フツーの隣人として付き合っていくべきだと思っているだろうし、そうできるはずだ。
 つまり「抑止力」とはそれらを要求する政府に代表される「国家」の支配的権力をもつ連中が自分たちを護るために必要なのだろう。
 いまや世界中の人々は経済的共同体(本来の意味での)としてはほとんど互いにつながっており、同じような立場にある人々である。しかし、そうした人々から何らかの利益を吸い上げ、それらの人々を事実上支配したり実効的な支配力を持った連中(たとえある場合には「自由・平等」が国是となっていても)が互いに戦争を仕掛けるモチベーションをもっているのである。そして莫大なカネを吸い上げる軍需産業がむしろ自分たちの利益となるようなそれらの連中こそ「抑止力」としての軍隊を必要とするのである。
 それら社会の実権を握る支配者たちのもとで日々の生活を営んでいるわれわれにとっては、同じ立場に置かれている世界中のどの国の人々とも戦争を起こす必然性などまったくないはずだ。
  むしろ「自由・平等」と言い聞かされながら、内実はまったくもって自由でも平等でもない日々の生活やその中で支配的イデオロギーをあたかも「普遍的社会観」のように言われて洗脳され続けているわれわれ自身が「思考停止」から目覚めなければならないのだと思う。
 そもそも「自由・平等」とは相手を競争で打ち負かし富を手にする自由などではないはずだ。すでに「社会常識化」された支配的イデオロギーの歴史的限界に気づき、その矛盾を克服して真にこれからの社会があるべき姿を考えねばならないのではないだろうか?

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2017年8月30日 (水)

「戦争はイヤだ」の中身が問題だ

 今朝のNHK-TV「あさイチ」で「戦争はイヤいまこそ考える」というテーマを放映していた。中東で戦乱の中で取材活動をしてきた柳沢さんの意見はなかなかリアルであった。その中でイスラエル人で日本に在住して家具職人をやっている人が日本の子供たちに彼の体験を話すという取材があった。彼は国民皆兵のイスラエルとその中での、彼自身がそうであった若い兵士の心情について語っていた。彼は小学校では「人を殺してはいけない」と教わっているのに、イスラエルの国状からパレスチナを空爆することになってしまうのは「仕方ない」と考えていた。しかし、あるとき、イスラエル空軍がパレスチナの病院や学校を空爆し、多くの子供達が死んでしまったことがあり、それをきっかけに「これが仕方ないといえるのだろうか?」という疑問を持つようになったというのだ。そこからおそらく彼の生き方は大きく変わっていったのだろう。

 戦争とは「人を殺してはいけない」という人間にとって基本的な倫理観を「こういう状況では戦争も仕方ない」として捨てさせることになるのだ。柳沢さんはこれを「思考停止状態」といっていた。たしかに「思考停止状態」になって、個人的には何の恨みも憎しみもない人たちを「敵」として「殺してもよい」という決定的な自己矛盾を「仕方ない」としてしまうことの恐ろしさが戦争なのだと思う。

