新デザイン論

2017年7月 6日 (木)

デザイン論における私の基本的主張(その4)

(前回からの続き)

 (7)いまデザイン研究の中で「次世代社会のデザイン」を打ち上げた人たちがいる。しかし、これも結論からいうと、いまの社会システムの中でのデザインのあり方の本質的矛盾を問うことなく行えると考えるのは、あまりにも現実社会を知らなすぎる「インテリ」の思い上がりに過ぎず、単なる妄想であるといってもよいだろう。
 現実社会を見れば、「商品を売るためのデザイン」は実に綿密な「計画的行為」であるが、その一方でそのデザインされた商品が投入される市場はまったく無政府状態の「自由競争」が前提となっている。
 そしてこの無政府的市場競争こそ「自由社会」のキモなのだと主張する人々がこの社会を支配している。つまり資本主義経済社会の「デザイン」は無政府的競争という「アンチ・デザイン(無計画性)」を前提としてるのである。
  彼らは、これに反対し彼らの無政府的競争の中でいつもその犠牲となるのは現実に社会のために働く自分達だと異議申し立てをする労働者や生活者に対して決まってこう言う、「計画経済なんていうものはすでに滅びた社会主義の主張であって、人々の自由を奪う人権無視の管理社会以外の何物でもない」と。
 たしかに20世紀を揺るがしたいわゆる「社会主義国」のあり方はまったくひどいものであったが、それは、例えばマルクスが求めていた「本来の共同社会(Communism)」とはまったくかけ離れたむしろ真逆の社会であったということも事実だ。
 だが、それならばこういうべきであろう。
  ではいまの「自由競争」の社会で、なぜ、一握りの人々が社会的富の大半を自分ものとしてしまい、一方で貧困を世界規模で増大させているのか?
  なぜこれほど地球環境が破壊され気候変動が襲い、資源の枯渇が問題となり、このままでは人類の未来が危ういと分かっているのにそれを誰も止められないのか?
  いまの経済学は、無駄な消費を拡大し環境を悪化させ、そのために限られたエネルギーを無駄に使うことでしか「経済成長」できないというのならそれはまさに「不経済学」ではないのか?
  閉じられた地球環境の中で限られた地球の資源を世界中の人々が計画的に維持し用いることができるように考えるのが本当の経済学ではないのか?
 (8)そして最後にこう言おう。
  デザインはその「広い意味」では計画一般を意味し、その意味で国家の経済政策などもデザインであるといまのデザイン研究者は主張する。そういう意味で「社会のデザイン」を主張するならば、「グローバリズム」と称して世界を支配している政治経済体制は結局次世代の世界を「デザイン」することもできず、ただ一部の人たちの「自由な」利益獲得競争のために、世界中の働く人々を混沌と貧困に陥れているのではないのか?
それはいったい誰のための「デザイン」なのか?
 その「デザイン」の犠牲になる多くの人々の血と汗の結晶を独り占めする人々やその「おこぼれ」を頂戴している人々の生活の「デザイン」を飾り立てているだけなのではないのか?
 もともとデザイン能力とはすべての働く人々や生活者が持っていた能力ではなかったのか?
 その能力をそれらの人々の手から奪い取り、一部の人々の利益獲得競争の道具にしてしまったのはいったい誰なのか?
 われわれが目指す社会は、すべての生活者が自分の生活や人生のデザインを自由に行うことができ、そのことが同時に個々の人々の存在意義を社会全体がその構成要素として認め合うことで、互いに争うことなく、必要なものを必要なだけ生み出すことで成り立つ社会ではなかったのか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 さて、最初ちょっとばかり私のデザインに関する主張を記録に留めておこうと思い書き始めたものが、こんなに長い文章になってしまった。
 実はまだまだ言いたいことは山ほどあり、「腹膨るる思い」なのだが、この辺でガス抜きのために一発オナラででもして、止めることにしておこう。「ブーッ!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 5日 (水)

デザイン論における私の基本的主張(その3)

(前回からの続き)

 (4)ではデザイン行為とは純粋に個人の主体的内面の問題なのか?答えはノーだ。デザイン行為は「人間とは何か?」という問題を含むと同時に諸個人が「諸個人」たる根拠としての共同体つまり社会の問題でもあるのだ。
  それはデザイン行為が同時に人間の表現行為でもあり、そこにはその主体が何を問題として把握し、それをどう解決したかが表現されているからだ。デザインされた結果としての人工物はその意味でデザイン主体の「表現体」であり、この「表現体」を媒介として個人と個人のコミュニケーションが成立し、共同体を形成している。だからデザイン行為は個人の内面の問題であると同時にその個人が構成員である共同体社会におけるその個人の位置と関係を示すものでもあるといえる。それは芸術的表現と同根であるといえる。しかし、より直接「生活」に結びついている。
 しかし、今日の「デザイナー」は資本主義経済体制の中で、その頭脳労働力を「商品」として雇用者に売ることで生活をしている頭脳労働者の一種であるため、自らの意図とは関係なく雇用者やクライアントの意図を代弁する形でしか「デザイン」できない。非常に凝縮していえば、「売るためのモノやコトをデザインする」ために生活の中に「ニーズ」を恣意的に生み出しそれを手段として利用する。それは彼自身の内面の表現でもないし、社会と彼個人のコミュニケーションの媒体でもない。「デザイン」されるモノやコトは最初から彼の外からの「要求」で生み出され、彼の内発的意図の発露ではないし、その結果も社会全体をあるべき方向に持って行くことなく、ただ富裕な個人の美意識を満足させるか、社会的には長期的展望もない無秩序や無駄の再生産しか生み出さない。
 (5)このような「疎外されたデザイン行為」しか行い得ない今日の「デザイナー」の仕事はその美意識においては、この社会を事実上支配する人々、正確に言えば資本家とその追随的支援者(俗に言えば「富裕層」や「中間層」--- デザイナーもここに属すことが多い)の美意識を表現しているが、実際にデザインされたモノを作っている人々(多くは諸外国で低賃金で働く労働者)の美意識は表現していない。いやそうした人々は自らの美意識など持ち得ない状況で生活していると言う方が正しいだろう。
  もちろんこうした美意識の中には20世紀初頭に見られた「ザッハリッヒカイト」の様に普遍性を持った美意識もあるが、それはつねに「商品化」の手段に用いられることで歪められ、単なるスタイルと化し、本来の思想的方向性を失ってきた。
 そして「デザインの創造性」(実はこれが筆者の専門なのであるが)はこうした社会でつねに求められる「目新しい美」や、次々にもたらされる「イノベーション」といわれる技術的「ビジネスチャンス」を商品として実現させるためにデザイナーに要請される能力であるといえるだろう。
  それはこの社会(腐朽段階の末期資本主義社会)では無駄な消費を生み出すに過ぎない「創造性」であるといっても過言ではない。そこから生み出されたモノやコトはほとんどの場合、社会や諸個人がその将来を見据えて本当に求めているものではない。
 本来のデザイン創造性とは、こうした現在の「疎外された創造性」を否定の中から生み出され、「つくる人」と「使う人」が本質的同一性のもとに結びついた社会においてはじめて発揮される能力であるといえる。
 (6)コンピュータが普及しだした頃から、「自動デザイン」は可能か?という問いがあった。筆者もこうした論争に加わったことがあったが、結論から先に言えば、なぜそれが必要なのか?であり、それは資本主義生産様式の中での「生産の合理化」のためにしか意味がない、というものであった。
  これまでに述べたように、デザインとは主体の内面の表現であり、同時に社会における諸個人のコミュニケーション媒体という意義をもっているのであるが、その過程を「自動化」することに何の意味があるのか、ということだ。「芸術の自動化」も同じことがいえる。
 このことは、今日、AI(人工知能)がやがて人類の能力を超えて人類を支配することになるのではないか(シンギュラリティ)と危惧されている問題とある意味で関係する。
  そもそも人間は自分の生物学的肉体の限界を超えるために、その延長として道具をつくってきたのであるが、それが産業資本主義段階では手足の延長としての機械という形をとり、やがて脈管系の延長として電気通信系機器が発展し、最後に頭脳の延長としての人工知能が開発されてきたのである。これらほとんどすべてが資本主義生産様式のもとで急速に発展したため、その社会の基本原理(人間の生み出したモノの抽象化された存在である「資本」がそれを生み出した生身の人間を支配する社会)のもとで本来の道具の地位を逆転させ道具が人間を支配するかたちで「物神化」されていった結果であろうとおもう。
  しかし道具は道具なのであって、要は人間が自ら生み出した道具に支配されているような社会を基本から覆して、本来の形にもっていかねばならないということを意味しているのだと思う。
(次に続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 4日 (火)

