デザイン論的文明批判

2017年7月18日 (火)

観光産業振興政策で覆い隠される現実

 今朝のNHK海外ニュースで、スペイン・マジョルカ島の現状が報道されていた。

 それによるとマジョルカ島は観光地として世界的にブランド化されているため、世界中からおそろしいほどの数の観光客が訪れ、つねにそこにもとから住んでいる人たちの何十倍もの観光客が溢れている。そのため、昔からそこに住んでいる人たちは、大変な迷惑を被っている。日常生活に必要なものは驚くほど価格が高騰し、道路は渋滞が日常化し、公共交通機関はつねに満員、部屋を借りようとしても途方もなく高い家賃でなければ借りられない。そしてそれをいいことに、マンションやアパートを買い占めて高く賃貸してボロ儲けをする外国の投資家も登場する。店の経営者やアパートの家主は儲かってホクホク顔だろうが、それ以外の普通の人たちや高齢者・年金生活者などにとっては、このままでは生きていけなくなるほどのとても厳しい状況だ。
 しかし、自治体や政府は莫大な観光収入から得られる税収が頼みなので住民の犠牲を黙認する。ヨーロッパの他の有名観光地でも同じような状況が日常化しているようだ。こうした状況は日本でも起きつつある。京都などもひどい状況らしい。
 いま世界ではいわゆる「先進資本主義諸国」の資本家達が単純労働を主体としたモノづくり産業では「低賃金労働諸国」の競争力に負けて利益を挙げられなくなり、 知識労働者の労働を主体としたITやAI産業に走る一方で、いわゆる「サービス産業」や金融業、そしてレジャー・エンタメ産業などの、不生産的産業で利益をあげる方向に傾きつつある。これらの不生産的産業は、モノ作りなどで莫大な利益をあげた新興資本主義国(中国、東南アジア、インドなど)の資本家やそのおこぼれで潤う「中間層」そして石油・天然ガスなど資源を切り売りして莫大な利益をあげているアラブ諸国やロシアなどの新興資本家たちやそのおこぼれで潤う「中間層」などがオカネの使い道として選ぶ観光やエンタメで落としていってくれるカネが目当てなのである。
 これはかつての「先進資本主義諸国」が「寄生国家」となりつつあることの証拠でもある。そして日本でも公的大型ギャンブル施設(IR)が借金でクビの回らなくなってきた国家財政を支えるために必要化されつつある。
 その一方で、日々の生活にも事欠く厳しい生活を余儀なくされている多くの人々の現状は形だけは「対策」を講じるようなフリをするが実際にはつねに解決されないまま放置される。これは新興資本主義諸国においても同様である。
 労働力市場が豊富に存在する大都会周辺には人口が集中するが、その一方で進む地方の過疎化の中で、地方再生の起爆剤として「観光」を目玉に打ち上げねばならなくなる。それはその派手な外観とは裏腹な地方住民の伝統的生活の破壊を伴うのである。
こうして「売るためにつくる」生産体制が必然的にもたらした「低賃金労働の輸出」によって自ら墓穴を掘った生産的産業での利益減少を「金持ちに媚びる」産業で補うという形でいまの資本主義社会は崩壊の一途をたどっている。

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2017年7月 2日 (日)

第64回日本デザイン学会春季大会の感想

 昨日表記学会の研究発表会やオーガナイズド・セッションを覗いてきた。「慮るデザイン」という大会テーマには違和感を感じた。思いやりがあるとか先を見越したという意味らしいが、私にはどうもその前に取り組まねばならない大きな問題が忘れられているのではないかと感じたからだ。そして各セッションの発表の題目を見る限りどこに「慮るデザイン」が反映されているのかまったく分からなかった。