  戦争が終わって戦勝国となった国の人々にはそれが正当化され、敗戦国になった国の人々はその矛盾に気づかされ罪の意識を負い続けることになる。
 その背後には、現代社会の人間が一個の個人であると同時に「○○国民」あるいは「○○民族」という「幻想共同体」の一員としての意識を持つ、いわば一個二重の実存を持たされているという現実がある。
  同じ言語を話し、同じ生活習慣をもつ人々が共同体意識をもつのは自然なことであるが、近代国家においては、現実に生活を支え合う具体的な共同体社会と、外側から政治的に「枠」を与えられた「国家」とが一致しなくなっていく。日本などはそれがほとんど一致している珍しい国なのだと思う。
  イスラエルはこれとはまったく対極的で、人為的に突然国家が作り出された。世界中に散らばってナチスなどから迫害を受けていたユダヤ人たちが、戦後連合国の支援を受けて、パレスチナ人の住む土地に事実上彼らを追い出して「ユダヤ人国家」を作ったのである。そもそもの最初から「戦争は仕方ない」という状況を生む必然性があったのだ。
 こうして自然発生的な共同体社会と人為的で政治的な「近代国家」との自己矛盾がその矛盾の爆発として戦争を生み出し、その中で凄惨で非人間的殺戮が「仕方ない」として正当化されるのである。
 あの惨めな敗戦を味わった日本人は、いま誰しも「戦争はイヤ、これだけは避けねば」と頭の中では理解しつつ、北朝鮮からミサイルが飛んでくると、「このままでいいのか?」「アメリカは頼りになるのか?」と思うようになり、やがて「日本もこれに対抗できる軍事力を持たねばならない」という国家上層部や政治家たちの意見に従っていくことになりそうである。これが「思考停止」の第一歩である。
 いまさら「非武装中立」などは非現実的だ、という意見はいま「戦争はイヤだ」という日本人の大半の意見であろう。安倍政権はその「空気」に乗っかって憲法改定を試みようとしている。やがては自衛隊を「国軍」に昇格させ、「合法的に」軍備をもつ。
  しかし、その先に待っているのは「自国を護るためには仕方ない」と戦争に突入するか、あるいは仮想敵国と競争で軍事力をエスカレートさせ、馬鹿げた巨大核戦力をもってその「抑止力」に頼るかであろう。
 はたして「非武装中立」は非現実的なのであろうか?私はそうは思わない。軍事力を持つことは相手に戦争を起こす口実を与えることになる。その意味で軍事力を持たない国の方がずっと侵略しにくいはずだ。何も軍事力を持たない国をもしある国が侵略したとしても、それはその国にとっても国際的にも「正当化」することはできないだろう。何も抵抗しない人々を理由もなく大量に殺戮することはその侵略国の兵士にとっても自己矛盾を直接突きつけられることになるだろうし、おそらくそれを遂行することを不可能にさせるだろう。
  侵略された国の人々はいったん屈辱を味わうことになるかもしれないが、これは「正当な屈辱」であり、これに耐え、やがてその侵略が不当な行為であることへの人類全体への正当なアピールにつながり、必ずや反戦への世界的な共感を得ることになるだろう。
 「国を護るために」戦争に突入することで、何の罪もない、しかも親しい隣人となり得たかもしれない人々の大量の命を不当にも奪いながら「お国に奉仕した」として祀られるよりははるかにずっとましな生き方なのではないだろうか?

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2017年8月21日 (月)

