新デザイン論

2017年4月23日 (日)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その3)

前回、前々回に引き続き、1971.11.2 T大学で行われたデザイン問題研究会主催のシンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録からの抜粋の続きである。

<司会>:この辺でまとめる方向に向かいたい。

<O氏>:まず、”デザイナー運動”というものが成り立つのかどうかということがある。デザイナーは、20世紀帝国主義時代になって初めて出てきた職能であり、教育労働などと同じようには考えられない。世間で言われる”デザイナー”をそのまま使って”デザイナー運動”と言ってみても即自的だ。普遍的人間労働の一部門としての設計労働として問題をとらえることが必要だ。そのとき、肉体労働の対極としての疎外された精神労働という形での「設計労働」を否定的にとらえなければならないと思う。
<宮内氏>:施工労働者に対するペーパーアーキテクト(設計者)という従来の建築家運動は、分業化された上での運動という限界があった。僕の考えていることをまとめると次の3つ位になる。
1.設計事務所の労働組合を作り出すことが必要。一つ一つ仕事のあり方をチェックする。危険なプロジェクトは拒否するところまで行くべき。何が危険かの線引きは難しいが。
2.どうやれば拒否できるか。そのための運動体を作り、具体的な中で矛盾が暴かれて行くべきだ。
3.市民運動と建築家との連帯。自分の専門を高めるといのでなく、専門の共有化、一大衆として建築の知識を使うことが必要。生活の安定、出世というものと縁を切れば、プロ意識を否定て何かがやって行けそうに思う。
<野口>:僕らの目指す設計労働者の運動は既成の労組とはアナロジーできないし、JIDA的な職能組合とももちろん違う。むしろ企業別、産別組合をも同時に担っていけるようなものであるべきだと思うが、具体的イメージはまだない。
<安藤氏>:徐々にこちらの意図を伝えていかねばダメだ。なかなかすぐにはいかないが。
<野口>:ミニコミ、市民運動などが、どのような階級情勢の中の全体的問題の一環として位置づけられるのかを考えなければいけないだろう。そのような大きな展望との関係で具体的な運動や組織作りを進めて行くべきなのだと思う。
<司会>:デザイナーの運動というのが成り立つかどうかということに対しては、そのようなものが展望されるべきだということで一応確認されたと思うが、まだ具体的なイメージはない。今日の討論をそのような状況の中での共通性を含んだ対立点としてとらえ、今後の運動を展望していこう。
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 以上が「デ問研」1971.1.2 シンポジウムの記録であるが、それからすでに46年が過ぎ、その間、世界は資本主義社会の一極支配となり、設計労働者運動はおろか、労働運津そのものものが見る影もなく衰退し、世間は企業に従順な労働者や孤立した非正規労働者たちであふれ、過重労働、長時間労働は日常となる一方で、世の中に「デザイン商品」や「ブランド商品}が溢れ、デザイナーたちはその商品を製造する海外生産拠点の工場で安い賃金で働かされている労働者のことなどまったくそしらぬ顔で、こうした商品を次々と生み出さされている。
 無駄な消費で成り立つ経済の中、莫大な過剰消費によるエネルギー資源枯渇や地球環境破壊がどんどん進んでいるにも拘わらず「消費拡大こそ経済を活性化させる」と叫んで資本家達の意のままに政治を牛耳る政治家たちに対して高い支持を与えるような世の中になってしまった。
 リタイアして10年、いま私は再び、この半世紀前のシンポの記録を読みながら、あの当時目指していた原点にいったん戻り、そこから別の形であらなに再出発せざるを得ないと感じている。その意味でこの1971年のデ問研シンポでの議論は私に良きにつけ悪きにつけ様々な問題を問いかけ続けて来るのである。

 そこでこのシンポにも現れていた当時の全共闘運動などを中心とした運動に特徴的に現れていた表現とその背後にある考え方の矛盾について記しておこう。
 まず、「自己否定」という言葉がしきりに出てくる。これは当時の東大紛争などでそれまでエリート候補生として教育されていた若者達が、自分たちが官僚や企業の経営者など、社会の支配層に属する人間になるため存在しており、結果として労働者大衆への抑圧者、加害者となっているという認識から、それをそのまま否定することに意味を見いだしたという背景があった。
 この「自己否定」は例えば東大全共闘が高倉健のやくざ映画の一場面をポスターに引用するなどという形でも表れたが、そのこと自体が当時は新鮮であり、若者の流行のスタイルとなっていった。つまり当時の全共闘運動は時代のファッションでもあったと言えるだろう。いうなれば「プチ・ブルジョア的市民意識」の運動と言えるだろう。
 したがって、それが含む思想的限界が例えば、運動の提案対置主義と政治闘争主義という両極化した矛盾としても表れていたと思われる。例えば「自己否定」のあり方として、デザイナー運動においては「デザイナーとしての能力を生かして資本家ににらまれても資本家のためではなく、大衆のためにやるべきことをやる」という形で具体的提案を対置する方法を選ぶか、さもなくば「加害者」としてのデザイナーであることからドロップアウトして、政治闘争に走る、という形の政治闘争主義に行ってしまうという両極ブレに陥る矛盾である。1971デ問研シンポでもこのことが議論になっていた。
 このことは、現に否応なしに資本主義経済体制を構成する分業種の一つに組み込まれ、その分業種特有の能力を身につけた労働者が、資本家的圧力や矛盾とどう闘うのかを考えるときには重要である。デ問研シンポではO氏が、「場所的な闘い」と言っていたことは注目すべきである。彼は、その分業種を担う労働者としてその「場所」で直面する特有の問題についてそれとどう闘うかを考えるべきだと主張していいる。そしてそのそれぞれの「場所」特有な矛盾の背後に存在し、それらを規定しているもっと大きな、本質的な矛盾を突き止め、その根拠を理解することで、それぞれの「場所」で闘う労働者達が本質的には共通の立場であることを認識し、団結した闘いを組むことができるということだと思う。
 例えばいま地球環境の破壊というグローバル資本による過剰生産過剰消費経済と無政府的市場競争が生み出した重大な危機に対して、過剰消費を促進させるために生み出された資本主義的分業種の一つであるデザイナーが「地球にやさしいエコ・デザイン」を売り文句にした商品を大量に生み出しても、結果として地球環境の悪化は少しも軽減されないという事実は、「提案達主義」の現代版ともいえるだろう。また、そんな「犯罪的」な仕事はやめて別の「人道的」仕事に”逃げる”といった場合も、その「人道的」仕事も結局は間接的に資本主義社会の大きな矛盾の中で、それを機能させていることに気づくことになるだろう。
 やはり、それぞれの持ち場でそれぞれの矛盾と対決し、それを克服していく中でその背後に共通する大きな矛盾は何であるかをまさに「科学的(偏狭なイデオロギーや宗教などではなくという意味で)」に理解し、そこに国境を越えた労働者間の深い連帯意識を生み出していくことこそが求められているのではないかと思う。

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2017年4月22日 (土)