 さらに、一頃、「モノのデザインからコトのデザインへ」というキーワードで一世を風靡した情報デザイン関係の研究グループも「当事者デザイン」というテーマセッションを開いていたが、これも結局なぜいま「当事者」なのかよく分からなかった。また12〜3年前に現役時代の私が幾人かの人々との協力の下で立ち上げ、その後不本意なかたちで手を引かざるを得なくなったデザイン創造性研究部会の発表もタイトルを見るかぎりあまり研究の蓄積と進展がなく、対象が拡散してしまっているようであった。
 もっとも「堅い」領域であるデザイン理論・方法論研究を進めているグループもどうも「多空間モデル」の科学的正当性に関する議論はどこかにぶっ飛んでしまい、もっぱらそれを実用面で応用する研究に行ってしまったようだ。どうも設計論とかデザイン論とかはその正当性を巡るディスカッションがないまま、例えば「一般設計学」もそうであるが、ある種の権威主義的雰囲気の中で「正当性」が既成事実化されてしまうような気がする。
 こうした中で結局デザインとは何か、という問題は内容希薄な抽象論に陥ってしまい、そこから一歩も進歩しなくなると同時に、その研究対象自体の曖昧さから、領域がどんどん周辺へと拡散し、研究発表数は増えても中核となる部分の研究は取り残されたままになっているのではないだろうか?
 その原因として考えられることは、一つには、ここで扱われている「デザイン」や「設計」という概念が、実は産業革命以後の資本主義経済社会という歴史的に特殊な社会の中で生まれてきたその社会特有の「分業種」にもとづく概念をあたかも歴史を超えて普遍的な概念であるかのように扱ってしまっていることがある。
 「デザイン」という言葉の意味は、産業革命以後の資本主義経済社会でひとつの分業種として登場した「デザイナー」という職能がその根拠であり、「設計」も同様に「設計技術者」というその社会特有の仕組みの中で登場した「職能」である「エンジニア」が根拠であるといってよいだろう。
 そして、これら資本主義社会的分業種が、人間が本来持っている普遍的能力の一側面を、その社会特有の問題点や矛盾を体現する形(例えば「使うためにつくる」を「売るために作る」ことの手段とするように)で歪んだ形で具体化したものであることを見逃すべきではない。それにも拘わらず、さまざまな資本主義的分業種の中にさまざまな形で登場するこの歪んだ形で具体化される「○○デザイン」をそのまま抽象化して、「広い意味でのデザイン」として、あたかも人間が本来持っている普遍的能力そのものであるかのようにとらえることから生じる混乱が「デザインの定義」を曖昧で中身のないものにしていると考えられる。
 そしてこうした矛盾や問題点が生み出すさまざまな社会的問題、例えば、デザインの創造性が本来必要な社会全体の進化に寄与するものとしてではなく、一部の企業の利益を増やす商品の販売促進の手段として用いられ、企業間のいわば無政府的市場競争の中で恣意的に生み出される「ニーズ」によってどんどんモノが売られ、その機能を全うしないうちに捨てられ、廃棄物の山が築かれ、環境は破壊される。資源やエネルギーはこうした過剰で無駄な消費を生み出すための商品の過剰な生産のためにどんどん無駄遣いされ、枯渇していく。
そして、そうした無駄で過剰な消費や過剰な「サービス」を促す機会を「ビジネスチャンス」としてとらえた「イノベーション」がどんどん進められる。その一方で本当に社会にとって必要なことが「経済的に採算が合わない」という理由で置き去りにされていく。どうすれば商品を買ってもらえるかに関しては綿密に「デザイン」されるが、売れたあとはそれがどう使われようと、どう捨てられようほとんど気にしないばかりか、そうした商品が世の中に溢れることでどのような社会的影響が生じるかについてはまったく「デザイン」されていない。これが本当にデザインなのか?
 この現状に「何かがおかしいのでは?」と気づいている人々は多い。デザインの理論研究はまずこの現状と事実に目を向けることが必要なのではないだろうか?

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2017年6月30日 (金)

第64回日本デザイン学会春季大会初日の基調講演について

 今日から、拓大で開催されている表記学会で初日の基調講演を聞いてきた。

演者は内田洋行のデザイン子会社であるパワープレイス(株)シニアディレクターの若杉浩一氏である。
 初めは何をしゃべり出すのか分からなかったが、九州弁でダジャレを連発しながら「笑ってほしいときには笑ってくださいね」と会場に向かって言いながら自分でクスクス笑っている。変わった人だ。早口なので何を言ってるのか聞き取れないことが多かったが、そのうちだんだん何を話したいのかが分かってきた。
 彼は九州の大学を卒業した後、内田洋行に就職したが、自分のやりたいデザインがさっぱりできない。いくつかヒット商品も出したが、自分が「これだ!」と思っても会社では「そんなもの売れないよ」と一蹴される。それでも抵抗しながらやっていくうちに「あいつはできの悪いやつだ」と目されたのか「窓際」に配転され、女性の販売員たちと混ぜられてデザインとは関係のない仕事をさせられた。しかし彼はどうしても自分の思い描くデザインをやりたかったので、ふてくされてストレスいっぱいの状態が続き挙げ句の果てに事実上会社をクビになった。
  しかし、あるとき九州の田舎を訪れた際、そこで杉の木を使っていろいろなものを作ろうという運動をやっている人と出会い、意気投合して「日本全国スギダラケ倶楽部」という活動の中に自分のデザイナーとしての居場所を見いだした。この運動は、いま日本中で人手がなくて放置されている山の杉林を巨大な森林資源としてとらえ直し、スギを使った家具や道具を生活の中にどんどん取り込んでいこうという運動だ。
 そこから彼は実にエネルギッシュにさまざまなスギ材を使ったプロダクトを生み出し、それを全国各地に拡げていった。この運動の中で彼は一切金儲けは考えず、むしろお金を使っていろいろなデザイン提案を行った。そのうちいったん辞めた会社からももう一度デザインの仕事に引っ張られ、その会社の製品も手がけることになった。その後彼は様々なデザイン賞を受賞するまでになり、いまでは「MUJI」の仕事も手がけている。
 これを単なる「成功譚」として聞いてはおもしろくも何ともないのだが、彼のデザイン観がおもしろい。
  彼は要するに現代社会のモノ作りがどこかで間違っていると観じている。「売るためにデザインするのではなく必要だからデザインする」のが本当のデザインではないのか?と考える。そしてそれがたまたま「売れた」のなら分かるが、最初から「売れるモノしか作らない」のはおかしい。その結果、いまの社会ではどこに行ってもどこかで見たことのある様なモノしか売っておらず、しかも「売れる場所」である大都会がデザインの「消費地」となり、地方は置き去りにされている。それなのに、大都会では大家族が核家族に分解し、個々がバラバラになってしまい、ともに支え合って生活する環境が崩壊している。そこでは自分たちの生活を自分たちの手で生み出そうとする力は失われ、企業のデザイナーは売るためのモノしかデザインしないがそれは必ずしも社会が本当に求めるモノではない。生活者はただどこかの会社がデザインし売っているものを買うだけの生活になってしまっている。企業では「デザイン・イノベーション 」とか何とかいっているが、これは絶対におかしい!と彼は感じている。そしてこの「スギダラケ倶楽部」の活動にも見られるような、自分たちの求めるモノは自分たちの手で生み出し、それを生活の中で使っていくという本来のデザインに戻るべきだし、それこそが持続的社会を可能にすると考えている。
 この彼の現代デザインに対する基本的認識は私のそれとほとんど同じである。私が「モノ作りの創造性--持続可能なコンパクト社会の実現にむけて」(海文堂 2014)という本の中で述べた次世代社会に求めるデザインの姿とほとんど同じであるといってもよいほどだ。その意味で彼のデザイン観に多くの共感を感じた。
 ただ一つだけ気がかりなことは、彼がいまの会社のトップになり経営陣という立場にたったときに、いつのまにか資本の論理によるデザイン観を持つようにならないとは限らないということだ。いかに「良心的企業」であったとしてもそれが資本主義経済の論理の中に置かれていれば、好むと好まざるとに関わらずその論理のもとで動くことしかできないし、その経営を行う者は「人格化された資本」とならざるを得なくなるからだ。