Nスペ「東京・戦後ゼロ年」を観て

 このところNHKスペシャルの感想ばかり書いているので「あいつはNHKの回し者ではないか?」と疑われそうだが、決してそんなことはない。

 昨夜(20日)は「東京・戦後ゼロ年」というタイトルで俳優山田孝之が終戦直後の東京にタイムスリップし当時の映像や写真の中に溶け込んでいろいろな体験をするという設定だったのでちょっとドラマ仕立てで抵抗があったが、中身は私が5才の頃見た終戦直後の東京の景色や有様が映像として登場し、私の内部に眠っていた古い記憶を呼び覚ましてくれた。
 戦時中わが家は強制疎開のため全部取り壊され、父の診療所もその後の空襲で丸焼けになってしまったので、疎開先から帰ってきた私たち家族は杉並で貸間住まいをしていた。焼け跡生々しい町並みの通りにも当時、露店が並び、蒸かしたサツマイモを一山拾円で売っていた。焼けトタンで作った屋根だけの粗末な「バラック」住宅に住んでいた人が多く、夕方になると野外でドラム缶のフロに入っているのを見かけることもあった。 ときたま母と青梅街道を走っていた都電に乗って新宿まで出かけたが沿線の成子坂下あたりに空襲で焼けただれたクルマの残骸が山のように積まれていたのを思い出す。これが私にとっての「生まれ故郷・東京」の姿の原点であった。
 それはともかくとして、昨夜のNスペでは、終戦の年から翌年の8月までの1年間の東京が描かれており、ヤミ市の誕生と浮浪児たちの有様などが映像で描かれていた。
  上野の山に多くたむろしていた「浮浪児」たちはみな戦争で両親や兄弟を奪われ家を焼かれた戦災孤児である。食べ物もなく、何かあれば奪い合いとなるような中で何とか生き延びていた彼らはその孤独で苛烈な生活にも拘わらず大人達からはまるで「ゴミ」の様に扱われていたのである。
 当時のアメリカを中心とした占領軍は「進駐軍」と呼ばれていたが、飢えた子供達は進駐軍の兵士に群がって食べ物やチョコレートをねだっていた。そして女性達は生きて行くために自分の身体を兵士達に売った。当時はそういう女性達は「パンパンガール」と呼ばれていた。
 そして驚くべきことに、当時RAA(Recreations and Amusements Association)という進駐軍兵士のための慰安団体が組織され、日本版「慰安婦」が公募されたのである。そしてその高給に釣られて多くの女性たちがそれに応募したのである。
 その一方で、こうして食うに困っていた多くの人々を尻目に終戦間近に軍や政府が密かに蓄えた「財産」が進駐軍に流れていったという話は衝撃的だった。これらの資金は進駐軍関係の施設建設やサービスに注がれ、また進駐軍の特権につけ込んだ「政商」たちに流れていった。
  当時アメリカ軍がソ連などの共産主義運動への歯止めとして日本を位置づけ始めた中で、そうした闇のカネや特権に群がった旧軍部の上層部や政府要人はそれを自分たちの延命と利権獲得のチャンスとして利用し、罪に問われることもなくその後も何十年かに渡って戦後の政界や財界の仕掛け人として舞台裏で動き回っていたのである。ロッキード事件の児玉などもその一人である。
 こうした話を知るにつけ、あの戦後ゼロ・リセットを掛けられた日本がその後高度経済成長を遂げ、やがてバブル崩壊を境に下り坂を下り始め、いまや未来の姿すら描けなくなって行きつつある状態になっていった有様をすべて見届けてしまったわれわれの世代は、いったいどう考え何をすべきなのだろう?
 明治維新から始まった日本の「近代化」が坂の上の雲を目指して世界列強の一員にまで登りつめた後、戦争に向かってどんどん転がり落ち、ついにはあの悲惨な戦争の中ですべてを失ってしまった歴史を考えてみても、戦後、ふたたび坂の上を目指して登りつめたとき、そこに見えたのは何だったのだろうか?過去の幻影ではなかったのか?
  これは一口にいえば「反省なき戦後がもたらした現在の悲劇」といえるのではないだろうか?

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2017年8月19日 (土)

いまなぜ若者はテロリズムに走るのだろう?