デザイン論における私の基本的主張(その2)

(前回からの続き)

(3)そしてデザインの概念規定や理論研究に関しての問題であるが、それらの研究を「科学研究」の一環として自然科学などと一緒にとらえるのは間違っていると思う。なぜなら、デザイン行為そのものは科学の対象ではなく、むしろその成果を適用して行われる実践的行為だからである。それはよく言われる様な「科学」と「工学」の違いに似ているとも言えるが、もっと根源的な違いがある。
 「科学」は人類がさまざまな文明を形成しつつその試行錯誤の中で見いだしてきた自然界の法則性への認知の積み重ねであり、それが近代資本主義社会というある意味で「合理的」な社会が登場することによって、その生産過程の中でそれを応用する形で実益を上げることで、「科学」へのモチベーションを一気に高めた結果、科学研究と工学研究という相互刺激的関係を加速し、著しい発展を遂げたのだと思う。
 しかしここでも科学が人間の自然界への認識深化の成果である一方で、工学は生活や社会と直接に関係する実践の立場であって、それが資本主義社会の産物であったとしても、その本質は人間の普遍的行為としての「技術的実践」というものに根拠があるといえるだろう。
 この「技術的実践」は、人類が何かの目的でモノ(人工物)を生み出したときから始まったといえ、その本質は、それまでに知り得た自然界の法則性を、ある目的のために意識的(意図的)に適用することであるといえる。そしてわれわれのいう「本来のデザイン行為」はそうした技術的実践の一つの側面として位置づけられる。
  「技術的実践」はあらゆる人間の意図的行為の中に存在し、ある目的を実現させるためにある自然法則を手段として適用することの中に現れるが、その過程でその自然法則を担っている対象がどのように「手段」として機能し、目的実現を可能にさせるかについて、実際にその行為が行われる前に思考において先行的に想定し、それが実行される以前にそのプロセスや結果をあらかじめ可視化させ把握しておく行為であるといえるだろう。これが「デザイン行為」の原型であるといえる。
 したがって、ここではまずその行為の「意図」として目的意識がどのように形成されてきたのかが重要な問題である。それは最初から明確な形をもって現れるのではなく、最初はきわめてあいまいな「直感」として現れ、その実現方法を繰り返し試行錯誤的に考えながら過去の実例などと比較しつつ明確な解決目標として具体化させていく過程を含んでいる。
 さらに重要なことはこの目的意識の形成過程はそもそも目的意識発生の端緒となった「問題」の発見と把握に掛かっているのである。何かの事実に直面したとき、そこに初めて「問題意識」が発生し、眼前にある客観的事実が自分とその事実の間で発生するある種の齟齬としてつまり「問題」として見えてくるのである。この「問題発見」はその解決に向けた「目的意識」へとポジティブなメタモルフォーゼを遂げていくのであるが、そこにデザイン行為のもっとも重要な「主体性」の問題を含んでいる。
 もう一度現代デザイン論に戻れば、そこではデザイン行為一般は「要求仕様」から出発するとされるが、これは資本主義的職能として登場した「デザイナー」あるいは「エンジニア」の特徴であって、人間が本来持っている能力としてのデザイン行為は、まずそのデザイン行為の目的を主体的に持っていなければならない。そしてその目的はデザイン主体自身が発見した「問題」の解決に向けて形成された目的意識から出発するのである。
 要するに 「何のためにデザインするのか」である。 それは決して自分の外から誰かによって「要求仕様」として押しつけられるものではない。そうであるからこそ、その解決としてのデザイン結果は彼にとって意味があるのであり、本来の意味で彼がその一部を形成している社会全体にとっても意味のあるものになるのである。
 さらにいえば、一般設計学では「機能」に関する定義や記述もあいまいである。しかし、「機能」とはデザイン主体がその目的の実現に向けて「手段」として用いる対象がその「目的・手段」関係の中に置かれることによって初めてその機能を発揮しうる位置を得るのであって、したがってその結果の評価やプロセスについての評価はデザイン主体の意図との関係に掛かっているのである。「機能」は決して客観的に与えられるものではない。それは主観と客観を媒介する存在なのである。
 こうしてデザイン行為そのものに関しては、デザイン主体・設計主体自身の「問題意識」および「目的意識」という主体的内面の問題と切り離すことができないのであり、客観性をモットーとする純粋な「科学」の対象にはなり得ないもの(一般設計学はそのことに気づいておりだから数学的論理という形で設計行為を定義づけている)である思う。だからこそ、それは「デザインする自分とは何か」あるいは「社会と自分とのつながりは何か」という問題をつねに含んでおり、人間論でもあるし、自己の対象化という意味での表現論でもあるといえる。しかし、また脳科学や認知科学などはデザイン行為を「外側から」見るという意味で客観的にとらえることは出来るし、それも必要なことであるといえるだろう。しかしそれだけではデザイン行為の中身は到底とらえきれないのである。
(次回に続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デザイン論における私の基本的主張(その1)