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2015年9月 3日 (木)

2020東京オリンピックのエンブレム問題をめぐって

 2020年東京オリンピックの公式エンブレムで選定委員会が選んだ案が「パクリ」ではないかと問題になり作者はそれを否定したが、そのついでにそれを町中に展示した際のシュミレーション写真の原画がパクリであることが判明し、作者もこれを認め、すでに選出されたエンブレム案を取り下げた。

 これについてはすでにニュースで大きく取り上げられて、いろいろな人が意見を言っていたが、私は、新国立競技場デザイン公募問題も含めて、現在のデザイン業界とデザインを選定する側の両方に問題があると感じた。
 いまのデザイン事務所は、完全な分業制で作業を手分けして行うことで大量の仕事をこなさなければならなくなっているが、それはまずクライアントからの要求に合いそうなデザイン参考例を探すことから始まる。そこには著作権侵害を防ぐ意味もあるが、よれよりもむしろいわゆるデザイン・ソースの手がかりを探すという意味もある。昔からデザイン・ソース事典のようなものが存在したが、いまではインターネットを通じて膨大な量の画像を検索することができ、それにちょっと手を加えて変形し、それらを組み合わせて全体のデザインを構成することが一般的に行われているようである。部品を組み合わせて全体を作るアセンブリー工業と似た手法である。
こうなるとどこまでがパクリであって、どこからが オリジナルといえるのか、きわめて判断が難しい。
 もともとデザイン行為とは人類のモノづくりとともに人間の普遍的な能力として登場し、だれもが持つ能力なのだが、それが資本主義社会で「商品デザイナー」という一つの分業種として切り離されて自立化すると、注文主の意図に添った結果を生み出すことが仕事になり、そのできによってもらう報酬の額が決まるようになった。プロダクト・デザインなどではそのデザイン商品がどれだけ売れたかが評価の基準となっている(実はこのこと自体もデザイン行為の本質からみればおかしいのだが)が、グラフィック・デザインのような仕事は客観的に評価する基準がないので、そのデザイナーがどのくらい過去の実績があったかによってデザイン料を決めることが多い。こうしてデザイン賞の受賞回数とか大きな公募で入選したとかいうことが判断の基準となる。これによって同じ仕事をしても驚くほどデザイン料が違うのである。
 デザインを選定する側も選定メンバーの多くは、それ以前にすでにある基準で権威づけされ一定のコミュニティーに属するデザイナーたちである。デザインの選考基準を決める客観的な判定基準がないために選定者の「権威」に頼らざるを得ないのだ。
 芸術もデザインもそれが「商品」として扱われる社会では、その「商品価格」は工業生産物とは違いきわめて恣意的に決められる。そして無名のデザイナーがいくら多くの時間をかけて良い作品を生み出してもなかなか認められないことが多い。しかし一旦有名になりさえすれば状況は一変する。そして一度賞を取った人ほどまた別の賞をとるチャンスが多くなる。こうしてそのデザイナーは権威付けされデザイン料も上がる。
 芸術表現やデザイン行為がこのような形でしか社会的に認められない社会は本当はきわめて不幸なことだと思う。もしこれらが他の能力と同様にだれでもができる人間の頭脳労働の一つとして正当に見なされるのであれば、その仕事にかけられた時間がその価値を決める客観的基準となるべきであろう。販売実績やデザイナーの権威とは何ら関係ないはずである。