 また無差別テロがバルセロナで起きた。このところヨーロッパでは毎月のように一般市民など「ソフト・ターゲット」を標的にした無差別テロが相次いで起きている。

 これらのテロがIS組織と関連が問われるのが常であるが、ISのメンバーではなく直接のつながりも薄い場合も多い。いわゆる「ホームグローン・テロ」がほとんどである。
 こうした動きは20世紀まではほとんどなかったように思う。強いて言えばオウム真理教などがその先鞭ではなかっただろうか?そしていまの無差別テロがそれらとも違うのは、ほとんどの場合、「自爆テロ」であることだ。つまり自分の命と引き替えに無差別に市民を殺害するという形である。それはおそらく2001年の9.11事件が始まりではなかっただろうか。
 かつて太平洋戦争中の日本の特攻隊は、国家や軍の指揮のもとに行われた自爆攻撃であったが、いまの自爆テロは自らの「主体的」意志に基づくものである。
 こうした「主体的」自爆テロは、銀行強盗などのようなカネ目当ての利己的犯罪とは全く質の違う、「自己犠牲」を常とする犯罪である。
 もちろんこうした自己犠牲が「主体的」意志のもとに決行される背景には宗教的あるいはイデオロギー的信念があることがほとんどである。これを「狂信」といってしまえばそれまでなのであるが、ヨーロッパの文化的生活の中で育った若者がなぜそのような行為に走ることになったのか、これは現代社会の病巣を探るには重要なテーマではないだろうか?
 ひとつはよく言われるように、西欧文明の生活の中での「差別」の問題があるだろう。単に同じ街に生活する異国人や異民族であるだけでは感情的・感覚的な差別はあっても互いに命を掛けるような対立はありえないだろう。命をかけて対立するようになる背景には、互いに死活問題となるような生存・生活権の掛かっている問題が存在する場合であろう。例えば、自分たちの職が奪われる危機に瀕した場合、相手の生活行動が自分たちの生活行動を侵食する様な場合などであろう。
 しかし、そのような場合にたとえ血で血を洗うような殺し合いに発展したとしてもそれがそのまま「自爆テロ」につながることは少ないだろうと思う。
 やはり「自爆テロ」の背景には、いまの社会で自分の存在意義を感じられなくなり、将来に希望を見失い、 そして自分がいま生きている意味が、自分にそうした絶望感を植えつけた世の中すべてを破壊するような行為に出て、その中で自分の命を燃え尽き果てさせることにあるのだと考えるようになることではないだろうか?
 こうした精神状態が表面には現れなくとも潜在的に心の中にあるときに、ISなどのような組織から流されるプロパガンダにつき動かされ、自爆テロを実行しようという気持ちに動いていくのではないだろうか?
 一口に言えばいまの社会が内包する「閉塞感」とその中での自己の存在意義の喪失感である。そしていまの社会は表面的には、華やかで楽しいことやおもしろいことがたくさんあるが、そうした外面的「幸福」の裏側に常にある「閉塞感」や「自己喪失感」にふと気づかされたとき、若者の心は言いようのない絶望感と孤独感にさいなまれることになるのではないだろうか?むしろ心の底に潜在するこうした「閉塞感」や「自己喪失感」から逃れ、自分に「それなりに幸福ではないか」と言い聞かせるために目先の「おもしろさ」や「楽しさ」に埋没していくのではないだろうか?
 私はこうした悲惨な精神状態に追い込まれている若者が日本にも想像以上に多いのではないかと察している。これが私の杞憂であればよいのだが。

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2017年8月15日 (火)