1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その2)

 前回に引き続き、1971.11.2 T大学で行われたデザイン問題研究会主催のシンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録からの抜粋の続きである。

<ここでフロアからの質問を交えて全体討論に入った>:
<司会>:デザイナー、建築家、デザイン学生などが共通に抱えている問題をどうとらえ、どう克服してゆけるかさしあたり次の3つの問題を軸にして討論を生み出していきたい。
1.過去の運動の結果としての現在、とりわけ全共闘運動の総括
2.現在直面している問題
3.その集約としての今後の運動への展望
<学生 I> : 安藤さんへ、68年当時、デザイナーの問題→一般的労働者の問題としてズラしてとらえてしまったことが限界だといいましたが、何が欠けていたのでしょうか?
<安藤氏>:「デザイン労働者」というのは決して飛躍ではない。本質的には他の労働者と同じでメシのための仕事だ。しかし職能的専門技術を通じて問題解決できると考えるのはおかしいということだ。デザインとは本来何もないところに何かを考え出す知恵だ。資本によって剥奪された全人性を回復するために自分の技術で労働者階級に寄与することが必要だ。そのためには専門技術を共有しなければならない。僕の持っている技術をいかに他人に与えられるかが問題だ。
(記録者注:安藤氏は自分の言っていることの矛盾を自覚していないようだ)
<学生N>:大学を出て、就職し、そこから職能としてのデザインを売って生きて行くことしかできない現実。そうした自分の立脚点を踏まえて何ができるのかが問題だと思う。
<安藤氏>:自分のやった仕事の加害者性はただちに大衆的にバクロすべきだ。メシを食うために表ずらは”有望”なデザイナーであってよいが、本当の自分としてやるべきことはやるべきだ。闘争のために食いっぱぐれたデザイナーを救済するための頼母子講的組織を作るべきではないか。
<学生N>: 自分の好きなことを経済的利益を求めないでやることができないかと考えるのは結局”生活のため”が少しずつその意識を崩していくのだと思う。
<司会>:もう少し全体としてこの問題をを考えよう>
<学生運動OBのO氏>:安藤さんが苦闘されてきたことはよく分かるが、問題がともするとどうどう巡りしているように思う。そのジレンマは”大衆のためのデザイン”というとらえ方、つまりデザインを機能面でとらえてしまっているからだと思う。学校を卒業して設計労働部門に入って働くときに、そこで直面する問題とどう取り組むべきかというように問題を立てるべきではないのか。
<安藤氏>:あなたの言う”機能面”というのが分からない。
<O氏>:つくることについてを考えるのに、つくられたものがどう加害者性を持つかと考えるのはつくられたものの機能面でそれを考えているのだと思う。だからどうどう巡りになってしまう。
<安藤氏>:僕の言うのは赤瀬川源平が朝日ジャーナルを使ったようなやりかた、IDの世界でもああいう”乗っ取り”ができるのでは、ということだ。
<O氏>:それが”機能的解決”と言ってるのだ。
<安藤氏>:あなたの言う”機能面”とは”運動面”ということか?
<O氏>:設計労働部門の労働者としてそこで直面している矛盾に対決していくということだ。
<安藤氏>:それはそれでいいが、僕にはできない。具体的に知恵をいかに出していくかだ。あなたの運動を具体的にどう展開するのか?
<O氏>..........。
<司会>:朝日ジャーナルでの赤瀬川のやり方をひとつのデザイン運動だと見る考え方と、それはデザインを機能面でしか見ていないため問題がどうどう巡りしてしまうという考え方の対立だと思う。これを中心に議論を進めよう>
<学生 I>:国鉄労働者の運動に見られるように、労働者として日々かけられてくる問題に対決しつつ自己の普遍的労働者階級としての意識を持つと言うこと、デザイナーとしてもそういう風に問題をとらえていくことが必要なのだと思う。あなたはそれでいいが、私はこうだ、ではなく共通の問題として。
<安藤氏>:そう思う。僕の言いたいことは日宣美粉砕共闘当時、デザイン労働者という規定をしていながら、その後さまざまな現場のデザイン労働者と共闘を組む機会を逃してしまったことだ。例えばデザイン事務所を持っている人だって労働者ですよ。
<O氏>:やはりそこでも独自の問題に突き当たっている訳だし、デザイナーと呼ばれない人たちでも設計労働部門の片隅を担っている労働者がいるだろう。そうしたこと全体で設計労働部門の労働者が直面する問題として共に闘う基盤を作り出していくべきなのだと思う。
<宮内氏s>:たしかに一匹狼でやるには問題があってどうどう巡りになってしまうが、例えばいま関西のあちこちで作られつつある設計労働者の運動ーそれらの人たちは70年建築家行動委は建築家としての自己否定であり、その限りではどうどう巡りだと言っているがーそうした新しい運動が具体的な行動の中でどうどう巡りを破るようになるかもしれない。そうした運動が単なる改良運動じゃなくて、あるプロジェクトを拒否できるようになったりしなければダメだと思うが。
<O氏>:さっき野口さんが言ったように、これまでのデザイナーの運動には、プロジェクト対置主義と自己否定に基づく政治闘争主義があると思うが、プロジェクト対置主義は機能的に問題を立ててしまうところが限界なのだと思う。
(この後、会場からのある学生の質問と安藤氏、O氏、私との間で「プロジェクト対置主義」を巡るディスカッションが続いたがいずれもすれ違いがあってあまり生産的な議論にならなかったのここでは省略する)
<司会>:ちょっと議論がかみ合わなくなったが、労働者階級の現実をとらえ、デザイン労働という場において運動をどうとらえていったらよいかという問題について討論を続けたい。
<安藤>:作りたくなくても作らざるを得なくなる。どうやって作らないようにするかが問題。作ってしまったらどうするか。できてしまったものに対する情報を流す。そうしたことが行えるような労組を作ることが問題だ。デザイナーという職能の問題ではなく、作っている工員も含めて全員の問題だ。一人のデザイナーが情報を流せばクビになる。クビにならないような組織を作らねばならない。
<野口>:なぜ、そういうものを作らなければならなくなるのかという問題を深めていくことにより、それがすぐさま何かをしなければならないということに直結しなくても、その問題に直面している労働者の運動自体がより深い問題意識に支えられたものにしていくことが必要だ。<院生K>: 安藤氏はバクロする情報を流すルートを確保するといったところで留まっているが、そこから先はそれぞれがやればいい、として問題を客観主義的にとらえてしまっている。情報をバクロすることにより何を獲得していくのかが問題だ。デザイナーだけが資本と対決しているわけではなくてそれを追求していくことを通じて政治闘争にも決起して行かなければならない。
<安藤氏>:実際にやってみなければダメだ、あなたを含めて。
(以下、次回に続く)

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1970年代デザイン運動の断片的記録といまの私の位置(その1)