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2015年1月11日 (日)

モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!(その5 エピローグ)

(その4から続く)

 こうして、われわれの生活は「高度消費社会」となり、モノづくりの能力は生活者の手から奪われて行った。そしてその結果、生活者は「消費者」として生きるしか道がなくなったのだ。資本主義社会の成熟過程は、まさに生活者からモノづくりの能力を奪い、それを資本のもとに糾合し、資本が生み出す商品を購買することなしには生活者が生きてゆけない社会を生み出す過程であったと言えるだろう。

 生活者はこうして生活に必要なモノすべてを商品として買わねば生きてゆけなくなり、そのために必要なお金を資本家の経営する企業で働き、賃金として得なければならなくなったのだ。資本はその労働力を商品の生産や「サービス」の実践に必要な労働力として用い、そこから莫大な利益を上げている。だからすべての生活に関わるモノや場は商品化され、生活者の人生はその誕生から成長、成熟、老化、死に至るすべてのライフステージで資本家たちの「ビジネスチャンス」の対象とされてしまった。

 そればかりではない。そのような「高度消費社会」はどんどんモノを買わせ、できるだけ早くそれを捨てさせ、商品販売の回転を上げ、世界中でそのために莫大な資源がつぎ込まれ、その生産に必要なエネルギーが消費され、地球はもはや到底持続可能な状態とは言えなくなっている。それなのに、資本家たちの代表である政府の人々は、「経済成長こそがすべて」と叫び、「国際競争に勝てる創造的人材の育成」などを声高に叫んでいる。

 資本主義社会がグローバル化し、いまや世界中で働く人々は、ほとんどすべてそのために労働力を提供しなかれば生きてゆけなくなっている。そして次々とモノを買わされ、モノたちのあふれる社会の中で、自分が何者であるのかが分からなくなり、モノを買うことだけが生きる喜びのようになってしまっている。モノを買うことができなくなった人々は、そこからドロップアウトし、とても人間の生活とは思えないような過酷な生活に生きねばならなくなっている。かつて、われわれの先祖は、自らの手で自らの生活を築き、それに誇りを持ちながら生きて行けたのに、いまの「豊かな」資本主義社会は、資本が生み出すモノに幻想を乗せ、あたかもそれを買うことが幸せなのだと思わせるような生活を築き上げてしまったのだ。

 そこでは「デザイナー」たちが資本家経営者のブレーンとしての地位を与えられ、そのいつわりの幻想を生み出すことに専念している。そこではつねに「創造性」が強調され、デザイン思考やデザイン創造性がホットな話題となる。

 しかし、それはかつて生活者が持っていた生活における経験と必要があたかも自然に生み出させたような本来の創造性とはまったくことなる恣意的で欺瞞的な創造性である。

 そう、だからここでもう一度しつこくも言おう、モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!と。

 私は、このような「思い」を長年温めてきた、そしてその思いと考え方をいまやっと一冊の本にまとめることができた。

それが「モノづくりの創造性---持続可能なコンパクト社会の実現に向けて」(海文堂)という本である。

 私の「思い」がどれだけ普遍性のあるものなのか、どれだけ多くの人の共感を得ることができるものなのかは分からない。しかし、それはきっとモノづくりやデザインに関心のある人々にとって一読の価値はあるものと信じている。

以上

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2015年1月10日 (土)

モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!(その4 衣・食・住)

(その3からの続き)