Nスペ「戦慄のインパール」を観て

 昨夜の「731部隊の真実」に続いて、終戦記念日の今日のNHKスペシャルでは、「戦慄のインパール」を放映していた。

 かつて若い頃に竹山道雄の「ビルマの竪琴」を読んで、深い感銘を受けた記憶と、私が高校時代に英語の教師だった人がインパール作戦に参加した兵士だったことを思い出した。
 戦争の敗色が濃くなっていった頃、大本営ではすでに占領していたビルマからインドに進出することで戦局の劣勢を跳ね返そうとするインパール侵攻作戦を立てた。その作戦は最初から無理を承知でその兵站の困難さから3週間の短期決戦により決着をつけようというものだった。しかもこの作戦は大本営内部での人脈関係の中でそれぞれ上層部の「業績」を上げさせるためのチャンスとして進められ、牟田口司令官がそのトップに立って実行する運びとなった。
 そしてその作戦は400キロ以上もの密林中の道なき道の行軍によって行うため、トラック輸送もままならず、現地の少数民族のムラから牛を調達して荷物を運ぶような状態だった。
 そのような無理な状況で開始した作戦で、途中イギリス軍からの猛攻に遭い多くの戦死者が出たが、作戦は継続された。とっくに3週間を過ぎて何ヶ月も続けられた作戦で食料は尽き、兵士は弱っていき、戦死者や病死者が続出したが作戦は停止されなかった。
 その背景では、この勝ち目のない戦いに終止符を打たせようとする軍内部の反対意見を強硬に退け、失敗を現地指揮官の不手際としてそのクビをすげ替えてあくまで「死守」の命令を出し続けた牟田口司令官の存在があった。しかし、ついに牟田口も最前線の悲惨な状況を知るにおよび、作戦の中止を余儀なくされることになった。
 そこから数万の兵士の悲惨な撤退が始まった。追撃するイギリス軍の猛攻とすでに兵站もなく、始まった雨期の猛烈な雨の中を空腹や伝染病や負傷で弱った兵士を見捨てて撤退する日が続いた。この作戦の生き残りの元兵士の発言や当時牟田口司令官の部下でこの作戦の進捗状況を記録していた斉藤少尉の手記からは凄惨な戦場の姿と司令官の引っ込みのつかなくなった強硬な態度が紹介されていた。まさに地獄の様な有様で、密林の道は死体の山を築いていった。そして途中大河を渡りきれずそのほとりで多くの兵士が死んでいった。
 この作戦で死んだ兵士は3万人に上り戦傷者は4万にもなったそうである。
ところが司令官牟田口は作戦中止後いち早く戦場から日本に帰国した。そして敗戦後の戦争裁判での法廷ではこの作戦の命令は上部からのものだったと証言していた。
 しかも、牟田口は戦後20年以上生き延び、その子孫が初めて公開した資料によると、回顧の中で当時ビルマ戦線で戦った相手のイギリス軍の司令官と手紙のやりとりをしていた。イギリスの元司令官が牟田口に「イギリス軍が苦しめられた」としてあの作戦に一定の評価をしたと感じ、そのことを回顧録的録音テープに収めていた。
 牟田口はその中で「私は戦後ずっと牟田口は馬鹿野郎だとさんざん悪口を叩かれてつらい思いをしてきたが、やはり私のやったことは正しかったということが分かってうれしい」と言っているのである。
 何ということだろう!大本営の無責任体制の中で身勝手に発せられた作戦命令のもとで、どれほどの兵士が地獄のような経験をし、命が失なわれたのか、その痛みを司令官として何一つ感じ取っていないこの男!こういう人間があの戦争を牛耳り、何十万という尊い命を奪い街を破壊させ、そして自分たちはおめおめと戦後に生き延び何も反省していないという事実。
  一方彼の部下だった斉藤元少尉は、いまも存命中でクルマ椅子に乗せられてインタビューに応じていた。彼は自分の書いた記録を見せられると顔を歪めて「見たくない」とつぶやいた。そしてしばらく沈黙したのち涙声で「悲しい!」と叫んだのである
 731部隊で「マルタ」を人体実験材料に使ったにも拘わらず戦後学会の権威にまでなった学者先生といい、このインパール作戦を強行した司令官たちといい、失われた一人一人の兵士や市民の生活と命の重さを何一つ感じていないのである。
 例の私の高校時代の英語教師だった人はこの作戦でどれほどつらく過酷な経験をしたのであろうか、彼はそれについてあまり多くを語らなかったので分からない。しかしあるとき、修学旅行のときであったろうか、その先生とフロ場で顔を合わせたとき、その背中に大きな傷跡が残っていることを知った。
 人の真価はその人の生き様で分かる。どうすることもできない歴史の流れの中で翻弄され地獄の苦しみを経験しても人間としての真価を持ち続けることの出来た人と、己の地位と立場と名誉のために何万人の人が死んでも意に介しない人がいるということをキモに銘じておこう。
 戦争はその違いを見事にあぶり出してくれるのだ。

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2017年8月13日 (日)

Nスペ「731部隊の真実」を観て

 さきほどNHK-TVで放映されていた「731部隊の真実」は久しぶりに見応えのある番組であった。731部隊は戦争中に旧満州で細菌兵器の研究開発をやっていた軍の研究組織であるが、そこに東大や京大など日本のトップクラスの大学から多くの研究者が送り込まれていた。そしてそこでは、中国人やロシア人などの捕虜を使った人体実験が行われていたのである。