 前々回に第64回デザイン学会研究発表大会に関する感想を述べた私のブログで偉そうなことを書いてしまったのでここで私の主張の核心部分だけ書いておこうと思う。間違っているかもしれないが、そうであれば遠慮なく批判してほしい。批判は「非難」ではなく本来その背後に建設的な意図があるものなのだから。

 (1)まず、「デザイン」という概念が独自に取り上げられ、研究対象になった背景として、近代社会つまり資本主義経済社会が成立していく過程でいわゆる産業革命があり、資本主義経済社会特有の分業形態が登場し、それらが資本主義特有の社会構造を作っていったのであるが、その中で歴史上初めて「設計技術者(エンジニア)」や「デザイナー」と呼ばれる職能が登場し、その職能内容がひとつの概念として扱われるようになったという事実がある。
 つまり「設計」も「デザイン」も資本主義社会特有の概念であるのだが、他方でそれこそ人類が到達した文明社会の到達点であると考える人々は、そこで登場した職能やそれを根拠とした概念を普遍的な形とみなし、そのままその歴史的根拠を人類の文明発生にまで求めようとする。だから、「デザインの歴史は古代文明発生から始まる」とされてしまう。
 ここでは普遍的な人間の行為が歴史的に特殊な形態として現れた現在の「デザイン」をそのまま普遍的な形としてとらえてしまう。例えば資本主義社会に見られるさまざまな分業形態の中に見られる「○○デザイン」という形の共通部分を集めるだけで、それを「デザイン一般」とか「広い意味でのデザイン」として扱い、それをそのまま「デザインのルーツは人類文明の歴史とともに始まった」として過去に投影してしまうため、現在の「デザイン」を歴史を超えた普遍的な形としてとらえてしまうことになり、「本来あるべき姿」を描くことができなくなってしまうのだ。
 人間の認知の順序はむしろ逆であって、現代の「デザイン」の置かれている現実やその概念規定のおかしさに気づき、その背景にある職能における矛盾をあるがままに抽出し、その「否定」の上に「本来あるべきデザイン」とは何なのかを考え、それによって初めて「本来あるべき姿としてのデザイン」を考えることが可能となり、その原型が人類の歴史の中にどのような形(疎外形態)で存在してきたかを見ることができるのだと思う。
 こうした歴史的視点がないと「われわれが求めるデザインの姿」が見えなくなると同時に人類社会の未来への展望も描くことができなくなるのではないだろうか。
 (2)次に、こうしたいまのデザインに対するアプローチの仕方の問題点が、例えばデザインとは何か?といった概念規定への研究にどのような形で現れているかを見てみよう。
 それは基本的には、デザイン行為の一般化としてとらえられる問題(例えば「一般設計学」など)において、デザイン行為の出発点が「要求仕様が与えられる」ことから始まる様に描かれていることである。この「一般化」は、すでに述べた様に、さまざまな職能としての「○○デザイン」の共通点をまとめた「一般化」なのであって、それらに共通する矛盾を否定する立場からの「本来あるべきデザイン」という意味での抽象化ではないのである。眼前の事実への否定的直感を媒介にしていないとこういうことになる。
 例えば、デザイナーが上司あるいはクライアントから要求仕様を受け取り仕事を達成し、出来上がった製品が市場で売られ、それがよく売れて、社会に広く使用されたとしよう。このデザイナーを雇用した企業の経営陣は彼の仕事を高く評価するだろうし、彼はそれによって自分の社会的存在意義を感じるだろう。
  しかし、その製品はそれ以前に同じ会社が売りまくった製品のモデルチェンジであって、その製品がすでに古い仕様であることを気づかせ、買い換への欲求を刺激すべく新たなデザインを出したのであって、これは事実上まだ使える製品を廃棄させる動機を生み出すことになる。これを人は「技術革新」の結果だから仕方ないというかもしれないが、もしそうなら前モデルを責任をもって回収し、そのリサイクルに要する費用までもそれを作った会社が負担するのが本当であろう。それをせず、廃棄物の処理は公共的事業に任せ、「購買者」に新たな負担をさせることでその「技術革新」の結果を売り込むことが社会的に正しいといえるのか?
 さらいえば、そうした本当に社会的な必要性があるかどうか分からないような「技術革新」を結局は「売って利益をあげる」ための手段として用いているという事実に、もしデザイナーが気づいても、これを雇用主やクライアントに申し立てすることなどありえないのだ。なぜなら、デザイナーはそうしたことを行うために登場し雇用されている分業種なのだから、それに意義を申し立てることは自身の存在意義を自ら否定することになるからだ。
 このようにして、デザイナーの仕事は社会全体としてみれば、あまり意味のない社会的需要を「要求仕様」として突きつけられ、そうしたものをつねに生み出し続けることを強いられ、それをデザイナーの「創造性」だとされてしまう。その結果、社会全体として過剰な無駄が生み出され、まだ使えるモノが廃棄され二酸化炭素などの廃棄物が大量に排出され、自然環境が汚染されると同時に限られたエネルギーや資源が枯渇していく。
 このデザイナーという職能というポジションからは「あるべき社会のデザイン」の幻想は生み出し得ても、それを現実に生み出すことなど決してないだろう。
 こうして本来のデザインの概念規定は現在の「デザイン」の否定から出発せざるを得ないのである。
(次に続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月23日 (日)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その3)

前回、前々回に引き続き、1971.11.2 T大学で行われたデザイン問題研究会主催のシンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録からの抜粋の続きである。