 このところ世界情勢が緊迫してきたため、このブログでの政治・経済的内容が増えてしまって、デザイン問題の記述が著しく減ってしまっていた。

 そこで、デザイン問題研究における私のいまの立ち位置を再確認すべく、古いノートなどを読み返していたが、偶然書庫の奥から古い資料が発見されたので、その中にあった1971年当時の「デザイン問題研究会」(1968年頃から盛り上がりを見せた全共闘運動など広範ないわゆる新左翼的学生運動がそろそろ行き詰まりを見せていた1970年後半、当時T大学助手であった私が学生達と一緒に立ち上げた研究会である)の記録をひっくり返してみた。
 まず、「デザイン問題研究会」の記録の一部にあった1971.11.2 シンポジウム「デザイナー運動への展望」の記録から抜粋し、3回にわたって、このブログで当時の状況を浮かび上がらせ、そこからいまの私の立ち位置を考えててみよう。
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 この「デ問研」シンポは、T大ストライキ実行委員会の学生たちを中心に一般公開されたシンポでパネリストには日宣美(日本宣伝美術家協会)粉砕闘争で活躍したグラフィック・デザイナーの安藤紀男氏と建築家でラディカルな著書「怨恨のユートピア」の著者である宮内康氏が招かれた。
<まず安藤氏のスピーチ>: 
 68年当時明確な位置づけはなかったが美術系大学の政治意識の低さに抵抗し、高揚した学園紛争や、ゲバラへのあこがれがあって運動を始めた。流行の先取り的運動だったが、それが運動の限界でもあったといえるかもしれない。
 70年11月の「広告批判シンポ」に出席したが、これは広告労協という団体が主催したものだが、商品ができていないのに広告しなければいけないとか、在庫整理のためのマイナーチェンジを「ニュー何々」として広告させられたり、性能の悪いクルマを良いように見せかけて広告させられたりする。全体に懺悔的な形で業界のデザイナーだけが知っていることを多くの消費者に伝えなければならないと思った。
 デザインは、人間の創造的精神で人間が昔から潜在的に持っていた能力かもしれないが、職業としての確立はあくまで産業の要請に基づいている。その意味で資本の手の内から逃れられない矛盾を持っている。
 デザインで飯を食う労働者(デザイナー)は一方でその専門性によって加害者的になっている。しかし自分として自分の職業を否定するのは迷いがある。これをあらゆる労働者に共通の問題としてとらえる必要があるだろう。資本主義体制の打倒がなければ根本的解決はありえない。だが68年当時の運動、日宣美フンサイ→万博(70年大阪万博)フンサイ→70年決戦という図式の論理だけで具体的プログラムもなく街頭闘争へ飛び出した。ここに問題があったと思う。
<司会者からの質問>:どのようにしてその状況を克服できると考えていますか?
<安藤氏>:悪いことをやらされる→それを消費者に流す→大衆運動として企業を規制する。という図式だがこれを組織化していくことが難しい。職能として潔白を保つことなどできず、やらざるを得ない。それが犯罪的である→そして政治闘争へ、ということだ。
 今にしてみればデザイナーであることに固執しなくても良かったと思う。資本主義的分裂(分業)の中でメシのための仕事と本来やるべきことを両立できると考えるのは幻想だ。
<続いて宮内氏のスピーチ>:
  60年安保当時東大の学生だったがデモで国会突入した。活動家としては二流だったと思う。その後、もう一度建築をやり直そうと思い大学院に進み、原広司らとRASというアトリエを持った。70年闘争では東大闘争に大いに関心があったが運動としては70年建築家行動委員会に参加し万博フンサイ運動などもやった。
  建築家としての自己否定が中心だが自分の原点でも闘いを作り出して行くべきだと考え、在職中の理科大で学生とともに運動した。大学教員という社会的地位は再び得られないと思うと躊躇したが結局自己否定をトコトン突きつけるため自ら進んでクビになった。現在「設計工房」という事務所を持っているが、安藤氏と同様の悩みを持っている。建築家として何をすべきか?という考えは幻想だ。だが職能を否定してどうやって生きていくのか、これがだれにも分からない。
 自分としては、建築の問題から国家権力の問題へと3段階論法的に行ってしますのは抵抗がある。その中間あたりでウジャウジャしていたい。建築家としての自分と市民=労働者としての自分に2極分解してしまっている。とりあえず問題にぶつかったとき、プロとしての特権意識を捨てて、それを抑圧された大衆の一人として考え、決断して行きたい。
<次に主催者側からのパネリスト野口のスピーチ>:
 この研究会(デ問研)の存在は69年のI学科闘争を抜きにしては語れない。当時デザイン教育の資本主義的再編に伴うカリキュラムの強化の中で旧制工芸時代の教員とあらたに後から来たいくつかの他専門分野の教員との間の確執、授業内容の統一性の欠如、などが直接のきっかけで、学科のデザイン理念と各教員のそれとの関わり方への追求という形で大衆団交が行われた。その後、学内で盛り上がった自衛官通入学への反対運動と合流し、T大闘争という形に発展した。
  その中でI学科ストライキ実行委員会が結成され、無期限ストに突入、その間に「デザイン問題」に関する自主講座が生み出され、闘争の補完的役割を果たした。
 やがて弾圧の強化による闘争の後退、そしてスト実自体の大衆性喪失という状況の中、70年年冬の合宿でデザイン運動史の再検討、新たなデザイン運動への展望などが目指され、夏合宿ではデザイン問題を独自に追求する組織が提案され、大学祭への取り組みとして11月に第1回シンポジウム「現代デザインを問う」が開催され、そこでデザイン問題研究会が発足した。
 そのシンポでは、若手デザイナーが抱えている問題を取り上げ、デザイン界の動向とこれまでの運動の持っていた問題点などが検討されたが、そこでは次の様な2つの傾向が指摘された。
1.社会的問題をデザイナーの立場で解決しようとする→提案対置主義
2.デザインそのものの否定そこからドロップアウトして政治闘争へ→政治闘争主義
 これらは疎外された運動の両極として互いに補い合ってきたし、いまもその延長上にあるといえる。この第1回シンポでは、総じてデザイナーの直面している問題を「デザイナー意識」でまとめあげてしまっているため、問題の本質をとらえ損なっている。その克服をいかになすべきか?資本主義的疎外労働の一つである設計労働を行う労働者が直面する問題として再把握する必要がある。
  資本主義社会が成立することで初めて職能として誕生し、意識的にとらえられるようになったデザイン、だがそれは同時に疎外された形で。そこに貫かれている普遍的人間労働の一部としての設計労働との矛盾。これを当初は「設計労働の質的変革へ」ととらえたが、このデ問研の文化サークル運動としての位置と場所性を踏まえてその目的意識の持つ限界性を自覚すべきと考えている。
 いまわれわれの抱えている問題は、設計労働者が直面している問題が、いかなる形での設計労働の疎外なのかを把握し、そこからあるべき設計労働の本質を追求する設計労働論を構築することだと考える。
 しかし、そこから具体的な運動をどのように展開すべきなのかはまだ見えていない。
(以下次回につづく)