 それでは、次に、われわれの生活に絶対必要な「衣食住」について考えてみよう。
「衣」: 昔は木綿の普段着でもすり減って使えなくなると、それをほぐして座布団のパッチや雑巾にした。われわれの生活の中には、モノを大切にし、有効な形に仕立て直しそれを使い切るという習慣があったからだ。それがいつしか日本は衣類や雑貨の輸出国となり、資本家企業の元で大量に衣料がつくられ販売されるようになった。普段着は使い捨てとなり、やがて気がつくとそれらはアジアからの輸入品になっていた。すでに国際市場では労働力の安い国でつくられた衣料が席巻していた。やがて日本ではユニクロのようなある品質とデザインを維持しながら安い衣料をつくるようになったが、その作り手は相変わらずおどろくほど低賃金で働くアジア諸国の労働者であり、われわれの生活に根付いてしまった衣類の使い捨て状態は変わらない。われわれの生活からはもはや裁縫用具やミシンなどというものは姿を消してしまった。
「食」: 食料はわれわれの生活にもっとも必要なモノであり、昔はほとんどが国内で自給自足できていた。その後、主食であるコメは食糧管理制度のもとで長く保護されていたため、国内で生産されていたが、その他の食品は自由化によってどんどん輸入品が増え、穀物メジャーなどの市場支配によって国内での生産は圧迫された。やがて食生活の変化もあってコメも同じ運命を辿ることになり、ほとんどすべての食材が輸入に頼ることになっていった。さらに大きな変化は、昔は食事は食材を買って自宅で料理するのが普通だったが、いまでは出来合いの食事をコンビニやスーパーで買ってきて電子レジで「チン」して作るか、手のかかる食事は外食で済ます家庭が圧倒的に多くなった。その背景は主婦が家計を支えるために働きに出て食事を作る時間がなくなったことなどがある。ここでも生活者は「つくり手」の立場を追われたのである。
 そして加工食品産業や外食産業が輸入食材に頼る現実がある一方で、国内で生産される野菜や魚は高価な食品となり、富裕層の食生活を彩ることになった。そのため国内の生産者は「高くても売れる付加価値商品」の生産に走ることになっていった。最近では、海外の食品企業での安全性が問題となって、国内産の食品が市場で増えたが、しかしそれは貧困層が毎日摂るにはあまりに高すぎる食材である。そして皮肉なことに、富裕層の人々はリタイアすると田舎に別宅を持ち、そこで畑仕事をしながら野菜を作って食べることを好んでやるのである。
「住」: 昔はそれぞれの家が、施主が、大工や建具屋へ直接相談し、両者の交渉でデザインが決まって建てられていたが、いまは、ハウスメーカーという大企業が、あらかじめ住宅建材を量産し、設計エンジニアが注文に応じてそれを用いたいろいろな設計サンプルから選択肢を組み合わせて施主の要求に応じる形で建てられている。だから一目見ただけで、どこのハウスメーカーの「製品」であるかが分かる。地代が途方もなく高い日本では、狭い土地一杯に家が建てられ、生け垣で囲まれた古い美しいお屋敷が相続などで売り払われると、その後にたちまち小さな箱のようなよく似たデザインの量産住宅が建ち並ぶ。生活者にとって高くつく特注の住宅を建てることは事実上できなくなっている。だからこれで我慢するしかないのだ。それでも自分の家を持てるだけでも恵まれた方である。多くは賃貸住宅で生活せざるを得ないのだから。
 インテリアはどうか?せめてインテリアだけは施主の好みを直接反映したいという望みはあるが、これも出来合いのサンプルから選択するしかない。イケアのようなこじゃれたデザインで安い家具などもあるが、これはヨーロッパなどの若いデザイナーがデザインし、アジアやアフリカの驚くほどの低賃金で過酷な労働によってつくられている。そして多くの場合すぐに壊れるのである。つまりこれらも使い捨てという方針でつくられている。そうしないと商品の回転率が下がり、儲けを維持できなくなるからだ。
一方では、冷蔵庫、電子レンジ、TV、スマホ、パソコンなどが生活必需品化し、賃金の大部分はこうした生活用具や通信費、光熱費、そして法外に高い住居費に費やされる。
 こうしてわれわれの生活必需品はすべてが資本のもとでデザインされ、その多くは過酷な低賃金労働でつくられた輸入品として市場にやってくる。それは「ひゃっきん」という100円均一ショップの存在も可能にした。だから安くて使い捨てのモノを買って生活すれば何とか生きては行ける。その結果、日本の労働者も賃金が安く抑えられることになるのだ。
 労働賃金とは、資本家や富裕層がかせぐ「所得」などと同じではなく、資本家が雇用する労働者の労働力の再生産のために最低限必要な費用なのだから。そしてこの労働力の再生産費として受け取った賃金をわれわれは生活のために、海外の労働者たちがつくった生活資料商品を買うために支払わねばならず、その貨幣は巡り巡ってふたたび労働者を雇用して商品をつくらせている資本家の手に「所得」として戻すことになるのだ。
これが資本主義生産様式の社会におけるモノづくりの姿である。
(次回に続く)

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モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!(その3 ソフトとネットの世界)

(その2からの続き)