<司会>:この辺でまとめる方向に向かいたい。

<O氏>:まず、”デザイナー運動”というものが成り立つのかどうかということがある。デザイナーは、20世紀帝国主義時代になって初めて出てきた職能であり、教育労働などと同じようには考えられない。世間で言われる”デザイナー”をそのまま使って”デザイナー運動”と言ってみても即自的だ。普遍的人間労働の一部門としての設計労働として問題をとらえることが必要だ。そのとき、肉体労働の対極としての疎外された精神労働という形での「設計労働」を否定的にとらえなければならないと思う。
<宮内氏>:施工労働者に対するペーパーアーキテクト(設計者)という従来の建築家運動は、分業化された上での運動という限界があった。僕の考えていることをまとめると次の3つ位になる。
1.設計事務所の労働組合を作り出すことが必要。一つ一つ仕事のあり方をチェックする。危険なプロジェクトは拒否するところまで行くべき。何が危険かの線引きは難しいが。
2.どうやれば拒否できるか。そのための運動体を作り、具体的な中で矛盾が暴かれて行くべきだ。
3.市民運動と建築家との連帯。自分の専門を高めるといのでなく、専門の共有化、一大衆として建築の知識を使うことが必要。生活の安定、出世というものと縁を切れば、プロ意識を否定て何かがやって行けそうに思う。
<野口>:僕らの目指す設計労働者の運動は既成の労組とはアナロジーできないし、JIDA的な職能組合とももちろん違う。むしろ企業別、産別組合をも同時に担っていけるようなものであるべきだと思うが、具体的イメージはまだない。
<安藤氏>:徐々にこちらの意図を伝えていかねばダメだ。なかなかすぐにはいかないが。
<野口>:ミニコミ、市民運動などが、どのような階級情勢の中の全体的問題の一環として位置づけられるのかを考えなければいけないだろう。そのような大きな展望との関係で具体的な運動や組織作りを進めて行くべきなのだと思う。
<司会>:デザイナーの運動というのが成り立つかどうかということに対しては、そのようなものが展望されるべきだということで一応確認されたと思うが、まだ具体的なイメージはない。今日の討論をそのような状況の中での共通性を含んだ対立点としてとらえ、今後の運動を展望していこう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 以上が「デ問研」1971.1.2 シンポジウムの記録であるが、それからすでに46年が過ぎ、その間、世界は資本主義社会の一極支配となり、設計労働者運動はおろか、労働運津そのものものが見る影もなく衰退し、世間は企業に従順な労働者や孤立した非正規労働者たちであふれ、過重労働、長時間労働は日常となる一方で、世の中に「デザイン商品」や「ブランド商品}が溢れ、デザイナーたちはその商品を製造する海外生産拠点の工場で安い賃金で働かされている労働者のことなどまったくそしらぬ顔で、こうした商品を次々と生み出さされている。
 無駄な消費で成り立つ経済の中、莫大な過剰消費によるエネルギー資源枯渇や地球環境破壊がどんどん進んでいるにも拘わらず「消費拡大こそ経済を活性化させる」と叫んで資本家達の意のままに政治を牛耳る政治家たちに対して高い支持を与えるような世の中になってしまった。
 リタイアして10年、いま私は再び、この半世紀前のシンポの記録を読みながら、あの当時目指していた原点にいったん戻り、そこから別の形であらなに再出発せざるを得ないと感じている。その意味でこの1971年のデ問研シンポでの議論は私に良きにつけ悪きにつけ様々な問題を問いかけ続けて来るのである。

 そこでこのシンポにも現れていた当時の全共闘運動などを中心とした運動に特徴的に現れていた表現とその背後にある考え方の矛盾について記しておこう。
 まず、「自己否定」という言葉がしきりに出てくる。これは当時の東大紛争などでそれまでエリート候補生として教育されていた若者達が、自分たちが官僚や企業の経営者など、社会の支配層に属する人間になるため存在しており、結果として労働者大衆への抑圧者、加害者となっているという認識から、それをそのまま否定することに意味を見いだしたという背景があった。
 この「自己否定」は例えば東大全共闘が高倉健のやくざ映画の一場面をポスターに引用するなどという形でも表れたが、そのこと自体が当時は新鮮であり、若者の流行のスタイルとなっていった。つまり当時の全共闘運動は時代のファッションでもあったと言えるだろう。いうなれば「プチ・ブルジョア的市民意識」の運動と言えるだろう。
 したがって、それが含む思想的限界が例えば、運動の提案対置主義と政治闘争主義という両極化した矛盾としても表れていたと思われる。例えば「自己否定」のあり方として、デザイナー運動においては「デザイナーとしての能力を生かして資本家ににらまれても資本家のためではなく、大衆のためにやるべきことをやる」という形で具体的提案を対置する方法を選ぶか、さもなくば「加害者」としてのデザイナーであることからドロップアウトして、政治闘争に走る、という形の政治闘争主義に行ってしまうという両極ブレに陥る矛盾である。1971デ問研シンポでもこのことが議論になっていた。
 このことは、現に否応なしに資本主義経済体制を構成する分業種の一つに組み込まれ、その分業種特有の能力を身につけた労働者が、資本家的圧力や矛盾とどう闘うのかを考えるときには重要である。デ問研シンポではO氏が、「場所的な闘い」と言っていたことは注目すべきである。彼は、その分業種を担う労働者としてその「場所」で直面する特有の問題についてそれとどう闘うかを考えるべきだと主張していいる。そしてそのそれぞれの「場所」特有な矛盾の背後に存在し、それらを規定しているもっと大きな、本質的な矛盾を突き止め、その根拠を理解することで、それぞれの「場所」で闘う労働者達が本質的には共通の立場であることを認識し、団結した闘いを組むことができるということだと思う。
 例えばいま地球環境の破壊というグローバル資本による過剰生産過剰消費経済と無政府的市場競争が生み出した重大な危機に対して、過剰消費を促進させるために生み出された資本主義的分業種の一つであるデザイナーが「地球にやさしいエコ・デザイン」を売り文句にした商品を大量に生み出しても、結果として地球環境の悪化は少しも軽減されないという事実は、「提案達主義」の現代版ともいえるだろう。また、そんな「犯罪的」な仕事はやめて別の「人道的」仕事に”逃げる”といった場合も、その「人道的」仕事も結局は間接的に資本主義社会の大きな矛盾の中で、それを機能させていることに気づくことになるだろう。
 やはり、それぞれの持ち場でそれぞれの矛盾と対決し、それを克服していく中でその背後に共通する大きな矛盾は何であるかをまさに「科学的(偏狭なイデオロギーや宗教などではなくという意味で)」に理解し、そこに国境を越えた労働者間の深い連帯意識を生み出していくことこそが求められているのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月22日 (土)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その2)

 前回に引き続き、1971.11.2 T大学で行われたデザイン問題研究会主催のシンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録からの抜粋の続きである。