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2016年12月15日 (木)

デザインの基本問題をめぐってーその5(デザインの矛盾と教育のはざま)

 私は何十年もかかって苦しい試行錯誤の結果、得てきたデザインに対するこのような自分の考え方は決して間違っていないと確信している。それでは、資本主義社会全体が変革されたあとでなければ、こうしたあるべき労働やデザイン的行為の研究は社会的に役立たないのか? それまでは資本主義的分業種であるデザイナー育成のための矛盾に充ちた教育や研究に従事しながらそれを否定する理論を世の片隅で「異端」として思索を続ける矛盾した(疎外された)存在でしかないのか? 言うまでもなくこれは私自身の問題であって、私が何のためにこの世界に生まれこの矛盾に充ちた人生を送ってきたのかに関わる疑問でもある。この疑問には未だ明確な答えは得られていない。しかし、いま言えることは次の様なことである。

 私が大学でデザインを学んでいた頃は、いわゆる高度成長期のただ中であった。世界中で盛り上がるデザインという領域への期待感や川添登の「デザインとは何か?」などに鼓舞されてワクワクしながらこの世界に飛び込んだのであった。しかしその後、さまざまな形で現れた「高度成長」の矛盾への反発は学生運動の嵐となって吹き荒れた。 しかし、その後、社会は新たなバブルの時代に入り、そこでは有名デザイナーの作品がとんでもない価格で買われる世の中になって行った。その意味でデザインは注目された。そしてそれは崩れるべくして崩れ、その後に長い「冬の時代」が訪れた。
やがてアメリカ発のIT革命が再び資本主義経済を活気づかせたが、その中で、デザインはソフト的世界やインターフェース・デザインへと活路を見いだしていった。また他方では大企業を中心にインフラ的部門の規模の大きな構想へのデザイン能力が要求されるようになっていった。しかしこの要求に従来の様なデザイン教育では応えられず、それに応えるべく、様々な科学技術や社会科学、人文科学を横断する領域として新たなレベルでの「デザイン」がトップレベルの大学や学会間で目指されるようになった。
 しかし他方では急速にグローバル化が進む資本家企業のもとで、その労働の国際分業化が「生活水準の差」をもとに国別に進み、各国での社会格差がどんどん進んでいっている。そこでは一方で一握りの富裕層が既得権を守るためにあらゆる権力を用い、そして他方では大多数の「余裕なき人々」がそのもとで労働を搾取され、資本家企業の生みだす商品のデザインは富裕層を対象とする驚くほど高価な高級商品のデザインと貧困層を対象とする安価な量産商品のデザインに二分されて行った。前者は有名デザイナーやドイツ、日本、イタリア、フランスなど付加価値的ブランドを持つ国々のデザイナーたちが手がけ、後者は多くの場合、中国や東南アジア諸国など労働賃金が安い国々のデザイナーが手がけている。
そして今世界は激動期の予兆に充ちている。再びおそろしい混乱と戦争の時代がくるかもしれない。大規模インフラ革命を目指す高級インテリデザイナーたちのトップダウン的「グランドデザイン」はこうしたボトムの現実を踏まえない限り砂上の楼閣に終わってしまうだろう。そしてやがて私たち生活者もまたスマホのゲームに没入できるような「平和な日々」に安穏としてはいられなくなるだろう。
 こうして世界は刻々と変化し、その中でデザインをめぐる問題の位置も刻々と変化している。
 しかし、この刻々と変化する歴史的現実の中で 私(たち)は日々生活し、生きねばならない。私は現役時代には、毎年、学生たちを就職させるための努力をしなければならなかった。労働力市場への売り込みである。事あるごとに私の持論を講義の中にちりばめたりしたが、これは学生たちにはおそらく理解ができなかったであろう。この苦渋に満ちた日々は私のリタイアとともに終わったが、もしかすると私と同じ思いをしているデザイン教育者が他にもいるかもしれない。そういう人たちのために言っておこう。
 取り敢えず、いまのデザイン教育者としての生活を護ろう。矛盾した理論や教育であってもそれを教える教育労働者としての自分の社会的存在は誇るべきである。資本主義社会の中で疎外された労働を行わざるを得ない労働者は、やがて必ずその矛盾に気付かざるを得なくなるだろう。そしてその矛盾との対決の中にこそ自分がこの時代に生きる存在意義があるのだということに気付くだろう。私たちの労働や生活の中から見えてくる様々な社会的矛盾を心にしっかりと留め置こう。それはやがて心の中に蓄積し、世の中の歴史的変化の中でひとつの理論として結晶化しいつか社会変革への巨大なエネルギーに結びつくに違いない。
 デザイン能力は決して資本家企業の「売るためにつくる」能力ではない、それはもともと生活者自身が持つ自身の生活を生み出す能力であった。そしてやがてすべての生活者がその能力を再び取り戻す日がきっと来るだろうと信じつつ。

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2016年12月14日 (水)

デザインの基本問題をめぐってーその4(あるべきデザインとは?)

 これまで述べてきたように、いまの職能としてのデザインは資本主義社会の形成過程で生みだされた資本主義生産様式特有の分業形態の一つとして登場した職能であり、それゆえ、それ自体は「デザイン」というカテゴリーを生みだす基礎とはなっているが、同時に歴史的特殊性としての基本的な矛盾をはらんでいるのである。