 かつて、ホーム・コンピュータの目指した世界では、誰でも簡単に自分が欲しい機能を持つソフトウエアを作れる、という目標があった。Appleは最初、AppleSoftという名前のBASIC言語をApple IIに内蔵させることで、これを果たそうとした。やがてコンピュータのハード的レベルが上がり、それに対応してシステムやアプリの世界もレベルが上がったため、コンピュータ言語の世界も変化し、Macintoshには HyperCardというカード型データベース兼イベント処理型のソフトとその世界でアプリを自由に作れる言語(HyperTalk)が内蔵されるようになった。
 私はこのHyperTalkでいくつものスタック(HyperCardの世界で使うアプリをこう呼んでいた)をつくって楽しんだ。そこにはホーム・コンピュータの目指す、ユーザがアプリを自作する喜びの世界があった。
 しかし、やがてアプリをつくることは専門家の仕事になり、ホーム・コンピュータは「パソコン」として単にアプリを買って使うためのマシンとなってしまった。やがて、インターネットの普及によってパソコンは学生を始め、生活者の必需品とされるようになり、生活者はそれに高いソフトを買ってインストールして使うことを余儀なくされていったのである。ここで当初の「21世紀の知的自転車」という理想は崩れ去り、やがて生活者は稼いだ賃金の大半をパソコンやスマホの購入、そのアプリの購入、そしてインターネットの通信費などに支払わねばならなくなり、再びそれらを浪費する「消費者」に貶められてしまう道を歩むことになって行ったのである。
 インターネットというボトムアップ的ネットワークが世界規模で広まっていったときにチャンスはあった。それを世界中の生活者のイニシアチブの元に置くことができれば、ソフト的世界は、グーグルやマイクロソフト、アップルなどの巨大資本に牛耳られることのない自由な世界が切り拓かれる可能性があった。しかし、残念ながら生活者に組織はなく、世界中の生活者が連携する組織的基盤がなかったため、巨大な資本にバックアップされた強力な企業組織の前にその可能性はもぎ取られてしまったのだ。
 同様なことは電子出版の世界にもあった。紙の書籍の出版は出版業界という世界が牛耳っているが、それに対して、電子出版技術が進み、誰でも自由にインターネット上で出版ができる電子出版の時代がやってくるという期待があった。しかし、これもいまでは「ブログ」や「ツイッター」などという形でしか行えない。電子出版の世界では相変わらず「著作権」や「知的所有権」という形で大手出版業界がイニシアチブを握っており、生活者の自由な出版活動は押さえつけられてしまった。
 こうしてソフトの世界でも生活者は「つくるよろこび」や「生み出すよろこび」を奪い取られてしまったのである。
 一方、こうした巨大企業によるネット社会支配への反抗として「アノニマス」のようなハッカー集団が登場した。しかし、他方でそうしたパワーは、「サイバー戦争」に見られるような国家によるネットワーク支配体制に吸収されつつあるか、あるいはテロ集団化への危険な道を歩んでいるようにも見える。
 こうした世界の流れの中で生活者は翻弄され、稼いだ賃金をどんどん使わせるために資本のもとでモノがつくられ、生活者は、どこかの企業が激烈な市場競争の元で生み出した「スマホ」の新製品を競って買い、それによってこれもどこかの企業が少ない元手で多額の利益を得ようとして生み出したアプリ製品を買い、通信会社に高い通信費を払って、日がな一日、スマホの世界に入り浸らせられてしまっている。そしていつのまにか、そのコントロールされたネット世界から与えられた麻薬のような情報群に犯され、従順な「消費者」として何の疑問も感じなくさせられ、選挙があれば、それらの世界を牛耳っている巨大資本の頂点に立って、「経済成長(実は資本の成長のことである)こそわがすべて」などと叫んでいる権力者たちを選出してしまう。なんと惨めなことか!
そう、だからこそ、またまた言おう。モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!と。
(次回に続く)

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2015年1月 9日 (金)

モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!(その2 Appleのケース)

 (その1からの続き)

しかし、いまの資本主義社会でのモノづくりは、こうした生産手段を占有する企業を経営する人々が支配権を握っているのではなく、そうした企業に資金を提供している人々、つまりその企業に融資している金融機関、その企業の株を買った投資家や株主などによって支配されている。生産企業の経営者は「機能資本家」としてそうした本来の資本家たちに支配され、その資本の増殖の機能を果たしているにすぎない。

 こうしてモノづくりは投資や蓄財の手段とされ、社会にとって必要な物資はすべてこのような仕組みの中でつくり出されている。
 資金は持っていないが、意欲と能力の高い若者達が新しくモノづくりの企業を立ち上げようとする場合、まずその起業の主旨をアピールし、資金を集める。そしてその資金で生産手段を購入し、そこに労働者を雇用してモノづくりを始める。いまや世界一の「企業価値」と言われるようになったアメリカのアップル社もこうして起業した。
  私は1980年代の初め頃からこの会社に注目していた。起業者のジョブスは天才的エンジニアであるウオズ二アックと組んで会社を興し、ガレージの中に作ったコンピュータ製造工場を立ち上げた。当時はコンピュータがIBMなどによる大規模なシステムとして構築されたものしかなく、それに対して「21世紀の知的自転車」として誰でも気軽に使えるホーム・コンピュータの実現を目指して出発した。私は このコンセプトはひとつの革命をもたらすだろうと予測していた。そしてApple IIを世に出し、やがてLisaを出して失敗し、その廉価版であるMacintoshを世に出すことで、この革命を現実のものとした。
 しかし、ジョブスは製品開発に集中すべく、企業経営の専門家を呼び込んだ。コカコーラ社のジョン・スカリーである。スカリーは投資家や株主の要望に応えるため「売るためにつくる」ことに徹しようとした。そしてその結果、彼と対立を深めたジョブスはアップル社をやめ、スカリーの経営方針で他の競争会社との「差別化」が曖昧となったアップル社の経営は危機に立たされた。
 その後、一時Next社やPixar社を立ち上げたジョブスが再びアップルに戻ってきたが、それ以後のジョブスはもはや以前の彼ではなかった。自身のカリスマ性を全面に出した経営で、企業イメージを高め、質の高いデザインによって製品を「付加価値商品」として売りまくることになったのである。そこに投資家が目を付けないわけがない。株価はどんどん上がり、ついに「世界一の企業価値」(企業価値とは投資家達が企業をひとつの商品のように売買の対象にする場合のとらえ方である)をもつ会社といわれるようになってしまい、完全に投資家や株主に支配された企業となってしまったのだ。いまやアップル社は、デザインや製品企画はシリコンバレーの本社で行うが、アジアやラテンアメリカの「途上国」での大量の低賃金労働によるモノづくりによって成り立っている。
 このアップル社の成長過程は現代のモノづくりのひとつの典型であると私は考えている。
 つまり、いまの資本主義社会では、だれでも能力のある者は起業することができ、それが成功すればだれでもその能力によってリッチな生活ができるようになる、というのが若者向けの「売り文句」となっているが、自分のやりたいことを社会に役立てようとすれば、どこかで必ずそれが資本のターゲットとなり、巨大な資本家たちの欲望の波に呑み込まれることになり、やがて、自分は「機能資本家」として多くの低賃金労働を搾取しながらそこから吸い上げた莫大な価値を巨大資本に捧げながら生きる位置に置かれていることに気付くことになるのである。もちろん気付くこともなく新興富裕層の一員となったことに満足している機能資本家がほとんどであろうが。
 こうして意欲ある若者の能力はことごとく資本に支配され、その機能となりモノづくりは資本のもとで「売るために」行われるようになる。そして生活者は資本家企業に雇用され賃金をもらい、そのお金で資本家企業が作ったモノを買うだけ(正確には「買い戻すだけ」)の「消費者」となる。
そう、だからこそ、ここでもう一度言おう。モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!と。
(以下次回に続く)