<ここでフロアからの質問を交えて全体討論に入った>:
<司会>:デザイナー、建築家、デザイン学生などが共通に抱えている問題をどうとらえ、どう克服してゆけるかさしあたり次の3つの問題を軸にして討論を生み出していきたい。
1.過去の運動の結果としての現在、とりわけ全共闘運動の総括
2.現在直面している問題
3.その集約としての今後の運動への展望
<学生 I> : 安藤さんへ、68年当時、デザイナーの問題→一般的労働者の問題としてズラしてとらえてしまったことが限界だといいましたが、何が欠けていたのでしょうか?
<安藤氏>:「デザイン労働者」というのは決して飛躍ではない。本質的には他の労働者と同じでメシのための仕事だ。しかし職能的専門技術を通じて問題解決できると考えるのはおかしいということだ。デザインとは本来何もないところに何かを考え出す知恵だ。資本によって剥奪された全人性を回復するために自分の技術で労働者階級に寄与することが必要だ。そのためには専門技術を共有しなければならない。僕の持っている技術をいかに他人に与えられるかが問題だ。
(記録者注:安藤氏は自分の言っていることの矛盾を自覚していないようだ)
<学生N>:大学を出て、就職し、そこから職能としてのデザインを売って生きて行くことしかできない現実。そうした自分の立脚点を踏まえて何ができるのかが問題だと思う。
<安藤氏>:自分のやった仕事の加害者性はただちに大衆的にバクロすべきだ。メシを食うために表ずらは”有望”なデザイナーであってよいが、本当の自分としてやるべきことはやるべきだ。闘争のために食いっぱぐれたデザイナーを救済するための頼母子講的組織を作るべきではないか。
<学生N>: 自分の好きなことを経済的利益を求めないでやることができないかと考えるのは結局”生活のため”が少しずつその意識を崩していくのだと思う。
<司会>:もう少し全体としてこの問題をを考えよう>
<学生運動OBのO氏>:安藤さんが苦闘されてきたことはよく分かるが、問題がともするとどうどう巡りしているように思う。そのジレンマは”大衆のためのデザイン”というとらえ方、つまりデザインを機能面でとらえてしまっているからだと思う。学校を卒業して設計労働部門に入って働くときに、そこで直面する問題とどう取り組むべきかというように問題を立てるべきではないのか。
<安藤氏>:あなたの言う”機能面”というのが分からない。
<O氏>:つくることについてを考えるのに、つくられたものがどう加害者性を持つかと考えるのはつくられたものの機能面でそれを考えているのだと思う。だからどうどう巡りになってしまう。
<安藤氏>:僕の言うのは赤瀬川源平が朝日ジャーナルを使ったようなやりかた、IDの世界でもああいう”乗っ取り”ができるのでは、ということだ。
<O氏>:それが”機能的解決”と言ってるのだ。
<安藤氏>:あなたの言う”機能面”とは”運動面”ということか?
<O氏>:設計労働部門の労働者としてそこで直面している矛盾に対決していくということだ。
<安藤氏>:それはそれでいいが、僕にはできない。具体的に知恵をいかに出していくかだ。あなたの運動を具体的にどう展開するのか?
<O氏>..........。
<司会>:朝日ジャーナルでの赤瀬川のやり方をひとつのデザイン運動だと見る考え方と、それはデザインを機能面でしか見ていないため問題がどうどう巡りしてしまうという考え方の対立だと思う。これを中心に議論を進めよう>
<学生 I>:国鉄労働者の運動に見られるように、労働者として日々かけられてくる問題に対決しつつ自己の普遍的労働者階級としての意識を持つと言うこと、デザイナーとしてもそういう風に問題をとらえていくことが必要なのだと思う。あなたはそれでいいが、私はこうだ、ではなく共通の問題として。
<安藤氏>:そう思う。僕の言いたいことは日宣美粉砕共闘当時、デザイン労働者という規定をしていながら、その後さまざまな現場のデザイン労働者と共闘を組む機会を逃してしまったことだ。例えばデザイン事務所を持っている人だって労働者ですよ。
<O氏>:やはりそこでも独自の問題に突き当たっている訳だし、デザイナーと呼ばれない人たちでも設計労働部門の片隅を担っている労働者がいるだろう。そうしたこと全体で設計労働部門の労働者が直面する問題として共に闘う基盤を作り出していくべきなのだと思う。
<宮内氏s>:たしかに一匹狼でやるには問題があってどうどう巡りになってしまうが、例えばいま関西のあちこちで作られつつある設計労働者の運動ーそれらの人たちは70年建築家行動委は建築家としての自己否定であり、その限りではどうどう巡りだと言っているがーそうした新しい運動が具体的な行動の中でどうどう巡りを破るようになるかもしれない。そうした運動が単なる改良運動じゃなくて、あるプロジェクトを拒否できるようになったりしなければダメだと思うが。
<O氏>:さっき野口さんが言ったように、これまでのデザイナーの運動には、プロジェクト対置主義と自己否定に基づく政治闘争主義があると思うが、プロジェクト対置主義は機能的に問題を立ててしまうところが限界なのだと思う。
(この後、会場からのある学生の質問と安藤氏、O氏、私との間で「プロジェクト対置主義」を巡るディスカッションが続いたがいずれもすれ違いがあってあまり生産的な議論にならなかったのここでは省略する)
<司会>:ちょっと議論がかみ合わなくなったが、労働者階級の現実をとらえ、デザイン労働という場において運動をどうとらえていったらよいかという問題について討論を続けたい。
<安藤>:作りたくなくても作らざるを得なくなる。どうやって作らないようにするかが問題。作ってしまったらどうするか。できてしまったものに対する情報を流す。そうしたことが行えるような労組を作ることが問題だ。デザイナーという職能の問題ではなく、作っている工員も含めて全員の問題だ。一人のデザイナーが情報を流せばクビになる。クビにならないような組織を作らねばならない。
<野口>:なぜ、そういうものを作らなければならなくなるのかという問題を深めていくことにより、それがすぐさま何かをしなければならないということに直結しなくても、その問題に直面している労働者の運動自体がより深い問題意識に支えられたものにしていくことが必要だ。<院生K>: 安藤氏はバクロする情報を流すルートを確保するといったところで留まっているが、そこから先はそれぞれがやればいい、として問題を客観主義的にとらえてしまっている。情報をバクロすることにより何を獲得していくのかが問題だ。デザイナーだけが資本と対決しているわけではなくてそれを追求していくことを通じて政治闘争にも決起して行かなければならない。
<安藤氏>:実際にやってみなければダメだ、あなたを含めて。
(以下、次回に続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その1)