 しかし、そのことによってはじめてその否定のもとに「本来あるべきデザイン行為」というものの姿が明らかになってくるのである。それはちょうどマルクスが資本主義社会の労働がもつ矛盾を否定的にとらえる中から、本来の労働過程とはどのようなものかを明らかにし得たのと同様である。
 マルクスは資本論第一巻の第5章「労働過程と価値増殖過程」の中で、資本主義的労働という歴史的形態の中に否定的に含まれている普遍的な労働過程について述べている。その中で次の一節は有名である。いうまでもなくここでの「労働過程」は普遍的な意味での労働者のそれである。
「クモは機織り職人に似た作業をし、蜜蜂はその蜜房の構造によって、多くの人間の建築家を顔色なからしめる。しかし、最悪の建築家でも、もとより最良の蜜蜂に優るわけは、建築家が蜜房を築く前に、すでに頭の中でそれを築いているということである。労働過程の終わりには、その初めにすでに労働者の表象としてあり、したがってすでに観念的には存在していた結果が、出てくるのである。彼は自然的なものの形態変化のみをひき起こすのではない。彼は自然的なもののうちに、同時に、彼の目的を実現するのである。彼が知っており、法則として彼の行動の仕方を規定し、彼がその意志を従属させねばならない目的を実現させるのである。」(向坂訳岩波版より引用し一部の表現は引用者が修正)
 この部分はかつて川添登が「デザインとは何か?」(角川新書版)マルクスが述べた労働過程のこの部分を引用している。しかし、川添は残念ながら「人間疎外」は人類が文明を生みだした時から存在したものであり、その疎外を取り除くのがデザインの役割であるとしてマルクスの意図を解しなかった。そして資本主義的分業の中でそれがどのように歪められ疎外された労働の一部となっていったかについては何も問題としなかったため、あたかもこの労働過程がそのままいまの職能としてのデザイナーの使命であるかのように受け止めてしまったのである。
 マルクスがこのように労働過程の本質を明らかにしたことにおいて、もっとも強調しているのが「労働者の目的の実現」であるといえるだろう。それは労働とは何なのかということと同時に社会という共同体における一人の人間の在り方と社会との本源的関わり方をも示唆することなのである。
  このシリーズの「その2−(デザイン論)」ですでに触れたが、いまのデザイン論および方法論研究では、デザイン主体の目的意識の形成過程はデザイン行為の外にある。それは誰かの意図としてデザイン過程にやってくるのである。デザイン行為の疎外がそのまま「普遍化」されているのである。しかし、私はそこで疎外された側面こそが重要であると考えている。
  デザイン主体がまず自分と外部の対象的世界(自然・社会など)との間で生じた問題状況を「問題」として主体的に受け止め、それがどのような「問題」であるかを認識する過程が重要である。それによって初めてその問題を解決するための方法や手段つまり目的が明らかにされ得るのである。その思考過程で初めて問題が解決された際のイメージが頭の中に生まれてくる。これがマルクスがいう、「労働者の表象」であり、「彼の頭の中に観念的に存在している結果」である。これが主体的に獲得された「解」の表象(イメージ)であれば、それが現実の解決として実現された結果は、達成された目的としてその過程の「表現」になるのである。私はここがもっとも重要な側面であると考えている。
そしてこのような労働過程の側面は生活者が行うどのような労働にも含まれているべきであり、「デザイナー」という分業種のみがその対象となるわけではない。私はそうしたあるべき労働の姿こそ、生活者が資本家階級から取り戻すべき能力であると考えている。これに関する昨年のデザイン学会での発表概要を下記にアップロードしておいたので参照されたい。
 いまの資本主義的分業としてのデザイナーの労働ではこのもっとも重要な側面が疎外されており、それは資本家企業の経営者の意図として外からやってくるのである。例えそれがデザイナー自身の意図のように見えても、彼が資本家企業に雇用された(あるいは下請け企業として行う)労働者である以上それは疎外された目的意識とならざるを得ないのである。したがって、どんなにデザイナーが環境問題や人間的倫理観にもとづいて仕事を行おうとも、それが資本主義経済体制を支える社会的分業の一環である以上、企業の利潤に結びつかなければ存在意義がなくなるのである。
 そこで、こうした「あるべきデザイン行為」の研究は資本主義的分業形態に特有なデザイナーという職能の登場によって初めて浮き彫りにされた「デザイン」という領域を対象としながらも、それとは一線を画し、その否定として、さらに高い次元で求められる、あるべき労働の側面として深められなければならないだろう。
(続く)

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2016年12月13日 (火)

デザインの基本問題をめぐって−その3(デザインの価値とは?)

12月6日のブログ「デザインの価値についてー<デザインによる価値創造の実態>」を若干修正してここにもってきました。

 一般に「価値」といえば個人的な価値観と経済的な価値とがあまり区別なく用いられるが、この両者はキチンと区別すべきである。個人的価値観はその人の人生観とか美意識によって判断の基準となる「価値」をいうが、経済的価値は商品の価格として表現される社会的な意味での価値である。
 いまある要求あるいは欲求があって、それを充たすためにあるモノを作るとしよう。その結果できたモノはある目的を達成する手段であったり対象であったりするので、使用価値をもっている。だからそれは目的に応じた機能を果たすのであり、「有用性」をもっているのである。
 しかし、それが社会的に通用する目的を持っているならば、あらゆる人にとって共通の価値をもっていなければならない。商品経済社会において、商品は購買者にとって主観的な価値の表現でもあり、同時に売り手にとってもこれとは異なる意味での交換価値を持っていなければならない。その場合交換価値の社会的基準となるのが、価値である。それはそのモノが作られるためには、社会的に平均どのくらいの労働が必要であるかで決まる。使用価値がモノのもつ質的な側面であるのに対して価値はその量的側面といってよいだろう。
しかし、商品経済が社会全体に行き渡った資本主義社会においては、モノは最初から売るために作られ、それを作るために消耗(移転)した生産手段の価値部分とそれに要した労働力の価値(資本主義社会では労働力までもが商品として扱われる)が含まれるが、労働力の価値は労働者が日々労働力を養うために生活の中で消費する生活資料の価値で決まる。これが労働賃金である。資本家はこれらを、商品を生みだすに必要な「費用価格」ととらえる。しかし、実際は商品が作り出されるときには、労働者は自分の価値以上の価値(剰余価値)を生みだし、商品の価格にはこれが含まれる。したがって商品は市場での競争によって一般的には資本家に利潤をもたらすといえるが、その個々の利潤は様々であり、資本家はつねにもっとも多くの利潤が得られる価格で商品を売ろうとする。
 そこで登場するのがいわゆる「付加価値」である。「付加価値」は通俗的には、商品に価値を付けるという意味で用いられるが、それは本来の労働価値とはぜんぜん違うものである。「付加価値」 とは資本家ができるだけ実際の価値より高く売ろうとするために商品に実際の価値以上の「価値」を付加することであり、例えば、恣意的な希少性、欲しくなるような魅力的デザイン、有名ブランドなどなどである。これは実際の商品の価値とは無関係に需要を高める目的で成される価値の偽装であり、本来の価値とは無関係である。しかし、使用価値に示される様なモノの質的側面と、個人的価値観(これはきわめて曖昧なものである)をたくみに結びつけ、購買者に価値以上の価格で高く買わせようとする「騙しのテクニック」なのである。購買者はそれを自分にとって新たな使用価値と思い込まされて価値以上の高い価格で購入し、そのことが同時に価値以上の利潤を販売者にもたらしているのである。つまり「デザインによる価値創造」などといわれるのはデザインによって何か特別新たな価値が付与されるのでは決してなく、利潤をもたらす交換価値(つまり市場価格)の創造のことなのである。
  デザイナーはもちろん他の労働者と同様に商品の価値を生みだす労働の一部を担っているが、それが同時に「付加価値」の付与となるような頭脳労働を提供させられている労働者なのである。デザイナーの労働の成果は資本家にとって利潤の獲得量に大きく影響する。だから一般的にはデザイナーは現場の労働者より賃金が高めに設定されていることが多い。まして個人的価値観をくすぐり、高い価格でも買いたくなるようなデザインができる「才能」をもったデザイナーの能力は労働力商品(賃金あるいはデザイン料)として高い価格で売れる。
 ところで、商品を作るために必要とされた労働は、様々な資本主義的に分割された労働種によって支出された労働の合計である。デザイナーやエンジニアの労働は一般に商品の一つの品種につき一度(もちろん何ヶ月もの時間を要するが)開発段階のみに必要とされるが、生産現場の労働者の労働はつねにすべての商品の生産に均等に必要とされる。つまり一つの商品に含まれる労働量でいえば、生産現場の肉体労働により支出された労働の量の方がデザイナーの労働で支出された労働量より遙かに比率的に多いのである。これは開発エンジニアなどの頭脳労働一般に言えることかも知れない。
  その差は特定の商品がロングセラー商品など(それ自体が悪いとはいわないが)として長期間大量に生産されればされるほど大きくなり、そうした商品の中に含まれるデザイナーの労働部分はごくわずかな部分に過ぎなくなるのである。もちろん、生産現場の労働者一人当たりの労働量は細分化され並列化された工場ではわずかな量かもしれないが商品一個に対象化される労働量はそれらの合計されたものである。
こうして資本主義社会で最初から売るために作られるモノは必然的にその使用価値もそれを生みだす労働そのものにおいても歪められ、本来のモノづくりの姿とはかけ離れたものになっているのである。
(続く)