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2015年1月 8日 (木)

モノづくりの創造性を生活者の手に取り戻そう!(その1 プロローグ)

最近、「モノづくりの創造性」という本を海文堂から出版したので、それに関連して、モノづくりという視点から現代社会の矛盾を採り上げてみようと思う。

 ここでいうカタカナ書きの「モノ」は人工物、つまり人間が何らかの意図によって自ら生み出したものを指す。そこにはいわゆるハードウエアもソフトウエアも含まれる。
 「モノづくりの創造性」にも書いたように、人類は、自らの手でモノをつくり出すようになって初めて類人猿からヒトつまりホモサピエンスになったと考えられる。その過程は数十万年という時間を要したと考えられ、それは百数十億年の自然史の中では一瞬のできごとであったかもしれないが、人類の歴史においては長い長い時間を要したともいえる。
  ヒトは何かの目的でモノをつくる。ただ何となく出来てしまったモノであっても、その「何となく」は何かがしたかったか、何かがほしかったからであろう。出来てしまった結果からその「何か」に込められた意図が何であったのかを自分であらためて知ることもあるかもしれない。しかし、これらはすべて大きな意味での「意図」にもとづく行為であるといえるだろう。
  こうした「意図」とは、一方で「自分」というものが自覚され、他方で自分の外側の世界を「対象あるいは他者」として認識するようになって初めて、両者の間で生じるある種の対立や緊張関係のもとで表れる内面的状態であるといえるだろう。この対立あるいは緊張関係を解消すべく行う行為は、人間の「実践」の土台であるが、実践はそれを成し遂げるためには、ある種の方略や方法が要求される。
 そしてその方略や方法が「手段」として認識されるようになり、実践の求める結果が人体の物理的・生理的制約を超えた状況を求めるようになると、そこに、ある対象を自分の身体的能力の延長として用いようとする意図が現れる。こうして人類は、手段あるいは道具を用いて目的を達成する、「目的・手段関係」という実践の基本的パタンを確立したと考えられる。
 しかし、たまたま近くにあった自然物を目的達成の手段にするということは、偶然に支配された状態であり、それをより確実にするためには、手段や道具を自分自身の手でつくり出すことが必要である。そこに人工物つまりモノが登場する。
 こうして、モノはヒトが自分とその外部世界との間に生じるある種の対立や緊張関係をひとつの「問題状況」として認識し、それを解決する手段として自らの手でモノをつくり出すようになったのである。だからモノにはそれをつくったヒトの意図が反映されている。そしてそれが本当に目的達成に役立ったかどうかという判断が成功あるいは失敗として認識されることになるのである。ここにモノづくりの原型があるといえるのだ。
  しかし、いまわれわれの住む現代の資本主義社会では、このモノづくり行為が分裂し、逆立ちしてしまっている。つまり、生活に必要なモノはすべて「生産者」と呼ばれる人々によってつくられ、生活者はそれを買うことによって取得し、消費できるようになる。
  「生活者」は、実は何らかのかたちで社会に必要な労働を行っている人々であり、その中には直接に生活物資を生産している労働者も数多くいる。ところが彼らは、生活の場面においては「消費者」と呼ばれているのである。
 そう、われわれの社会で日々生活に必要なモノを作っている人々は、実際には生産者なのに、「消費者」と呼ばれている。なぜなのか? それは生産に必要な手段つまり生産設備や原材料などを最初から占有している人たちがおり、その人たちが、生産に必要な労働者を「労働力」として雇用し、生活物資を作らせているからなのだ。しかも生産に必要な労働の過程はズタズタに分割され、モノの設計や企画を行う頭脳労働者がおり、その人たちが作った図面や企画書によってモノを実際につくる現場の労働者がおり、それを市場に運び分配する物流関係の労働者がおり、それを店に並べて売る人々がおり、...という具合である。
 また生産手段を占有する側の機能もいくつにも分かれ、設備導入を実行する人々、原材料の入荷を管理する人々、企業全体のお金やモノやヒトの管理をする人々...などなどであり、これらもある種の「頭脳労働者」として機能している。
そしてそれらすべての労働を支配する人々が企業の経営を考え、運営資金を集め、いかに利益を上げるかという立場から、そこで労働をしている人々に指示を与えている。このような人たちが「生産者」(正確には機能資本家)と呼ばれているのだ。
 なぜこんな風にしてモノが作られるようになったのか? それはひとことで言えば、すべてのモノが「売るため」につくられ、そしてそれによって利益をあげることが目的となり、モノに込められた「必要」や機能は、そのための手段と化してしまっているからなのである。本来のモノづくりにおける目的と手段が逆転しているのだ。
モノはいかに売れるようにつくるか、いかに市場での競争に勝つために安く作るか、こうした意図がすべてのモノづくりを支配しており、モノが生み出され販売されるまでのすべてのプロセスがその目的のために極度に「合理化」される。そして実際にモノづくりをしている人々も含めてわれわれ生活者は、「生産者」の利益獲得に必要な商品の購買者として、つまり「消費者」として(正確には購買は消費ではない)のみ存在意義があるかのようにされてしまっている。これがわれわれの住む資本主義経済社会でのモノづくりなのである。
(以下次回に続く)