 このところ世界情勢が緊迫してきたため、このブログでの政治・経済的内容が増えてしまって、デザイン問題の記述が著しく減ってしまっていた。

 そこで、デザイン問題研究における私のいまの立ち位置を再確認すべく、古いノートなどを読み返していたが、偶然書庫の奥から古い資料が発見されたので、その中にあった1971年当時の「デザイン問題研究会」(1968年頃から盛り上がりを見せた全共闘運動など広範ないわゆる新左翼的学生運動がそろそろ行き詰まりを見せていた1970年後半、当時T大学助手であった私が学生達と一緒に立ち上げた研究会である)の記録をひっくり返してみた。
 まず、「デザイン問題研究会」の記録の一部にあった1971.11.2 シンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録から抜粋し、3回にわたって、このブログで当時の状況を浮かび上がらせ、そこからいまの私の立ち位置を考えててみよう。
ーーーーーーーーーーーーーーー
 この「デ問研」シンポは、T大ストライキ実行委員会の学生たちを中心に一般公開されたシンポでパネリストには日宣美(日本宣伝美術家協会)粉砕闘争で活躍したグラフィック・デザイナーの安藤紀男氏と建築家でラディカルな著書「怨恨のユートピア」の著者である宮内康氏が招かれた。
<まず安藤氏のスピーチ>: 
 68年当時明確な位置づけはなかったが美術系大学の政治意識の低さに抵抗し、高揚した学園紛争や、ゲバラへのあこがれがあって運動を始めた。流行の先取り的運動だったが、それが運動の限界でもあったといえるかもしれない。
 70年11月の「広告批判シンポ」に出席したが、これは広告労協という団体が主催したものだが、商品ができていないのに広告しなければいけないとか、在庫整理のためのマイナーチェンジを「ニュー何々」として広告させられたり、性能の悪いクルマを良いように見せかけて広告させられたりする。全体に懺悔的な形で業界のデザイナーだけが知っていることを多くの消費者に伝えなければならないと思った。
 デザインは、人間の創造的精神で人間が昔から潜在的に持っていた能力かもしれないが、職業としての確立はあくまで産業の要請に基づいている。その意味で資本の手の内から逃れられない矛盾を持っている。
 デザインで飯を食う労働者(デザイナー)は一方でその専門性によって加害者的になっている。しかし自分として自分の職業を否定するのは迷いがある。これをあらゆる労働者に共通の問題としてとらえる必要があるだろう。資本主義体制の打倒がなければ根本的解決はありえない。だが68年当時の運動、日宣美フンサイ→万博(70年大阪万博)フンサイ→70年決戦という図式の論理だけで具体的プログラムもなく街頭闘争へ飛び出した。ここに問題があったと思う。
<司会者からの質問>:どのようにしてその状況を克服できると考えていますか?
<安藤氏>:悪いことをやらされる→それを消費者に流す→大衆運動として企業を規制する。という図式だがこれを組織化していくことが難しい。職能として潔白を保つことなどできず、やらざるを得ない。それが犯罪的である→そして政治闘争へ、ということだ。
 今にしてみればデザイナーであることに固執しなくても良かったと思う。資本主義的分裂(分業)の中でメシのための仕事と本来やるべきことを両立できると考えるのは幻想だ。
<続いて宮内氏のスピーチ>:
  60年安保当時東大の学生だったがデモで国会突入した。活動家としては二流だったと思う。その後、もう一度建築をやり直そうと思い大学院に進み、原広司らとRASというアトリエを持った。70年闘争では東大闘争に大いに関心があったが運動としては70年建築家行動委員会に参加し万博フンサイ運動などもやった。
  建築家としての自己否定が中心だが自分の原点でも闘いを作り出して行くべきだと考え、在職中の理科大で学生とともに運動した。大学教員という社会的地位は再び得られないと思うと躊躇したが結局自己否定をトコトン突きつけるため自ら進んでクビになった。現在「設計工房」という事務所を持っているが、安藤氏と同様の悩みを持っている。建築家として何をすべきか?という考えは幻想だ。だが職能を否定してどうやって生きていくのか、これがだれにも分からない。
 自分としては、建築の問題から国家権力の問題へと3段階論法的に行ってしますのは抵抗がある。その中間あたりでウジャウジャしていたい。建築家としての自分と市民=労働者としての自分に2極分解してしまっている。とりあえず問題にぶつかったとき、プロとしての特権意識を捨てて、それを抑圧された大衆の一人として考え、決断して行きたい。
<次に主催者側からのパネリスト野口のスピーチ>:
 この研究会(デ問研)の存在は69年のI学科闘争を抜きにしては語れない。当時デザイン教育の資本主義的再編に伴うカリキュラムの強化の中で旧制工芸時代の教員とあらたに後から来たいくつかの他専門分野の教員との間の確執、授業内容の統一性の欠如、などが直接のきっかけで、学科のデザイン理念と各教員のそれとの関わり方への追求という形で大衆団交が行われた。その後、学内で盛り上がった自衛官通入学への反対運動と合流し、T大闘争という形に発展した。
  その中でI学科ストライキ実行委員会が結成され、無期限ストに突入、その間に「デザイン問題」に関する自主講座が生み出され、闘争の補完的役割を果たした。
 やがて弾圧の強化による闘争の後退、そしてスト実自体の大衆性喪失という状況の中、70年年冬の合宿でデザイン運動史の再検討、新たなデザイン運動への展望などが目指され、夏合宿ではデザイン問題を独自に追求する組織が提案され、大学祭への取り組みとして11月に第1回シンポジウム「現代デザインを問う」が開催され、そこでデザイン問題研究会が発足した。
 そのシンポでは、若手デザイナーが抱えている問題を取り上げ、デザイン界の動向とこれまでの運動の持っていた問題点などが検討されたが、そこでは次の様な2つの傾向が指摘された。
1.社会的問題をデザイナーの立場で解決しようとする→提案対置主義
2.デザインそのものの否定そこからドロップアウトして政治闘争へ→政治闘争主義
 これらは疎外された運動の両極として互いに補い合ってきたし、いまもその延長上にあるといえる。この第1回シンポでは、総じてデザイナーの直面している問題を「デザイナー意識」でまとめあげてしまっているため、問題の本質をとらえ損なっている。その克服をいかになすべきか?資本主義的疎外労働の一つである設計労働を行う労働者が直面する問題として再把握する必要がある。
  資本主義社会が成立することで初めて職能として誕生し、意識的にとらえられるようになったデザイン、だがそれは同時に疎外された形で。そこに貫かれている普遍的人間労働の一部としての設計労働との矛盾。これを当初は「設計労働の質的変革へ」ととらえたが、このデ問研の文化サークル運動としての位置と場所性を踏まえてその目的意識の持つ限界性を自覚すべきと考えている。
 いまわれわれの抱えている問題は、設計労働者が直面している問題が、いかなる形での設計労働の疎外なのかを把握し、そこからあるべき設計労働の本質を追求する設計労働論を構築することだと考える。
 しかし、そこから具体的な運動をどのように展開すべきなのかはまだ見えていない。
(以下次回につづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月15日 (木)

デザインの基本問題をめぐってーその5(デザインの矛盾と教育のはざま)

 私は何十年もかかって苦しい試行錯誤の結果、得てきたデザインに対するこのような自分の考え方は決して間違っていないと確信している。それでは、資本主義社会全体が変革されたあとでなければ、こうしたあるべき労働やデザイン的行為の研究は社会的に役立たないのか? それまでは資本主義的分業種であるデザイナー育成のための矛盾に充ちた教育や研究に従事しながらそれを否定する理論を世の片隅で「異端」として思索を続ける矛盾した(疎外された)存在でしかないのか? 言うまでもなくこれは私自身の問題であって、私が何のためにこの世界に生まれこの矛盾に充ちた人生を送ってきたのかに関わる疑問でもある。この疑問には未だ明確な答えは得られていない。しかし、いま言えることは次の様なことである。