 この話自体は私も前から知っており、これについて書かれた本もあったが、今回のNHKの番組ではロシアから提供されたハバロフスク裁判での当時の日本人戦犯の裁判記録のテープが放映されてたことで、そこでの証言に具体的な内容や人名が動かぬ証拠として出てきたのである。
 この731部隊ではチフス菌やペスト菌などを培養し、その「兵器」としての摂取方法や散布方法などの効果を実証するために人体実験が行われ、ほとんどの捕虜がそれによって死んだ。そして戦争末期には実際にその細菌兵器が戦場で用いられたのである。
 この731部隊の研究施設に派遣されたトップクラスの大学の研究者のうち、京都大学の関係者については実名が出されていた。しかし東大ではこの関係者を公開するのを良しとしなかったようで、今回名前が一人も公開されていなかった。
 戦争当時、世間では日本軍に反抗する中国人や「匪賊」を極悪人として報じる当時のマスコミの影響が強く、そうした犯罪人をどう処理しようとかまわないという「空気」があったようだ。
 そして大学の研究者にも、お国のために貢献できるのなら有能な人材を派遣しようという「空気」があり、しかも巨額の「見返り金」が軍から支払われるということから、大学側も進んで人材を派遣したようだ。
 しかも敗戦時、いち早く満州から特別列車で帰国した多くの研究者たちは、当時の日本を支配していたアメリカ軍から、彼らが持ち帰った実験データと引き替えに戦犯としての罪に問わない約束が交わされたのである。
  なんということであろうか!ABCCで原爆被爆者の治療を行うと称してそこから貴重な原爆による「人体実験結果」を得ていたのもアメリカである。
 こうして帰国後も彼らは大学で研究者として働き続け、その分野の権威として出世し、ある人は学長にまでなっているのである。
 ドイツではユダヤ人虐殺に関わりながら逃げ延びたナチスの残党をイスラエルの「モサド」が徹底的に追求し、何十年も経ってから逮捕し刑を受けた例もあるというのに、日本ではこんなことが許されたのである。
 そしていま、また防衛庁からの巨額の研究費を目当てに委託研究を受けるか受けないかが問題となっている中、学術会議の会長が「防衛関係の研究といっても全部が兵器開発に関係するわけではない」などと言って、物議をもたらしている。
 研究者や技術者の倫理が問題にされたのはもう半世紀以上も前のことである。しかし、いままた、大学の研究は「国益のため」として軍事研究に手を染め始めているのである。意識ある研究者は「国益のため」「経済成長のため」という抽象的な美名に惑わされてはならない。
 今日のNHK番組でも、731部隊で細菌培養の責任者だった研究者がハバロフスク裁判で、自分がやってきたことの罪は、もし自分が生まれ変わってくることができるなら、かならずそれを償うことで人生を費やしたいと涙ながらに発言していたのが印象的だった。そしてその研究者はロシアで刑期を終えて帰国してからまもなく自ら命を絶ってしまったのである。
 無事に帰国して罪にも問われることなく、自ら反省の言葉を口にすることもなく学会の権威になっていった研究者たちと比べ、ロシア軍の捕虜となってしまった研究者の運命は過酷であった。
しかし、どちらが人間としてまともであったかは70年経ったいま誰の目にも明らかであろう。

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2017年8月12日 (土)