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2016年12月12日 (月)

デザインの基本問題をめぐってーその2(デザイン論)

 前回でデザインの基本問題研究のスタート点について述べたが、今回はそれにもとづいて、こうしたデザインの現状での根本的矛盾に気づいていないデザイン研究の現状における理論的問題についていくつか触れてみようと思う。

 (1)デザイン方法論およびデザイン論:

 デザイン方法論が確立した当初はデザイナー(設計者)の仕事とはどのようなものであり、何が求められているのかを明らかにすることであった。しかし、やがてそれは様々なモノづくりの領域で様々な形で行われているデザイン業務に共通する内容は何か?という問題から始まり、デザインとは何か?という本質論的な内容になっていった。この問題をもっとも抽象的なレバルで一般化しようとしたのが「一般設計学」であった(これについて詳細は参考文献を参照して欲しい)。そこでは設計(デザイン)過程が、要求機能の把握から始まり、その実体概念への写像の過程として基礎数学的に記述されている。この理論のデザイン研究者への影響は大きなものであって私自身もその影響を強く受けた。

 しかしこの理論の決定的欠陥は、デザインの目的意識が外在的であり、外から与えられたものとして位置づけられていることであると思う。デザインの目的意識形成過程はデザイン過程内部の問題ではなくその外部にある政治的あるいは社会倫理上の問題とされる。この理論でデザイン過程の論理的記述にはデザイン目的の発生・形成過程は含まれない。そして現実には生産手段を持ち、デザイナーを含む様々な労働者を雇用し、モノづくりの主導権を握る資本家の意図としてデザイナーの外からやってきた「デザイン目的」をいかに適切な判断と処理のもとで達成させるかが「高度な論理と抽象度」において問題とされているのである。

  しかしこのような前提では、いかにそれ以後の過程が論理的に記述されていようとも、本来のデザイン思考が同時にデザイン主体の主体的な問題把握であり、その表現であることは不問に付され、それがなぜデザインされねばならなかったのかというもっとも基本的動機が無視されるのである。生産物はデザイン主体の意図とは無関係に外からの意図でつくられ、デザイン主体のコントロールの外に置かれる。そしてそうした生産物の集積された結果が地球全体をアンコントローラブルな危機に陥れているのである。

 いまのデザイン研究においては、「職能としてのデザイン」とそれを含む一般的な「広い意味でのデザイン」という設定がなされ、前者は実践的職能教育の基礎として後者はデザイン一般の理論の基礎として位置づけられている。したがってデザインの否定的現実への認識を媒介とせずに直接職能としてのデザイン行為が一般化され抽象化される。資本主義経済特有の職能としての様々な形のデザイン労働者の疎外された労働内容をただ単に抽象すればそこにはデザイン目的は疎外されているのが当然のことであり、これでは何等デザイン行為の本質的な問題の究明にはならない。いくらデザイン思考過程の抽象的記述が成されたとしても、そこからは肝心のデザイン主体の社会との関わりにおける論理と倫理の問題が疎外され、本来の意味でのデザイン論にはならないのである。

(2)デザイン文明論:

 デザインの職能としての歴史的な意味での矛盾に触れず、それを一般化したデザインを普遍的なものとしてとらえるとき、デザインは中立的な存在と見られ、デザインが生みだす矛盾は単に、外から来る目的意識が不適切と判断されればこれをデザイナーが拒否すればよいという風にかたづけられてしまうのも上記の様なデザイン観にもとづいているといえるだろう。

この場合にはデザイナーという職能があたかも「生産者(つまり資本家)」からも「消費者(つまり生活者)」からも独立した中立的立場にあるかのようにとらえてしまうのであるが、これが、デザイナーこそが文明の形成者あるいは社会プランナーであるというとらえ方にまで行き着いてしまうことが多い。川添登のデザインに対するとらえ方はその典型であった。これはまったく非現実的なことであるのだが、様々な業界に「デザイナーブランド」という付加価値によって莫大な利益をもたらす一握りの著名デザイナーがあたかも社会のファッションを意のままにデザインできるかのように振る舞うことがその主張に現実的幻影を起こさせているのかもしれない。

(3)デザインの評価方法:

 職能としてのデザインという立場からは、これと違ってデザイナーの仕事の結果をデザイナー自身ではなく、「客観的な基準」で評価する方法が研究されている。この場合はデザイン行為における目的意識の疎外が、デザイン結果の疎外という形をとったともいえる。なぜなら、デザイナーにとって目的意識は外から来たのであってそれを適切に処理し、「目的」を達成したかどうかを自ら判断することは原理的にできないからである。

 したがって彼はこれを「消費者のニーズ」という形をとって外からやってきた目的意識を正しく受け止めたかどうかで判断することになる。しかし「消費者のニーズ」は種々雑多であり、これは「ターゲットユーザ」としてあらかじめ想定されたその商品の買い手になる人々の好みや生活傾向を調べ上げる「マーケット・リサーチ」によって集められたデータを統計的に分析し、その結果に基づいて「客観的」に行われなければならない。これがデザイン評価方法の研究である。

 ここで重要な問題は、「消費者のニーズ」とは何かという問題である。ほとんどのデザイナーやデザイン研究者は、あたかも「消費者のニーズ」こそがデザインの目的意識であり、消費者のニーズに応えることが「良いデザイン」を生みだすための必須条件と考えている。しかし、「消費者のニーズ」とは、前述のように資本主義的商品経済社会の形成過程で、生活材を自ら生みだす能力を資本家の「売るための商品」を生みだす能力として奪い取られてしまった生活者が、それらの生活資料商品を購買することでしか生活を成り立たせることができないという矛盾的な状況を前提として、資本家によって恣意的に生みだされた「欲求」が基礎になっているといえる。

それは資本家的商品の購買によって資本家に利益をもたらしてくれるための手段的な位置に置かれた生活者たちに「外からやってきて内在化させられた欲求」なのである。デザイナーは、その生活者にとっても「外からやってきた目的意識」である「消費者のニーズ」を商品を生みだす目的意識であるかのように受け止め、これをもとに「売れる商品」を考える。資本家たちは、市場での競争に勝つために次々と「魅力的なデザイン商品」をつくり、「消費者のニーズ」をかき立ててこれをどんどん買わせる。その繰り返しが招いた結果がどうなったかはすでに前回述べた通りである。