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2008年9月 3日 (水)

全体という「ワールド」

 私の夢の中で21世紀のツアラトゥストラはかく語った。

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「私にとってあなたがすべてです。」という場合、ここでいう「すべて」は目の前にある「あなた」という人間を指すのであり、一個の具体的存在である。しかし「宇宙全体」というような場合は、だれも見たことのない想像の世界で形成される抽象的「全体」であり、具体的ではない。社会全体とか世界全体という場合も抽象的であるが、これは具体的な個々の存在の連続的延長としてとらえられる。しかしどちらにせよ、「全体」とは客観的存在、つまり人間が存在しようがしまいがそこにあるものではなく、人間の意識の中で形成され規定される「存在」なのだ。一人一人の意識の中でその個人の内的世界としての「全体」がある。この諸個人の内的全体を「ワールド」といえば、ワールドは諸個人が依ってたつ物質的存在やそれらが具体的な生活の営みを可能にさせる諸条件の上に成り立つのであって、同じ時代同じ時間を生きる諸個人はその物質的諸条件が共通であるがためにある特定の世界観としてそれを共有することができるのである。

 しかしこの「ワールド」は一つの枠組みを形成し、しかもその内部に生きる諸個人のほとんどが、このワールドを枠組みとして意識することはない。それは「当たり前の世界」だからである。いわゆる常識的世界や社会常識もこれに当たる。その内部に存在する人々はそれが枠組みであることすら意識しない。しかし、時代は決して同じ場所に留まってはおらず、少しずつ動いて行く。それが歴史である。

 われわれは常に少しずつ動いている歴史的「現在」に生きている。そこではやがて「ワールド」がわれわれの実存との間で「きしみ」を生じ始め、人々はそれをさまざまな場所においてさまざまな形で齟齬を知覚し始める。やがて「ワールド」が枠組みとして意識されるようになるが、人々は「きしみ」をその枠組みの中に押し込めて理解しようとする。それらの人々はいわゆる「保守派」を形成する。

 やがてそれも失敗に終わるとき、人々は不安とおそれの中でそれがいままでに経験したことがない事態であることを感じ取り始める。その「きしみ」はすでにその経験したことのない事態への対処手段を準備しているはずである。しかしそれが手段たり得るのは、それに気づく人が登場するのでなければあり得ない。確実なのは多くの人々にとって「超えねばならない対象」としての枠組が見えてくることである。それはすでに「当たり前」ではなくなり、束縛として対峙する存在となる。

 束縛としての枠組みから解放されるために、さまざまな試行錯誤が行われるだろう。その大半は失敗し、そのうちのいくつかは潜在する手段に気づき、それを積極的に利用しようとするがそれも必ずしも成功するとは限らない。まるでこれまでに歴史を築いてきた人々の努力が無に帰すように見えることもあるが、失敗がなければ成功への気づきはあり得ない。すべての失敗が一つの成功に繋がる。意図さえ見えていれば失敗は必然的回り道である。

 だからわれわれは目前の事実に敏感でなければならないし、今日の生活が明日も続くと思わない方が良い。ワールドという全体がさらにそれより大きな全体に進むためにひとつの壁にしか過ぎなくなっていることに気づくとき、それを超えた大きな世界へ向かう手段を見つけ出すという創造的な方向に一歩踏み出すことができるはずではないのか?そうすれば壁は意外にもろく、やがて音を立てて崩れ去ることになるだろう。

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 ここで私は目が覚めた。再来したツアラトゥストラはどうやら前世紀の始め、ニーチェとともに現れたときに読み忘れたマルクスの共産党宣言を最近になってようやく読んだらしい形跡がある。ツアラトゥストラの不勉強ぶりもさることながら、こうして彼の語りの中にマルクスのガイストが見え隠れするということは今日の「ワールド」がいまだ当時の枠組みを超えきっていないということなのか?

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