NHK戦争記録特集番組を観て

 例年8月になると、NHK-TVで戦争記録特集番組が組まれる。今日(12日)は太平洋戦争当時の日本本土空襲の記録を放映していた。

 私は終戦当時まだ5才の子供で東京の杉並に住んでいたが、昭和20年1月に新潟に疎開していたので、3月10日の東京大空襲は知らないが、疎開する直前、近くの中島航空機が空襲された時の記憶がある。空襲警報が鳴ったので庭につくった防空壕に家族と身を潜めていたが、高井戸にあった高射砲からのズンズンという射撃音とB29から投下される爆弾のものすごい爆音と地響きで壕の入り口の隙間から見えた青空に、木っ端のように建物の残骸が飛び散り、遙か上空にときどきキラリと光る日本の迎撃戦闘機が見えたのを覚えている。防空壕の上には戸板が乗せてあり、空襲警報が鳴ると母がその上に布団を乗せていたのも覚えている。今考えるとこんなものではとても攻撃を防げるものではないが、母は機銃掃射で銃弾が壕の中まで飛んでこないようにと考えていたようだ。
 今日のTV番組を観ていて知ったことは、こうして日本の迎撃機が出動していた頃はまだよかったのだが、やがて硫黄島が陥落しそこからアメリカのP51戦闘機がB29とともにやってくるようになって日本の軍事施設や航空機はほとんど壊滅的な打撃を受け、挙げ句にはB29護衛の必要がなくなったP51が民間人を狙って機銃掃射をしまくるという状況になっていったようだ。杉並で医師を開業していた父は一人東京に残ったが5月に杉並が空襲を受けて診療所は全焼した。そして命からがら逃げ回ったという手紙が疎開先に届いた。
 番組では当時アメリカ空軍の戦闘機を操縦していた人が「日本人ならだれでも殺すことが使命と思っていた」と語っていた。しかし彼も戦後しばらくして日本に来たときに子供に「ピース」サインをされて、思わず心が動揺し、当時の攻撃される側の人たちの状況が思い浮かび胸を痛めたということだ。
 あの戦争で日本本土全体で空襲で亡くなった人は46万人にもなったそうである。 しかし、私はこの番組を観て思ったことは、あの戦争の引き金を引いたのは日本の政府と軍だったという事実が後景に退いている。日本本土がアメリカから受けた空襲の被害状況をいうならば、日本軍が行った中国の重慶などへの無差別空襲やオーストラリアのダーウィンへの空襲なども同様に取り上げるべきではなかっただろうか?
 番組でも若干触れられてはいたが、アメリカから見れば、こうした無差別空襲は日本が先に行ったのであり、アメリカは日本が引き起こした戦争を終わらせるためにそれを行っても当然であると思ったであろう。
 以前ある別の番組で、戦争中に軍の上層部にいた人たちが、戦後しばらく経ってから、戦争の「反省会」を行っていたときの録音テープが流されていた。そこではあの戦争がなぜ起きてしまいなぜ防げなかったのかが主要なテーマにはなっていなかった。もっぱら、どこそこの戦いで日本側が負けたのはなぜか、どこが間違った戦術だったのか、というような話であったと記憶している。こうした人たちは、彼らが引いた引き金で、あの戦争の大惨事が起きてしまったことへの反省はなかったのであろうか?
 一方で考えさせられることは、多くの戦争回顧番組で「当時の軍部がいけなかった」ということのみが強調されていることが多いことだ。しかし、私の知る限りでは当時「日本国民として一丸となって鬼畜米英と闘おう」「一億総火の玉!」(いずれも安倍首相の最近のスローガンと似ているが)と胸をはって声高に叫んでいたのは一般市民であった。まるで今の北朝鮮とそっくりな状況であった。
 つまり、戦争の引き金を直接引いたのは当時の軍であり政府であったのだが、それを可能にさせる「空気」を生み出していたのは当時の「国民」であったといえるだろう。そしてこうした上からの浸透による「国民感情」にほとんどすべての人々が何も反論も抵抗もできず、その「空気」に呑み込まれていったという事実こそ最も恐ろしいことではないのか?
 いったんこうした戦争への「空気」が出来上がってしまえば、それは容易に引き金を引かせることになり、いったんそうなれば憎しみが憎しみを呼んで互いに殺し合うことが「使命」となってしまうのである。いまの世界情勢はそういう「空気」を生み出しつつあるのではないだろうか?

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