 私が大学でデザインを学んでいた頃は、いわゆる高度成長期のただ中であった。世界中で盛り上がるデザインという領域への期待感や川添登の「デザインとは何か?」などに鼓舞されてワクワクしながらこの世界に飛び込んだのであった。しかしその後、さまざまな形で現れた「高度成長」の矛盾への反発は学生運動の嵐となって吹き荒れた。 しかし、その後、社会は新たなバブルの時代に入り、そこでは有名デザイナーの作品がとんでもない価格で買われる世の中になって行った。その意味でデザインは注目された。そしてそれは崩れるべくして崩れ、その後に長い「冬の時代」が訪れた。
やがてアメリカ発のIT革命が再び資本主義経済を活気づかせたが、その中で、デザインはソフト的世界やインターフェース・デザインへと活路を見いだしていった。また他方では大企業を中心にインフラ的部門の規模の大きな構想へのデザイン能力が要求されるようになっていった。しかしこの要求に従来の様なデザイン教育では応えられず、それに応えるべく、様々な科学技術や社会科学、人文科学を横断する領域として新たなレベルでの「デザイン」がトップレベルの大学や学会間で目指されるようになった。
 しかし他方では急速にグローバル化が進む資本家企業のもとで、その労働の国際分業化が「生活水準の差」をもとに国別に進み、各国での社会格差がどんどん進んでいっている。そこでは一方で一握りの富裕層が既得権を守るためにあらゆる権力を用い、そして他方では大多数の「余裕なき人々」がそのもとで労働を搾取され、資本家企業の生みだす商品のデザインは富裕層を対象とする驚くほど高価な高級商品のデザインと貧困層を対象とする安価な量産商品のデザインに二分されて行った。前者は有名デザイナーやドイツ、日本、イタリア、フランスなど付加価値的ブランドを持つ国々のデザイナーたちが手がけ、後者は多くの場合、中国や東南アジア諸国など労働賃金が安い国々のデザイナーが手がけている。
そして今世界は激動期の予兆に充ちている。再びおそろしい混乱と戦争の時代がくるかもしれない。大規模インフラ革命を目指す高級インテリデザイナーたちのトップダウン的「グランドデザイン」はこうしたボトムの現実を踏まえない限り砂上の楼閣に終わってしまうだろう。そしてやがて私たち生活者もまたスマホのゲームに没入できるような「平和な日々」に安穏としてはいられなくなるだろう。
 こうして世界は刻々と変化し、その中でデザインをめぐる問題の位置も刻々と変化している。
 しかし、この刻々と変化する歴史的現実の中で 私(たち)は日々生活し、生きねばならない。私は現役時代には、毎年、学生たちを就職させるための努力をしなければならなかった。労働力市場への売り込みである。事あるごとに私の持論を講義の中にちりばめたりしたが、これは学生たちにはおそらく理解ができなかったであろう。この苦渋に満ちた日々は私のリタイアとともに終わったが、もしかすると私と同じ思いをしているデザイン教育者が他にもいるかもしれない。そういう人たちのために言っておこう。
 取り敢えず、いまのデザイン教育者としての生活を護ろう。矛盾した理論や教育であってもそれを教える教育労働者としての自分の社会的存在は誇るべきである。資本主義社会の中で疎外された労働を行わざるを得ない労働者は、やがて必ずその矛盾に気付かざるを得なくなるだろう。そしてその矛盾との対決の中にこそ自分がこの時代に生きる存在意義があるのだということに気付くだろう。私たちの労働や生活の中から見えてくる様々な社会的矛盾を心にしっかりと留め置こう。それはやがて心の中に蓄積し、世の中の歴史的変化の中でひとつの理論として結晶化しいつか社会変革への巨大なエネルギーに結びつくに違いない。
 デザイン能力は決して資本家企業の「売るためにつくる」能力ではない、それはもともと生活者自身が持つ自身の生活を生み出す能力であった。そしてやがてすべての生活者がその能力を再び取り戻す日がきっと来るだろうと信じつつ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月14日 (水)

デザインの基本問題をめぐってーその4(あるべきデザインとは?)

 これまで述べてきたように、いまの職能としてのデザインは資本主義社会の形成過程で生みだされた資本主義生産様式特有の分業形態の一つとして登場した職能であり、それゆえ、それ自体は「デザイン」というカテゴリーを生みだす基礎とはなっているが、同時に歴史的特殊性としての基本的な矛盾をはらんでいるのである。

 しかし、そのことによってはじめてその否定のもとに「本来あるべきデザイン行為」というものの姿が明らかになってくるのである。それはちょうどマルクスが資本主義社会の労働がもつ矛盾を否定的にとらえる中から、本来の労働過程とはどのようなものかを明らかにし得たのと同様である。
 マルクスは資本論第一巻の第5章「労働過程と価値増殖過程」の中で、資本主義的労働という歴史的形態の中に否定的に含まれている普遍的な労働過程について述べている。その中で次の一節は有名である。いうまでもなくここでの「労働過程」は普遍的な意味での労働者のそれである。
「クモは機織り職人に似た作業をし、蜜蜂はその蜜房の構造によって、多くの人間の建築家を顔色なからしめる。しかし、最悪の建築家でも、もとより最良の蜜蜂に優るわけは、建築家が蜜房を築く前に、すでに頭の中でそれを築いているということである。労働過程の終わりには、その初めにすでに労働者の表象としてあり、したがってすでに観念的には存在していた結果が、出てくるのである。彼は自然的なものの形態変化のみをひき起こすのではない。彼は自然的なもののうちに、同時に、彼の目的を実現するのである。彼が知っており、法則として彼の行動の仕方を規定し、彼がその意志を従属させねばならない目的を実現させるのである。」(向坂訳岩波版より引用し一部の表現は引用者が修正)
 この部分はかつて川添登が「デザインとは何か?」(角川新書版)マルクスが述べた労働過程のこの部分を引用している。しかし、川添は残念ながら「人間疎外」は人類が文明を生みだした時から存在したものであり、その疎外を取り除くのがデザインの役割であるとしてマルクスの意図を解しなかった。そして資本主義的分業の中でそれがどのように歪められ疎外された労働の一部となっていったかについては何も問題としなかったため、あたかもこの労働過程がそのままいまの職能としてのデザイナーの使命であるかのように受け止めてしまったのである。
 マルクスがこのように労働過程の本質を明らかにしたことにおいて、もっとも強調しているのが「労働者の目的の実現」であるといえるだろう。それは労働とは何なのかということと同時に社会という共同体における一人の人間の在り方と社会との本源的関わり方をも示唆することなのである。
  このシリーズの「その2−(デザイン論)」ですでに触れたが、いまのデザイン論および方法論研究では、デザイン主体の目的意識の形成過程はデザイン行為の外にある。それは誰かの意図としてデザイン過程にやってくるのである。デザイン行為の疎外がそのまま「普遍化」されているのである。しかし、私はそこで疎外された側面こそが重要であると考えている。
  デザイン主体がまず自分と外部の対象的世界(自然・社会など)との間で生じた問題状況を「問題」として主体的に受け止め、それがどのような「問題」であるかを認識する過程が重要である。それによって初めてその問題を解決するための方法や手段つまり目的が明らかにされ得るのである。その思考過程で初めて問題が解決された際のイメージが頭の中に生まれてくる。これがマルクスがいう、「労働者の表象」であり、「彼の頭の中に観念的に存在している結果」である。これが主体的に獲得された「解」の表象(イメージ)であれば、それが現実の解決として実現された結果は、達成された目的としてその過程の「表現」になるのである。私はここがもっとも重要な側面であると考えている。
そしてこのような労働過程の側面は生活者が行うどのような労働にも含まれているべきであり、「デザイナー」という分業種のみがその対象となるわけではない。私はそうしたあるべき労働の姿こそ、生活者が資本家階級から取り戻すべき能力であると考えている。これに関する昨年のデザイン学会での発表概要を下記にアップロードしておいたので参照されたい。
 いまの資本主義的分業としてのデザイナーの労働ではこのもっとも重要な側面が疎外されており、それは資本家企業の経営者の意図として外からやってくるのである。例えそれがデザイナー自身の意図のように見えても、彼が資本家企業に雇用された(あるいは下請け企業として行う)労働者である以上それは疎外された目的意識とならざるを得ないのである。したがって、どんなにデザイナーが環境問題や人間的倫理観にもとづいて仕事を行おうとも、それが資本主義経済体制を支える社会的分業の一環である以上、企業の利潤に結びつかなければ存在意義がなくなるのである。
 そこで、こうした「あるべきデザイン行為」の研究は資本主義的分業形態に特有なデザイナーという職能の登場によって初めて浮き彫りにされた「デザイン」という領域を対象としながらも、それとは一線を画し、その否定として、さらに高い次元で求められる、あるべき労働の側面として深められなければならないだろう。
(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月13日 (火)