 (続く)

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デザインの基本問題をめぐって−その1(端緒的問題)

 昨年の日本デザイン学会で口頭発表した「デザインの基本問題−1」に続いて今年もその続きを発表するつもりだが、ここで「「デザインの基本問題」をとらえる視点について書いておこうと思う。

 先日、大学時代のクラス会で、私と井上先生との著書「モノづくりの創造性」(海文堂)を買ったというクラスメートに感想を聞いた。彼は「はっきりいってぜんぜんつまらなかった」といった・「なぜ?」と聞くと、「オレのデザインに対するスタンスとはまったく違う立場で書かれていて、高いカネ払って買っても(¥1,800)意味なかった」となかなか厳しい。しかし、私は心の中で「それでいいのだ!」とつぶやいていた。なぜならそれが私の狙いだったからだ。
 私のクラスメートやいま第一線で仕事に燃えているデザイナーにとって、私の主張はいうなれば「異次元の内容」だと思う。しかし、実はその人たちに少しも気付かれていない大きな問題が「デザイン」には内在しているということを言いたかったからだ。
 昨年のデザイン学会での発表内容は職能としてのデザイナーの歴史とその誕生の秘密の中にある基本的矛盾についての指摘だった。それは一口でいえば、生活者自身がもっていた生活のために必要な生活材をつくり出す能力(モノづくり能力)が、資本主義経済体制の形成過程でそれをすべて商品として生みだすためにの能力として資本家たちが奪い取ってしまったことから始まる。
  資本家たちは市場の競争に勝つために商品の価格を下げ、販売量を増やす必要から、モノづくり労働を細分化し、並列化し、やがてそれを機械に置き換えていった。その過程で一方では資本家的労働手段としての機械を設計するエンジニアが頭脳労働者としての分業種として登場した。そして他方では商品全体を「販売を促進させるために魅力的にする」ことを専門とするデザイナーという分業種が必要になったのである。残念ながらこうした視点からデザインの歴史を研究した人を私は未だ知らない。
 これによって生活者は、一方で生産手段を奪われるとともに、他方ではそのモノづくり能力を労働力商品として資本家に売り渡すことで、その代価としての労働賃金で生活資料を買い戻さねば生きて行けなくなった。生活者は、生産の現場で働きながら、生産者としてではなく、「消費者」として資本家が作った生活資料を買うだけの立場となってしまった。「生産者」は実際にモノづくりをしている労働者ではなく、それを「売るための商品」として労働者に作らせている資本家(モノづくり企業の経営者)であるとされてしまっている。
 この矛盾が、デザイナーという自ら生活者でありながらそのデザイン能力を資本家に売り渡して商品を生みだす資本家の頭脳と目的意識を代行する職能を生みだした。
だから彼はつねに資本家のために「消費者の好みの動向」をしらべ、それに従って商品のデザインをする。つまりここではデザイナーの目的意識は生活者としての彼自身のものではなく、資本家の目的意識なのである。そして一方では資本家は「消費者の好み」をできうる限りコントロールしようとしてさまざまな宣伝広告やキャンペーンやを行う。そこにまた「広告デザイナー」という資本家の頭脳の代行者が登場する。
 こうして生活者は「消費者」として資本家と彼のブレーンたちが生みだす商品を買うことだけがその生活であり人生となる。そして資本家たちのアンコントローラブルで際限ない利益競争(彼らのいう「自由競争」) の中で生活者たちは際限もなくその購買欲をかき立てられ、どんどん商品を買い、まだ使えるモノをどんどん捨てる。だから地球上の資源は急速に少なくなっていき、地球の自然環境はどんどん破壊されていく。
 これが資本家たちが生活者からデザイン能力を奪い取った当然の結果なのである。
 この事実を理解することがデザイン研究のスタート点である。そしてこの事実を認めることから、その否定として本来の意味でのデザイン能力とはどのようなものであるのか、あるいはどうあるべきなのかを考えねばならないのだと思う。
(その2に続く)

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2016年12月 1日 (木)

デザイン行為の本質についてーM先生との話で考えさせられたこと

 先日、デザイン学会などで古くからお付き合いのあった、京都のある大学のM先生がつくばの自宅に帰られているところをお訪ねしていろいろと話をしてきた。

 M先生は地域の内発的発展ということをテーマにされてたが、その中で「遊び仕事」という問題を取り上げている。「遊び仕事」とは生活に副次的に必要な労働であるがそれが同時に「遊び」的な楽しみの要素を色濃くもっている行為のことである。
例えば、丹後半島周辺の漁村に見られる「イか釣り」は、食べたいと思ったときに釣りに行く、 竿とおもりのついた糸、バカシ(疑似餌)などを使って月の明るい夜の時間にイカの棲息する場所に近づき、真上からイカを釣る。釣ってきたイカは家族全員で食べても余るので近所に配る。そして子供達もそれに参加し釣りの道具づくりや、一緒に釣りに出かけてそこで楽しみながら釣りの技術を学ぶ。
ここには、共同体での生活を支える労働そのものが「与えられた仕事」ではなく自発的な労働であり、同時にそこに自分の共同体での存在意義が表現される。そしてその労働が生活の創造や楽しみにもなっており、しかもそれによって得られたモノが余剰であればそれを他者に分けてあげ、それと交換に別の生活資料をもらう。こういう共同体社会の原型が商品経済の支配する現代にも生き残っているのである。
 M先生との話で、こうした「遊び仕事」に必要な道具を自分でつくり出す楽しみなどに「デザイン行為」の原型が残っていると考えられることで私の「デザイン観」と近いものがあることを感じた。
 私の著書「モノづくりの創造性」の中で述べたように、私は人間のデザイン行為は人間のモノづくりの普遍的側面であると思う。もともと生活のために必要なモノをつくり出す労働の中に「デザイン行為」の原型があり、生活上での問題解決のためのモノづくりにおいて目的・手段関係の多層的な関係が意識の中に生まれ、そこに「計画」「予測」そして素材の性質への客観的法則性の把握、さらにはそのモノとしての実現の仕方そのものを通じた「問題解決の仕方」の表現(つまり内面的思考過程の外化)」そしてそれを媒介とした技術伝承があると考えられる。
 いまのデザイン論でも「広い意味でのデザイン」と職能としてのデザインという区別はなされているが、その二つの間にある深く重大な溝は問題とされない。
 近代のデザインはその発生の歴史を見れば、その職能としての本質が含む矛盾が見えてくるのであるが、いまの「デザイン史」研究ではそうした問題意識はほとんどない。
 近代資本主義社会の浸透によるモノづくりの近代化が推し進められ、中世的職人工房や農村での自給自足的モノづくりは破壊され、モノづくりの能力は、生活者の手から商人資本家に奪い取られ、その能力は商品をつくる能力に置き換えられ、分業化されたマニュファクチュア、そしてそれが機械に置き換えられ、やがて近代的大工場の中での大量の商品としてモノづくりに取って代わった。生活者が必要とする生活資料はすべて資本家の手によって商品として生みだされるようになり、生活者の多くはその資本家企業で労働者として働くために雇用され、与えられた賃金でその生活資料を買い戻さねば生きて行けなくなった。
 資本家的モノづくりの現場の細分化された労働を行う労働者から奪われた生産物全体の姿について考える能力を、そのモノづくりを支配する産業資本家に代わって「売れる商品」として考える専門家が必要になったのである。これが近代的デザイナーである。
 そこにはモノづくりの目的意識が最初から「売るためのモノ」として存在するので、目的・手段関係が逆転し、生活に必要なモノ(使用価値)を生みだすことが目的ではなく、むしろ「生活に必要である」ということが「売るための手段」とされてしまうのである。
 その結果、本来生活の中からボトムアップ的に発生してきた「必要」は、むしろ恣意的・トップダウン的に企業のデザイナーたちによって生みだされ、生活者はそれを「必要化」させられ、ただ買うだけの「消費者」にされてしまった。
 こうして恣意的でトップダウン的に生みだされた「ニーズ」によって次々と本来あまり必要でなかったモノが「魅力的な商品」として生みだされ購買される。そして当然のことながらそれらはどんどん廃棄されていく。これが地球規模で行われるようになった結果、資源枯渇や環境汚染、気候変動などを引き起こしているのである。
 こうして考えると、「クリエイティブなデザインによる価値創造」などという言葉がいかに欺瞞に充ちた「うそっぱち」であるかが見えてくる。ここでいう「クリエイティブ」とは新たな購買欲求を起こさせることであり、「価値創造」とは資本家達の利潤の増大を意味するのである。
  M先生の「遊び仕事」に見られるように、生活者が生活を自身で支え、その生活を楽しみながら生みだす過程こそ本来の意味での問題解決であり創造的デザイン行為なのではないだろうか? 近代資本主義社会の矛盾の中で生みだされたデザイナーという矛盾に充ちた職能の歴史的否定の上に、あらたな次元で生活者自身によるボトムアップ的デザインの実現出来る社会が求められているのではないだろうか?