デザインの基本問題をめぐって−その3(デザインの価値とは?)

12月6日のブログ「デザインの価値についてー<デザインによる価値創造の実態>」を若干修正してここにもってきました。

 一般に「価値」といえば個人的な価値観と経済的な価値とがあまり区別なく用いられるが、この両者はキチンと区別すべきである。個人的価値観はその人の人生観とか美意識によって判断の基準となる「価値」をいうが、経済的価値は商品の価格として表現される社会的な意味での価値である。
 いまある要求あるいは欲求があって、それを充たすためにあるモノを作るとしよう。その結果できたモノはある目的を達成する手段であったり対象であったりするので、使用価値をもっている。だからそれは目的に応じた機能を果たすのであり、「有用性」をもっているのである。
 しかし、それが社会的に通用する目的を持っているならば、あらゆる人にとって共通の価値をもっていなければならない。商品経済社会において、商品は購買者にとって主観的な価値の表現でもあり、同時に売り手にとってもこれとは異なる意味での交換価値を持っていなければならない。その場合交換価値の社会的基準となるのが、価値である。それはそのモノが作られるためには、社会的に平均どのくらいの労働が必要であるかで決まる。使用価値がモノのもつ質的な側面であるのに対して価値はその量的側面といってよいだろう。
しかし、商品経済が社会全体に行き渡った資本主義社会においては、モノは最初から売るために作られ、それを作るために消耗(移転)した生産手段の価値部分とそれに要した労働力の価値(資本主義社会では労働力までもが商品として扱われる)が含まれるが、労働力の価値は労働者が日々労働力を養うために生活の中で消費する生活資料の価値で決まる。これが労働賃金である。資本家はこれらを、商品を生みだすに必要な「費用価格」ととらえる。しかし、実際は商品が作り出されるときには、労働者は自分の価値以上の価値(剰余価値)を生みだし、商品の価格にはこれが含まれる。したがって商品は市場での競争によって一般的には資本家に利潤をもたらすといえるが、その個々の利潤は様々であり、資本家はつねにもっとも多くの利潤が得られる価格で商品を売ろうとする。
 そこで登場するのがいわゆる「付加価値」である。「付加価値」は通俗的には、商品に価値を付けるという意味で用いられるが、それは本来の労働価値とはぜんぜん違うものである。「付加価値」 とは資本家ができるだけ実際の価値より高く売ろうとするために商品に実際の価値以上の「価値」を付加することであり、例えば、恣意的な希少性、欲しくなるような魅力的デザイン、有名ブランドなどなどである。これは実際の商品の価値とは無関係に需要を高める目的で成される価値の偽装であり、本来の価値とは無関係である。しかし、使用価値に示される様なモノの質的側面と、個人的価値観(これはきわめて曖昧なものである)をたくみに結びつけ、購買者に価値以上の価格で高く買わせようとする「騙しのテクニック」なのである。購買者はそれを自分にとって新たな使用価値と思い込まされて価値以上の高い価格で購入し、そのことが同時に価値以上の利潤を販売者にもたらしているのである。つまり「デザインによる価値創造」などといわれるのはデザインによって何か特別新たな価値が付与されるのでは決してなく、利潤をもたらす交換価値(つまり市場価格)の創造のことなのである。
  デザイナーはもちろん他の労働者と同様に商品の価値を生みだす労働の一部を担っているが、それが同時に「付加価値」の付与となるような頭脳労働を提供させられている労働者なのである。デザイナーの労働の成果は資本家にとって利潤の獲得量に大きく影響する。だから一般的にはデザイナーは現場の労働者より賃金が高めに設定されていることが多い。まして個人的価値観をくすぐり、高い価格でも買いたくなるようなデザインができる「才能」をもったデザイナーの能力は労働力商品(賃金あるいはデザイン料)として高い価格で売れる。
 ところで、商品を作るために必要とされた労働は、様々な資本主義的に分割された労働種によって支出された労働の合計である。デザイナーやエンジニアの労働は一般に商品の一つの品種につき一度(もちろん何ヶ月もの時間を要するが)開発段階のみに必要とされるが、生産現場の労働者の労働はつねにすべての商品の生産に均等に必要とされる。つまり一つの商品に含まれる労働量でいえば、生産現場の肉体労働により支出された労働の量の方がデザイナーの労働で支出された労働量より遙かに比率的に多いのである。これは開発エンジニアなどの頭脳労働一般に言えることかも知れない。
  その差は特定の商品がロングセラー商品など(それ自体が悪いとはいわないが)として長期間大量に生産されればされるほど大きくなり、そうした商品の中に含まれるデザイナーの労働部分はごくわずかな部分に過ぎなくなるのである。もちろん、生産現場の労働者一人当たりの労働量は細分化され並列化された工場ではわずかな量かもしれないが商品一個に対象化される労働量はそれらの合計されたものである。
こうして資本主義社会で最初から売るために作られるモノは必然的にその使用価値もそれを生みだす労働そのものにおいても歪められ、本来のモノづくりの姿とはかけ離れたものになっているのである。
(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