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2016年10月 2日 (日)

日本デザイン学会秋季大会2016に参加して

 昨日武蔵美新宿教室で開催されたデザイン学会秋季大会(テーマ「デザインの哲学〜豊かさを再考する」)に参加してきた。久々に昔懐かしい同僚や後輩に会えてそれなりに面白かった。

 午前中の基調講演では武蔵美のM先生のデザインの哲学の話があり、午後の最初は、経済産業省クリエイティブ産業課長のN女史の「デザイン政策の現状と課題」という講演があった。経産省が推進している「グッドデザイン賞」「キッズデザイン」「MORE THAN PROJECT」などなどの紹介と海外展開「クールジャパン」機構、ビジネスにおける「デザイン」領域の拡大などなど、Iot UXなど流行のタームがポンポン飛び出す流ちょうな語り口で政府のデザイン政策についてが語られた。
 私はこれを聞いて、政府は企業の尻押しをしてデザインを経済成長や消費拡大に結びつけようと懸命になっている現状を知った。しかしデザインの現状はコントロールの効かない国際市場の競争激化の中で無駄と思える消費の際限のない拡大とそれによる地球環境破壊や気候変動、資源の枯渇問題の深刻化という状況に直面しており、そうした現実を見ようとしない今の政権の立場が反映されていると感じた。政府はむしろこうした問題に対して企業の馬鹿げた競争に歯止めをかける役割を果たすべきなのだが。 しかし講演が終わるとN女史と名刺交換をしようとする人々の列ができた。まあ、いまのデザイン学の現状とはこんなものなのだ。
 そしてその後は5人のパネリストによるパネルディスカッションだった。パネリストは道具学会会長、芸術工学会会長、JIDA理事長、意匠学会会長、デザイン学会会長という錚々たる面々である。それぞれの立場から今のデザインに哲学が欠けていること、「豊かさ」とは何かといった問題について語った。私には肝心のデザインの哲学そのものについての主張がほとんどなかったように感じた。
  最後に会場からの質問の時間となったので私も手を上げた。私の質問の要旨は、あるパネリストが「デザインの対象領域は「生活世界」であり、デザイナーは「生活世界」をデザインすることはできないだろう」という発言をしていたが、それは全く正しいと思う。その場合、デザイナーという職能がどのような歴史の中で登場したかを考えるべきであり、それは産業革命とその経済的基盤である産業資本主義の台頭の中で、商品として生みだされるモノを魅力的にして販売を促進し企業に利益をもたらすことをミッションととして登場してきた分業のひとつといえる。その歴史の過程で生活者は自分たちに必要なモノを作るための手段を奪われ、それが資本家企業の手に渡り、生活者はそこで彼らのために働いて給料をもらわないとやっていけなくなった。そして生活者は「消費者」としてそれら資本家企業が作った商品を買う立場でしかなくなった。つまりデザイナーの立場は基本的に生活者ではないのであって立場が異なるのだから「生活世界」をデザインすることはできないといえるのではないだろうか? むしろデザインは生活者自身の手に取り戻すべきなのではないか?そのことについて論者はどう思うか?というものであった。
 これに対して応えは、結局、世の中全体を変えることなど無理な話であって、何とか現状をよくすることを考えるべきなのではないか、というようなことであった。
  また他の、デザインの功罪という話をした論者に対しても次のような質問をした。論者によればデザインには功としての面と罪としての面があるが罪としての面を減らしていくことによってよりよい社会ができていくのではないか、ということだったが、実は功の面がちょっと立場を変えればたちまち罪になってしまうのが現実であってこれは一つのものの両面の問題として考えるべきではないか? これに対しての応えは、まあそうだが、ものごと否定ばかりしていても始まらないので何とか少しずつでも良い方向に向かうよう考えるべきではないのか、というようなものであった。
 つまり私の質問での指摘は「ポジティブではない否定」と受け止められていたようである。私の質問の趣旨は目先のことに気を取られて何か積極的で建設的なことをやっているように思えても、実はそれが少し長いスパンの歴史で社会全体の未来を考えるときとんでもなく危ないことである場合がある。社会全体のいまおかれている状況とそこでデザイナーがやっていることと、それにたいしていまのデザイナーやデザイン論者が考える「哲学」とのギャップに気付くべきなのではないかということだったのだが。
 かくして相変わらず私の考えていることはいまのデザイン学やデザイン論の課題とは「かけ離れている」と受け止められているようであり残念なことである。
 因みに宣伝めいて申し訳ないが、私と井上氏の著書「モノづくりの創造性---持続可能なコンパクト社会の実現に向けて」(海文堂、 2014)に私のデザインに対する基本的な考え方が書いてあるのでぜひ読んで欲しい。

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